48 マリー・マクシマの結婚(2)
「ルセル、丁度良かったわ!頼みがあるのよ」
やっと奥から出てきたマリーは、ドタドタと足音も騒々しく、せっかく叩き込んだと思った礼儀作法は全く身に着いていないらしい。しかも、会って早々に頼み事だ。マリーらしいと言えばマリーらしい。
「何ですか?」
無下にすることなく、ルセルは応える。何しろ、マリーはあれほど別れたがっていたアレンの家にいるのだ。逃げ出したいのか、アレンを説き伏せるのか、とにかく頼みをきこうとルセルは思った。
「魔法でアレンを痩せさせてほしいの!」
「痩せさせる?」
あまりに意外な頼みだ。ルセルは理解ができない。
「そう!アレンを痩せさせるの」
マリーの後に付いて出てきたアレンは、身長160センチの小柄なマリーに全く頭が上がらない様子だ。そんなアレンはのっそりとハーケン男爵と並んだ。二人共、背の高さも太り具合も、そして顔立ちもそっくりだった。なるほど。
「マリーは、ハーケン男爵の若い頃の肖像画を見たのですか?」
「そう!そうなのよ!」
マリーは勢いこむ。アレンが痩せれば若かりし日のハーケン男爵のようになるとマリーは気付いたのだろう。
「つまり、マリーは『婚約者をかっこよくしてほしい』のですね」
「そう!そうよ!ルセルは何て察しがいいの!アレンは私を愛してるでしょ。私もアレンと結婚したいわ。でも、結婚式で二人並んだ姿を想像すると、私がっかりしちゃうの。アレンがもっと痩せていたら、きっと美男美女で似合いの二人になるのにって!」
美男美女?マリーの容姿は十人並みより下だろうに。マリーは自分を美女だと思っている。しかし、それならそれでいい。
太らない呪いか?それともマリーだけにアレンがカッコよく見える幻視の魔法をかけるか?
「ハーケン男爵はいつ頃から太られたのですか?」
ルセルは男爵に訊いた。
「そうですなぁ。ルキシア邸で養豚事業の相談をして、事業が軌道に乗ってから・・・アレンが生まれた頃には太っていましたな。う〜ん。豚肉を好きなだけ食べられるようになってからですかな」
「それで、マリーはアレンがいつまでかっこよかったらいいのですか?結婚式まででいいですか?それとも子どもが生まれるまで?」
「何言ってるの!一生よ!死ぬまでかっこいい方がいいに決まってるでしょ!」
ルセルは、マリーの側に寄って、他に聞こえない声で耳打ちした。
「ハーケン領は田舎とはいえ、養豚業で大成功を収めた富豪です。アレンがかっこよくなれば言い寄って来る女性も増えますよ。夫の浮気は妻の妊娠中が多いと聞きます。浮気は仕方ないかもしれませんが、離婚を持ち出される可能性もありますよ。それでも一生かっこいいアレンでいいですか?」
わがままで自分本位、怠け者で浪費家のマリーがアレンに好かれたのは、アレンがモテないからだ。財産目当てにアレンに言い寄ったマリーに、女性に免疫のないアレンは簡単に堕とされた。しかし、複数の女性から言い寄られたら、これまた簡単に堕ちるだろう。アレンは執着も強く強引で、マリーと同様に自分の欲求に真っ直ぐなタイプだ。
マリーは考え込む。アレンのカッコよさと自分の妻の座を秤にかけているのか。
「そうね。そうよね」
ふむふむと考えるポーズを取っているが、その実何も考えていないマリーが、まるで飲み屋で注文するようなノリで言った。
「とりあえず、子どもができるまでで頼むわ」
「分かりました」
そう言ってルセルはアレンの方へ向き直った。
「アレン殿、あなたの好物は何ですか?やはり豚肉ですか?」
「ああ、豚肉だ。ハーケンに生まれ育ったやつはみんな豚肉が大好物なんだ」
「見た所、あなたは豚肉を食べ過ぎているようです。太らない適量で満腹になるよう魔法をかけても構いませんか?そうすれば瞬く間にあなたの体型は若かりし頃のお父上のようになりますよ」
アレンは暫く迷った。腹一杯豚肉を食べることに喜びを感じていたし、瞬く間に豚肉を平らげる自分は男らしいと思っていたからだ。しかし、アレンの腕にしがみついたマリーが大きく頷いている。「うん」と言わないわけにはいかない。
「分かった。頼む」
「心配いりませんよ、今まで1キロ食べられたところが500グラムになっても、満腹は満腹です。少量で満足できれば経済的だし、痩せて健康的になります。何よりマリーが喜びますよ」
不安気なアレンにルセルは優しく説明する。本当は痩せていようが太っていようが、美しくかろうが醜かろうが関係ない。人の魅力は自己を肯定し信じることから生まれる。要するに自分で自分を愛せるかどうかだ。ただ、痩せたことでマリーに肯定されれば、アレンの自信にはなるだろう。
「では、二人がご結婚されて、お子さんを授かるまでを期限に魔法をかけます。魔法は、豚肉500グラムで満腹になるというものです。いいですか?」
「お願いします」
アレンが応えた。マリーは期待に瞳を輝かせている。
「マリー、これは今日明日で効果が出るものではありません。結婚式は、半年後でしたか?三ヶ月経ってもアレンに変化が見られなければ別の方法を考えましょう。それでいいですか?」
「えっ⁈三ヶ月も待てないわ。結婚式の衣装も決めなくちゃいけないし、友達にアレンを紹介しなくちゃ。それに結婚式は三ヶ月後よ!」
何を無理なことを・・・ルセルは半ば呆れながらも思案した。
「幻視の魔法をかけようか。結婚式の衣装は、あつらえた後でその時の体型に魔法で合わせればいい」
リース王子が提案した。
「それ位しか策は思いつきませんね」
ルセルは大きくため息をついた。
「私の魔法の後にリースの魔法を上掛けしてもらってもいいですか」
ルセルとリース王子はお互いを見交わした。やれやれ、豚肉500グラム満腹の魔法と幻視魔法とは、何て利己的な魔法だろうか。それでも、ルセルは魔法を使う。何しろ、今、リース王子と共にいるのはマリーのわがままのお陰だからだ。
ルセルはぱちんと指を鳴らした。




