38 ケビンの結婚
リース王子は、マリーの予想外の呟きに驚き、ルセルの方を見て笑う。
ルセルは、笑顔のリース王子に言った。
「リース殿下。私は、明日、マリーをブーエに送って行きたいのですが」
「えっ!?」
ルセルの唐突な申し出にリース王子が固まる。何しろ、二度と離れたくないばかりに、結婚の誓いを強行したのだ。
リース王子をフォローすべく、アゼリアが口を挟む。
「あら、マリーならレナード商会の方で、帰りの手配をするわよ」
いつの間にか、側に控えていた執事のリュデルが言う。
「明日は、お二人揃って、国王陛下に結婚のご報告をお願いいたします」
「ケビンと二人だから大丈夫よ」
マリーがさらりと言った。
だから心配なのだ。ケビンと二人きりで帰したらブーエ男爵に申し訳が立たない。
「ケビンが私の婚約者なら、こんな面倒な話にならないんだけど…」
そうだ、マリーはまだアレンと婚約中だ。ケビンと二人きりで返せば、不貞を働いた咎で婚約破棄と賠償金の支払いが発生する可能性が高い。
ルセルがぐるぐると考えている間に、リース王子が言った。
「では、ブーエ男爵令嬢の出発を一日延ばして貰い、私がルセルと共にブーエ領まで送って行こう。私とルセルは、その足でターウェにいるルキシア侯爵に結婚のご挨拶に伺うことにしよう。ルセル、ブーエ男爵令嬢、それでいいだろうか?」
「かしこまりました。ブーエ男爵には、ご息女の帰りが一日遅れることを早馬で知らせておきましょう。」
リュデルは早速、支度に取り掛かろうとする。
広間は、片付けをする使用人や楽団員が静かに行き来しているだけだ。
「リース殿下、今日のこの良き日を共に過ごせたこと光栄に存じます。これからも、ルセル様と共に健やかに過ごされること、お祈りしております。では、本日はこれにて失礼させて頂きます」
サムスがアゼリアを伴って玄関口へ向かう。その後ろをマリーもひょこひょこついて行く。
「とりあえず…」
ルセルは、リース王子を伺いながら言葉を探す。
「玄関口に迎えの馬車が来ているはずだから、マリーと一緒に宿に戻って荷物を取って来るよ。明日の朝王宮へ顔を出せばいい?」
リース王子は、またも固まりそうになる。
「どうしてルセルは一」
思わず素で抗議しそうになるが、先程からルセルは許可を得ようとしている。本来なら、誰かに許可を得る人ではない。やりたいことをやりたいようにやる。自然に。誰にも迷惑をかけずに。それがルセルだ。
ルセルを今、ここに留めたのは自分だ。自由を奪い、生涯を共に過ごす。
気を取り直してリース王子が言う。
「玄関口まで一緒に行くよ。二人でマリーを見送ろう。ルセルは自分の荷物位なら、魔法で取寄せられるだろう?」
「じゃあ、私は今夜どこで…」
「もちろん、僕の部屋にくればいい。ルセルが私室を欲しいなら、後日用意させるよ」
ルセルは、自分の頬が恥ずかしさで火照るのを感じた。リース王子の部屋?いや、夫婦なのだから当然だ。しかし、まだ、心の準備も整理もできていない。何しろ、自分の記憶の中のリース王子はずっと十歳だったのだ。もちろん、十八歳のリース王子も受け入れている。ちゃんと。しかし…何もかも急過ぎるのだ。久しぶりの再会に旧交を温め、昔話に話を弾ませながら徐々に昔のように打ち解けて、手紙を交わしたり、何度か会って話したり、そんな風に距離を縮めて恋人同士になり、結婚に至るなら分かる。だが、実際は、何もかもすっ飛ばして、再会して2時間足らずで結婚だ…。
ルセルがぐるぐると考えている間に、リース王子はルセルをエスコートして玄関口まで見送りに出た。ケビンが馬車を着けている。しかし、肝心のケビンは御者席から降りて、何やら気まずそうな、しかし、頬は紅潮し少しケビンらしからぬ、そわそわした様子でルセルを待っていた。
ルセルは、ケビンの様子がいつもと違うことを訝しんで、リース王子の腕に回していた手をするりと外して、ケビンの前へ進んだ。
「やあ、ルセル。お疲れ様。あのさ、申し訳ないんだが…おれ…」
ケビンが言い淀むと、続きはルセルが引き受けた。
「『ブーエには帰れない』ですか?」
「⁈…なんで」
ケビンが心底驚いた顔をする。
「何言ってるの?ケビン。帰りは一日延びたから用があるなら明日済ませたらいいわ。約束通り帰りもよろしくね」
さっさと馬車に乗り込んでいたマリーが、馬車から顔を出して言う。しかし、マリーもケビンの異変に気付いていた。嫌な予感が的中しないように、あれこれ言わずに馬車の中に引っ込む。
自分がケビンを怒らせたわけではない。マリーは考えた。午後二時の待ち合わせまで二人で楽しく過ごしていた。レナード家の馬車が宿に迎えに来たときには笑顔で見送ってくれた。「楽しんでこいよ」そう言って頬にキスしてくれた。何かあったなら、その後だ。何もありませんように。一緒に帰れますように。マリーは馬車の中で祈った。
「探し人を王都で見つけましたか」
ルセルがにこりと笑って言った。王都に行くと聞いて、ケビンは最初から強引だった。余程、王都に行きたい理由があるのだろうと、ルセルは思っていた。
「いいですよ。マリーの帰りは何とでもなります」
「ちょっと!?」
馬車の中から様子を伺っていたマリーがたまりかねて降りてきた。
「何言ってるの?ケビンはパパが雇った御者でしょう?勝手に決めないでよ!ケビンも、後でブーエに帰ろうと思ったら、何日も歩くことになるわよ!一緒に帰りましょう」
マリーはケビンの腕を取ろうとするが、ケビンがやんわりとそれを避ける。
「なんでぇ?どうしたっていうのよぉ」
「結婚したんだよ、おれ。ルセルとマリーがパーティーに行ってる間にさ」
「何言ってるのよ!こんな短時間に相手を見つけて結婚なんて有り得ないわよ!」
マリーは取り乱し泣き叫んでいる。
有り得ないことは、先程、自分もしたなとルセルは思うが、とにかく言う言葉は限られている。
「おめでとうケビン。お幸せに」




