49 王子リースの結婚
ルセルとリース王子は、マリーの婚約者アレンに魔法を掛けた後、ブーエ領に戻り、ケビンが御者をする王室の馬車でルキシア領の最西端である海の街ターウェに向かった。ターウェに入り海岸線と平行に馬車を走らせ、ルセルは久しぶりの海を眺めた。十年ぶりのことだった。
「いつまででも眺めていられるね」
リース王子がルセルの肩越しに窓の外を眺めて言った。
「ええ、リースは海に来たことが?」
「ああ、毎夏来ている。ターウェに別荘があるからね」
ルセルは驚く。そんな話は聞いたことがない。
「非公式に来るんだ。ルセルも知っている場所だと思うよ」
ターウェは観光都市だが歓楽街はなく、美味しい海の幸と美しい海の景色を前に午睡や読書に浸りのんびりと過ごす場所だ。王族が滞在するに相応しい立派な邸宅は思い浮かばない。王家の別荘は分からないまま、馬車はルキシア侯爵邸に着いた。
屋敷の門をくぐり、玄関前に馬車を着けると、母と曽祖母が出迎えた。
「ルセル結婚おめでとう」
母ローズがルセルを抱きしめる。そして、リース王子に深々と頭を下げ、曽祖母エトワールに場所を譲った。
「エトワールお祖母様、お久しぶりです。変わらずお美しくあられますね」
ルセルは嬉しそうにエトワールに挨拶をした。
「お帰り、ルセル。結婚おめでとう。リース殿下も、良かったねぇ」
エトワールは、リース王子に親し気に言葉をかけた。
「ありがとう、エトワール。お陰でルセルと結婚が叶った」
「お二人は面識があるのですか?」
ルセルが驚いて訊ねた。
「エトワールは、王家の別荘の管理人をしてくれている。ぼくが五歳の頃から毎夏、一緒に過ごしているんだよ」
「王家の別荘って・・・」
「私の住居、ルキシア侯爵家の別邸だよ」
エトワールが答えた。
「十三年前に王家に別荘として献上したのさ。お前も魔法学院を卒業して帰ってこないし、アルスもサミュエルも王都に行ったきりで退屈していたからね。王家からターウェに別荘を構えたいと言われて、私に別荘番の仕事をさせてくれるならと別邸を献上したんだよ」
エトワールは、狐に摘まれたようなルセルを屋敷の中に招き入れた。
「長旅お疲れ様。中でお茶をしよう」
ルセルとリース王子は家族との晩餐の後、別荘に泊まるべくエトワールと共に向かった。
ルセルは、幼い頃に足繁く通ったかつての別邸に久しぶりに足を踏み入れた。
「懐かしい。全く変わっていませんね。てっきり、王家に献上する際に改装したと思っていました」
「ああ、私の気に入るように作ったから替えようがないのさ」
リース王子も毎夏訪れる勝手知ったる別荘に、躊躇なく足を踏み入れる。
「リース、どこへ?」
ルセルが声を掛けると、振り返り明るい声で応えた。
「ワインを持ってくるよ。サンルームで少し飲んでから寝よう。エトワール、グラスを三つ運んでおいて」
部屋へ下がろうとしていたエトワールは呆れ顔で言った。
「やれやれ、私も数に入っているのかい。分かった。持っていくよ」
昼間はありったけの光が差し込むサンルームが、夜は真っ暗だ。闇の中にすっぽりとはまって、下手をすると身動きがとれなくなる。ルセルは魔法で小さな灯りを灯した。
「待たせたね」
リース王子がボトルを1本抱えてサンルームに入ってきた。ルセルとエトワールはドーム型のサンルームの縁の二段しかない階段に腰を降ろして、何も見えない夜の庭にガラス越しで向かい合い、ささやくように言葉を交わしていた。
「エティはリースの相談に乗っていたの?挨拶の時に『お陰様で』って言っていたけど」
「違う違う、逆だよ」
「逆?」
「私がそそのかしたのさ、ルセルと結婚すればいいってね」
「何、それ?」
エトワールに詰め寄るルセルに、リース王子がにやりとする。
「エトワールが五歳の僕に言ったのさ。「私の曾孫と結婚すればいい」ってね」
どうしたら五歳の子供に、当時三十歳を超えていた自分の曾孫と結婚しろなどと言えるのだろうか。 ルセルの腑に落ちない表情を見て、エトワールが語り出した。
「ここは、真っ暗だね。何も見えない。本当ならね。でも、ご覧、二人なら見えるだろう。お前達二人の薄く明るい空色の魔力が暗闇を照らしている」
そう、見ようと思えば二人ともお互いに纏った同じ魔力の色を暗闇の中でも見ることができた。エトワールの魔力は少し緑色を帯びている。
「こんなにそっくりな色は見たことがないよ。相性がいいのは明白だ」
「でも・・・」
私達は二十七歳も歳が離れているのにと、ルセルは口に出すことを躊躇った。年齢差を気にする自分が嫌だった。
エトワールは、そんなルセルの気持ちを察したのだろう。
「お前はきっと、私のように長生きするだろうよ。リース殿下もね。年齢差は大したことじゃないよ。大事なのは誰と一緒にいたいかで、周りの人間にどう見られたいかじゃないだろう?」
エトワールは、ルセルを励ますように言った。
「僕は五歳の時にエトワールからルセルのことを聞いて、いつ会えるか心待ちにしていたよ」
リース王子はルセルに優しい視線を向けた。
「結局、十歳になるまで会えなかったし、子供だったから、実際に会うまではエトワールの言ったことはピンときていなかった。でもルセルに会って一瞬で理解した」
リース王子がルセルを真っ直ぐ捉えて言った。
「ルセルが目の前にいると僕は全身で喜びを感じる。ルセルとの結婚を僕は八年の間ずっと夢見ていたんだ」
「お前達は幸運にも出会えたんだ。これからは、ずっと一緒だ」
ルセルは一つ思い至り訊ねた。
「リース殿下の家庭教師に私を推薦したのはケイトだと思っていましたが、もしかしてエティが?」
「そうさ、リース殿下の教育係モリスにルセルを推薦したのは私だよ。ケイトには、ルセルと繋がるためにモリスが頼んだんだろう」
出逢えたのは偶然ではなかった。ずっとエトワールが導いてくれていたのだ。私達の幸せを願って。
「エティ、ありがとう」
ルセルは消え入りそうな声で呟いた。




