44 英雄現る
「ハラン、通行止めをカラバ側にも連絡できるかなな?」
「はい。カラバ側にも通行止めを依頼します。カラバに渡る馬車をなるべく早く通過させるよう頼みましょう」
ハランは早速、魔法でカラバ側の入国管理官に連絡を取った。誰もいない詰所の壁に向かい話すハランは、側から見ると奇妙だ。狭い詰所の中にある硬い木のベンチに腰掛けたマスカーニは、ハランに尋ねた。
「ハラン、君は遠くの人と魔法で会話する以外は何が出来る?」
「話す以外には見ることも得意ですよ。遠くまで見通せます。障害物があっても、その先が見えます」
マスカーニは少し考えて、ハランに言った。
「じゃあ、トレイズ大橋の中央にある一番太い橋脚を観察してその様子を報告してほしい」
「承知しました」
ハランに橋脚の様子を見るよう頼んだものの、橋脚が折れそうだと分かった所で打つ手はない。今、橋を渡っている馬車は何台だろう。
「ハラン、やはり橋脚はいいから、橋を渡っている馬車の台数を見てくれ。雨が強いがカラバ側まで見渡せるか?」
「はい、それは。しかし、あの、橋脚がかなり危険な状態です!ひびも入っていますし、増水した川の水流に押されて今にも折れそうです」
「そうか、それで、橋の上の馬車は何台だ?」
「五台です。一台はこちらに向かっていて、間も無く渡りきります。他四台はカラバに向かっていて間隔は大分開いています。荷物もかなり積んでいて横風に押されてゆっくり進んでいます」
「魔導師団長かスワン先生はここへ呼べないか」
マスカーニは橋の崩落から馬車を救う方法をずっと考えている。しかし、この雨と風に遮られ長い橋のどこにいるか分からない馬車を救い出すことなど、不可能に思える。
「スワン先生は団長と共に遠方で救助活動中で、今すぐここに来るのは無理だそうです・・・でも」
ハランは、そこで目を見開いた。
「でも?」
問い返すマスカーニに、ハランが叫んだ。
「マスカーニさん、橋脚が折れました!」
「馬車はどうなっている?」
「こちら側に向かっていた馬車は今、渡りきりました!カラバ側の馬車も一台が渡りました!三台が橋の揺れに耐えられず止まっています。馬が興奮していて・・・あっ、一台が川へ落ちた!」
ハランは、必死に状況を説明する。川に落ちた馬車には男が二人、馬は二頭立てで荷台にはカラバに届ける小麦が山と積んである。
マスカーニは、詰所の扉をバタンと開けて一歩外へ出た。ハランが今見ているものを、自分もこの目で確かめたかったからだ。しかし、強い風雨に視界が遮られ、嵐の中なす術もなく立ちすくんだ。
しかし、気付くと風雨が止んでいた。マスカーニが扉を開けて五分と経っていない。マスカーニは、空を見上げたが黒い雲はまだ逆巻いている。風も雨も止んだ静かな空間は、空模様とあまりに違い不自然だ。マスカーニは、訳が分からない。
「来ました!ガーシュウィン魔導師が来てくれました!」
ハランが詰所の中から飛び出してきて、ひどく興奮した様子でマスカーニに報告した。
「もう大丈夫です!大丈夫ですよ!」
視界の良い橋の景色は、遠くまで見渡せる。川に落ちた馬車は宙に浮き、カラバ側の橋の袂に羽根が舞うような軽やかさで降り立った。橋の途中で立ち往生していた二台の馬車もいつの間にかカラバ側の橋の袂にあった。馬車だけではない、折れた橋脚も元の形に戻り、橋は何事もなかったかのようだ。
「何が起きているんだ?」
マスカーニが弱く呟いた。
「ガーシュウィン魔導師ですよ!あの人が来てくれたら怖い物なしだ!」
ハランの言葉は要領を得ない。
「ハラン、落ち着いて説明してくれ。ガーシュウィン魔導師とは何者だ?目の前の現象は彼の魔法なのか?どんな魔法が展開されているのか、それも説明を頼む」
マスカーニは興奮しているハランをなだめるようにゆっくり静かに声を掛けた。
「申し訳ありません」
ハランは、気を鎮め説明を始めた。
「ガーシュウィン魔導師はスワン先生と並ぶ力のある魔導師です。叙爵されているので魔導士爵として王命が下れば動いて下さいます。今、ガーシュウィン魔導師は、同時に三つの魔法を展開し維持しているんです。一つは橋周辺を魔力でガードし、風雨を防いでいます。もう一つは、折れた橋脚を元の形に戻して崩れないように魔力で固定しています。そして。川に落ちた馬車を馬も人も荷物もひっくるめて橋に戻して乾かしました」
「ちょっと待て。さっきは魔導師団長は馬車を一台持ち上げるのがやっとだと言っていなかったか?それとも、馬車は一台でも、橋の固定や暴風対策は同時進行可能なのか?」
「いいえ、団長では…いえ魔導師団では、一人で複数の魔法を展開出来る魔導師はいません。ガーシュウィン魔導師やスワン先生は魔法使いの中でも別格なのです」
「じゃあ何故、さっき移動魔法の話をしたときに彼の名が出なかったんだ?」
「守秘義務があるからです。『彼』ではなく『彼女』ですが・・・外部に存在を知られないよう私達は基本的にガーシュウィン魔導師の名は出しません。関わった者には箝口令が敷かれます」
「何の為に箝口令を敷くんだ?強大な魔法使いがいると喧伝すれば我が国の防衛の助けになるじゃないか」
国の中枢を担う役人として、当然とばかりにマスカーニが言った。
「そんなことをすれば、ガーシュウィン魔導師が姿をくらまして、二度と我々に協力してくれなくなりますよ」
とんでもないとばかりに、ハランは
正体不明の魔女。それも桁違いのスケールの力を持った魔女だ。マスカーニは好奇心を隠すことなく言った。
「今、ガーシュウィン魔導師はどこにいるんだ?挨拶してこよう」
「今、出て行ったら逃げられますよ。任務が完了するまで待ちましょう。最後に必ず我々に報告して下さりますから」
ハランが言っているそばから、後方から二人に人影が近づいた。マスカーニは、とうとうガーシュウィン魔導師の姿を拝めると期待に満ちた目で人影を振り返った。




