41 国王との謁見
明くる朝は、大騒ぎだった。
ステラ以外の侍女も二人やってきて、ルセルはリース王子と引き離され、別室で長時間を身支度に費やした。ドレスの色はどうするだの、髪飾りはどれにするだの、ルセルは魔法使いらしい服装を希望したが、花嫁らしい服装を押し付けられた。
不本意な格好も国王との謁見のためだ。仕方がないとルセルも我慢する。ハートネックに七分袖、フレアの床すれすれの白いロングドレスにペチコートやコルセットを付けなかっただけましだと思うことにした。
リース王子が支度を終えて迎えに来た。ルセルは、着なれない服に気恥ずかしさで逃げ出したい気持ちだ。
「きれいだ。よく似合っている」
にこにこしながら、リース王子が言う。お世辞でないことが分かるので、尚さら気恥ずかしい。
「ありがとう。リースも素敵だ」
整ったリース王子の顔に正装は良く似合う。十歳の誕生日の時も思ったものだった。生まれながらにして王子だからなのか、周りの視線を集め、誰もが傅きたい気持ちになる。
偽りないルセルの褒め言葉がリース王子の頬を紅潮させる。
「ありがとう、ルセル。さあ、陛下の所へ行こう」
ルセルは、リース王子にエスコートされて、謁見の間へと向かう。国王と臣民として会うのか、息子の嫁として会うのか、正解の分からないルセルは自分が滑稽な気がした。
謁見の間の扉をくぐり、陛下の座る玉座を見上げる位置で静かに頭を垂れる。
「大儀であった」
国王陛下が言った。
突然、労われても何のことかわからない。結婚が面倒事だということか?
「面を上げよ」
ルセルとリース王子は揃って頭を上げる。満面の笑みの国王陛下がいた。
「ルセル・ガーシュウィン・ルキシア魔導子爵、いや、昨日からルセル・ファトムルーゼとなったな。実に、大儀であった。私が願った以上の結果だ」
「!」
そうだった。国王陛下から、リース王子の想い人を探り出せと王命を受けていたのだ。すっかり忘れていた。
一体、何を労われているのか、分からないままリース王子は国王陛下に結婚の報告をする。
「国王陛下、昨日、わたくし、リース・トレイス・ファトムルーゼとルセル・ガーシュウィン・ルキシアはベルリオーズ司教の立ち合いの元、結婚の誓約の儀を執り行いましたこと、ここにご報告させて頂きます」
「うむ。喜ばしい限りである」
国王陛下の笑顔は、一層嬉しそうである。
「スワンの言う通りにして良かった。とにかく、二人が結婚したことは本日中に公表する。二人の今後のことは、リュデルに相談して決めるように」
「はい。仰せの通りに」
ルセルとリース王子は深くお辞儀をした。
「リース」
国王陛下の声が優しく響いた。
「今夜は皆で晩餐だ。昨夜の出来事は他からも報告を受けているが、お前たちの口からも聞かせてくれ」
「はい」
リースは、嬉しそうに国王陛下に笑顔で答えた。
「昨日の今日だ、色々と支度があるだろう。下がってよい」
緊張の謁見は無事に幕を閉じた。
王宮の長い廊下を部屋に戻りながらリース王子がルセルに尋ねる。
「ルセルは、スワン先生と父上に何か頼まれていたの?」
ルセルはどきりとしたが、平然と誤魔化す。
「魔導師は依頼に関して守秘義務がありますから、ご容赦ください」
「ああ、そうか。そうだね」
素直にうなずきながら、少し寄り道しようと、リース王子は王宮の庭園へ足を向けた。
「ぼくは、父上に猛反対されたら、ルセルを連れてどこか遠くへ行こうと思っていた」
ライラックの木がたくさんの花をつけている。美しい薄紫の花が風に揺れている。
「もちろん、ルセルが『うん』と言ってくれなければ、それすら虚しい妄想に過ぎないけどね」
リースは、おどけた笑みをルセルに向けた。
「あんなに喜ぶなんて思ってもみなかった」
穏やかな無風の庭で、リースが魔法で何気なく風を起こしている。薄紫の花びらが美しくくるくると舞う。
「リースは、自分の魔力の大きさが分かっていますか?」
魔法学院では、この風を起こすのがやっとという者が殆どだ。花びらが美しく舞うためには、どれだけ魔法のコントロールを練習しなければならないだろう。
「多分、スワン先生と私とリースがいれば無敵です。私の力も、リースの力も、国外に逃したら国にとって大きな損失になります」
そういえば、白いライラックの花言葉は「別れ」だ。墓地には、たくさんの白いライラックが植わっている。
「私たちは、悪意を持って術を使うことはない。人に危害を加えることを善しとしない。でも、何かを守ろうとする誰かの願いを叶えることはあるかもしれません。」
昨日の、国王陛下からの依頼について、ルセルは思い返していた。禁忌を犯しても、叶えたい願いについて。「リース殿下の恋を成就させる手助け」と言われて受けざるを得ない状況に追い詰められた自分について。
「国王陛下は、リースを息子として愛してらっしゃる。その息子が結婚した。陛下は、それを純粋に喜んでいるようでしたね」
良くも悪くも、誰かを想うその心が、時に魔法使いに無理を強いる。仕方のないことだ。
「ルセルは、父上に何か無理を言われたかな。すまない。でも、ルセルが今、ここにいてくれることがぼくは何より嬉しい」
リース王子は穏やかな日差しの中、ルセルの正面に立った。先程、リース王子の指先で舞っていたライラックの小さな花びらは、風に舞い上がりもう見えない。
「ぼくは、ルセルに肝心なことを言っていなかった」
リース王子の手はルセルの両の肩にそっと添えられ、その瞳は真っすぐにルセルを見つめた。
「ルセル、愛しているよ、ずっと」
気恥ずかしくなるような言葉だ。しかし、リース王子の真剣な言葉だ。はぐらかすことも、聞かなかった振りもできない。そして、自分の気持ちも、伝えないわけにはいかない。時に、受け取るだけでは済まない言葉というものがあるのだ。ルセルは、ゆっくりと一度、瞬きして言った。
「ありがとう、リース。私も、ずっとあなたを想っていました」




