50 魔法使いルセルの結婚
ルセルには、もう一つ確かめたいことがあった。
八年前に確かにリース王子に掛けたはずの魔法がなぜ掛かっていないのか・・・。
人の心に作用する魔法を本人に断りなく掛けるのことは禁忌とされている。訊くには勇気がいるが、今、訊けなければ、永遠に訊けない気がする。
ルセルは、思い切って口にした。
「リース、私は八年前リースに魔法をかけたはずなんです。私を忘れる魔法を・・・」
リースの顔を見るのが怖い。ルセルは、俯いたままリースの言葉を待った。
「知っているよ」
リース王子は、静かに、注意深く答えた。
「大丈夫だよ、ルセル。そんな、辛そうな表情をしないで」
リース王子は、ルセルの頬を両手で包んだ。
「大丈夫だよ。僕は、何一つ忘れていない」
「どうして?」
ルセルの問いには、リース王子ではなくエトワールが答えた。
「常々、言い聞かせてきただろう。魔法は使う者の気持ちに左右される。強い思いが形になるんだよ。リース殿下と別れ難いお前が、お前を忘れる魔法をリース殿下に掛けても、中途半端な魔法にしかならない。お前を心から愛するリース殿下の気持ちには勝てっこなかったのさ」
「僕は予感していたんだよ。僕のためを思って、ルセルが魔法を掛けるんじゃないかと・・・だからこそ、余計にルセルのことは何一つ忘れないように、エトワールに頼んだんだ」
「リース殿下に頼まれて、私がリース殿下に保護魔法を掛けたんだよ」
「エティの保護魔法・・・」
ならば納得だ。リース王子がいくら用心した所で、十歳の魔力量は知れている。しかし、エティの魔法であれば、ルセルの力でも破ることは難しい。
「そう、エティの・・・」
こんな幸運が、あるのだ。もし、自分の魔法が成功していたら、エトワールの保護魔法がなければ、リースは今頃自分のことが思い出せず、誕生日パーティーで会っても挨拶こそすれ、踊ることはなかっただろう。ルセルは安堵し、知らず涙が頬を伝った。
「だけど、僕はもし、ルセルの魔法に掛かっていても、誕生日パーティーでルセルにダンスを申し込んでいたと思うよ」
静かに涙するルセルの隣に寄り添って、リース王子は言った。真っ暗な中でも、ぼんやりとしか顔が見えなくとも、リース王子にはルセルの表情が分かるのだ。
「そうだね。それだけ色が同じなら、きっとリース殿下は一目でルセルを見つけただろうね」
あの大パーティーでのスワン先生の魔法が、リースとの別れの日のエトワールの魔法が、自分を救ってくれた。その事実にルセルは感謝するしかなかった。
真っ暗なサンルームの微かな光の中、エトワールもリース王子も、ルセルをただ温かく見つめた。
翌朝、ルキシア地方ターウェ領にある王家の別荘の客室で目覚めたルセルは、ただ茫然としていた。気付くと周りに見知った侍女五人が侍り、ルセルに身支度させようとしている。リースはどこへ?何が起きている?
「ルセルお嬢様、本日はこちらに皆さまお集まりくださいますから、時間までに支度を済ませます。よろしくお願いいたしますね」
ルキシア侯爵家の年配の侍女長がやたらと張り切っている。
「ああ、ルセルお嬢様の結婚披露パーティーの支度ができるなんて、本当に夢のようですわ」
「!?」
結婚披露パーティーと言ったか?聞き違いではない。今、侍女長は確かに結婚披露パーティーと言った。
「魔法でちょいちょいと支度もできるけどね、こういうのは、手間暇掛けるのがみんな楽しいんだよ。我慢をし」
エトワールがルセルの部屋へ支度の様子を確認しにきた。
「結婚披露のパーティーなんて、新郎新婦のためにやるんじゃないんだよ。お前達が世話になった人達を喜ばせるためにやるんだ。感謝するんだよ。みんながお前達二人のために今日という時間を祝ってくれるからね」
エトワールはルセルに発破をかけると、侍女達に向かって言った。
「みんな、よろしく頼むよ」
そして、女主人として慌ただしく他の部屋に行ってしまった。
「髪飾りを持ってきて!」
「今朝届いた荷物の中にあるでしょう」
「ティアラを付けるからそれはいらないわ」
「ネックレスも!」
「先に下着よ!アクセサリーは後で。ペチコートは?」
なすがまま、されるがままのルセルは、逃亡したい気持ちを抑え、ひたすら我慢していた。
次々に屋敷に馬車が着く。レナード夫妻、魔法学院の仲間、リース殿下の学友に、教師達、マスカーニ宰相も何故か来ている。
ルセルとリース王子の結婚披露は、ガーデンパーティーだ。沢山の丸テーブルが並べられ集まった人々は、新郎新婦が現れるのを今か今かと待ち侘びながら、それぞれが会話を楽しんでいる。
一方、邸内では、支度を終えたルセルが、リース王子の迎えを待っていた。
部屋の扉が静かに開き、リース王子がゆっくりと入ってきた。
「おはよう、ルセル」
確かに朝の挨拶はまだだが、もう昼になる。でも、やはりここは「おはよう」なのだろう。
「おはよう、リース」
化粧を崩さないように、リース王子はルセルの額に軽くキスをした。
「よく似合っている。デザインはレナード夫人だよ」
「リースは、今日のことを知っていたのですね」
ルセルは恨みがましい視線でリース王子を睨んだ。
「まあ、ルセルのウエディングドレス姿が見たいと言い出したのは、僕だからね」
ルセルは花嫁らしからぬ渋面を崩せずにいた。リース王子が部屋の窓のレースのカーテンの隙間から、庭を伺った。
「ほら、みんなが待ちかねている。行こう」
リース王子はルセルの手を取った。
王族の結婚披露パーティーにしては、慎ましやかだが、ルセルとリース王子が会いたいと思う人々、心から二人を祝う人々が集っていた。
ルセルが部屋でぐずぐずとしていると、スワン先生がポンっと空中から現れた。
「おめでとうルセル!リース殿下!支度はばっちりだね。じゃあ、目をつぶって!」
恩師の命令は条件反射で聞いてしまうのが教え子というものだ。ルセルもリース王子も黙って目をつぶった。
「ワン、ツー、スリー!」
瞬く間に二人はパーティー会場の人々の前に立っていた。二人の頭上からライラックの花びらが降り注ぎ、会場のあちらこちらから祝いの言葉が飛んできた。
「結婚おめでとう、ルセル!」
「魔法使いの結婚」第50話をもちまして完結です。
この物語を読んだあなたが、少でも幸福な気持ちになれることを願っています。
お読みいただき、ありがとうございました。




