37 誓い
「悲しみ深い時も喜びに充ちた時も共に過ごし、死が二人を分かつまで、愛をもって互いに支えあうことを誓う」
それは、ありきたりな誓いの言葉ではあるが、ルセルの心に、はっきりと楔を刺した。
ここでこれを誓えば、自分はこの誓いを守るために生きるだろう。この誓いが、自分のリース王子への愛情が、これからの自分の人生の糧となり支えとなるのだ。
一生孤独に生きていくと思っていた。自分の人生に支えなどなくて良いと思っていた。それだのに、つい十分程の間に、はっきりと自分の人生が変わったのだ。リース王子の手を取って踊った時から・・・。
ルセルの隣では、リース王子が静かにルセルの返事を待っていた。自分の勢いだけで、結婚の誓いの儀式をとり行っている。ルセルを困らせたいわけでも、無理強いしたいわけでもない。ただ、二度と失いたくないのだ。「二度とルセルに会えない」八年前に味わった絶望を、繰り返したくない。リース王子は、八年前に禁忌を犯したルセルも、同じ気持ちでいると信じた。手を取ったその時に彼女の気持ちが流れ込んで来て、その時、生涯を共に過ごす選択をしたのだ。
そして今、ルセルは思い出していた。
八年前のあの日を。
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別れの朝。リース王子は熱を出し伏せってしまった。寝ているリース王子に、別れの言葉と共にひっそりと禁忌の魔法を使ったのだ。
「ルセル・・・行かないで」
ベッドの中で、リース王子は力なくつぶやいた。
「ええ。大丈夫ですよ」
ルセルは言いながら、その言葉の白々しさに気分が悪くなった。
「少し眠りましょう。少し寝て、目が覚めたらすっきりしますよ」
近くにルセルが居る安心感からリース王子は目を閉じた。そのリース王子に、ルセルはゆっくりと禁忌の魔法をかけた。
自分のことを忘れるように。記憶はぼんやりとして、話したことも笑い合ったことも色褪せて見える魔法。ルセルの名前を聞いても何の感情も湧かなくなる魔法。期限はない。ルセルが解かなければ解けないはずだ。
万が一解けるとすれば、スワン先生位だろうか。
ルセルは重い足取りで王宮を辞した。
一年の仮住まいは引き払った。そのまま魔法学院の魔法塔に向かった。
「ルセル、どうしたんだい?」
魔法塔の受付を済ますとスワン先生が待ち構えていて、ルセルに声を掛けた。
「五年の間、魔法塔にお世話になります。誰にも会わず、どこにも行かずに過ごします」
ルセルは深く頭を下げ、それ以上は無言を貫いた。
間借りした魔法塔の一室を、ルセルは魔法で誰にも近寄れないようにした。
殺風景な狭い部屋で、ルセルは無気力にただ座っていた。
そして時々、狂ったように大声で泣いた。
こんなに大声で泣いたのは生まれて初めてだった。しかし、止められなかった。禁忌の魔法を使ったからではない。ただ、リース王子に二度と会えない、二度と会わないという絶望に押し潰されそうになり泣いたのだ。
魔法学院入学のために家族と離れたときも、四年間共に過ごした学院の仲間と卒業で離れ離れになったときも、泣いたりしなかった。多少の感傷はあったが、晴れ晴れした気持ちで別れた。だのに、 たった一年、共に過ごしただけの小さな男の子との別れがこれ程つらいとは、自分でも予想していなかった。
この気持ちが何かは分からない。しかし、リース王子の側に居たかった。ただ、その気持ちだけが本当だったのだ。
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あの頃の自分を今も忘れていない。そして、リース王子が自分を覚えていなくとも、一目会いたいと願って今日ここまで来たのだ。
ルセルは決心せざるを得なかった。
「はい、誓います」
ゆっくりと静かに答えたルセルの声に、会場の人々から祝福の拍手と歓声が沸き上がった。
リース王子が優しい眼差しでルセルを捉えながら、ルセルの手の甲に接吻をした。
リース王子が今日のパーティーの締めくくりに感謝の言葉を述べると、二人を祝福する人々が、順に二人に祝いの言葉を掛けて、会場を後にした。
長い祝いの言葉の列に、一人一人丁寧に感謝の言葉を返しながら、ルセルは、慣れない事態に戸惑っていた。しかし、ルセルもルキシア侯爵家の長女として作法は完璧、社交の場でそれらしく振る舞う術は心得ている。戸惑いを隠して愛想笑いを浮かべることは造作なかった。一方、リース王子の笑顔は素直な喜びに溢れ、幸福に輝いていた。
列の最後は、レナード夫妻とマリーだった。
「おめでとうございます。リース殿下、ルセル嬢」
レナード夫妻が口々に言った。
「私の予想より急展開だったわ」
アゼリアがふふふと笑う。
「予想?」
ルセルが問う。
「ええ、今日、ルセルとリース殿下が再会すれば、近いうちに結婚するとは思っていたけれど、それにしても…ね」
それにしても、再会したその日に結婚だなんて、誰に予想できただろうか。
ルセルだってこんな事態は予想していなかった。まさか、自分がリース王子の結婚相手として考えられることや、自分がリース王子を結婚相手と認めるなんて、思いもよらなかった。
ルセルは、アゼリアに苦笑いで返すしかなかった。
「結婚おめでとう、ルセル。リース殿下。私、二人がそんな関係だなんて、ちっとも知らなかった。もっと早く教えてくれてたら…」
マリーは不満たらたらだ。だが、ルセルでさえ思いもよらなかったことを、予めマリーに伝えることは不可能だ。
「マクシマ嬢、その言葉遣いは問題ね」
アゼリアが指摘する。
「いや、構わない。ブーエ男爵令嬢、あなたがいなければルセルは今日ここにいない。大変感謝している」
リース王子がマリーに礼を述べる。
リース王子に礼を言われ、マリーはしどろもどろになる。
「いえっ、あの、えっと…どういたしまして」
「『ありがたきお言葉、身に余る光栄でございます』よ」
アゼリアが小さな声でマリーに耳打ちする。
マリーは、アゼリアを恨めしそうに見やり、小さな声で呟く。
「何それ、やだ、無理」




