34 王子の想い
ルセルは、スワン先生の張った見事な結界に気付いて感心した。
「別に、リース王子から本心を聞き出すために禁忌の魔法を使う必要はありませんよ」
スワン先生の言葉にルセルはどきりとする。なぜ、それを知っているのだろう。ルセルの気持ちを読んで、スワン先生が続ける。
「私が、エドヴァルド国王の頼みを断ったので、ルセルにお鉢が回ったのです」
国王直々の頼みを断る?そんなことがよくできるものだ、とルセルは思った。
「適任はルセルだと国王に進言しただけです」
なぜ、私が適任なんだ・・・普段感情が波立たないルセルも、自分の気持ちにさざ波が立つのを感じる。
「ルセルも傍受の魔法を使えば良いだけです。これなら精神に作用しませんから、安心でしょう」
スワン先生が軽くウィンクして見せる。
「でも、会話を盗み聞きしただけでは、リース王子の本心は分かりません」
落ち着いた風を装いながら、ルセルはスワン先生に応える。
「今日は、王子も自分の気持ちを素直に人に語るでしょう。大丈夫」
スワン先生は美しい顔を煌めかせながらにっこりと笑った。
それなら、スワン先生が傍受の魔法を使えばいいのに…とルセルは思うが口にしない。スワン先生には、何か考えがあるに違いない。
「リース王子は三年前に、魔力量が大きすぎて魔法塔へ私を訪ねてきました。ケイトの紹介でね。それから、私の側で魔法の勉強や研究補佐をしてくれています。彼の魔力量を見ましたか?」
「ええ、70ほどありますね」
「なかなか、大きい数値です。貴族の子弟が通う高等学校では、魔力への理解がなく不自由したようですね」
広間の中央で次々ご令嬢と踊るリース王子を見ながら、スワン先生が真面目な表情で言った。
「今日も、パーティーの前に魔力酔いを起こすご令嬢を選別してお帰り願いました」
「だから、先にご令嬢方を別室に案内したのですか?」
「そう、私が魔力を放出して一人一人確認しました」
ルセルも、リース王子の踊る姿をそっと見つめた。
中央で踊るリース王子を見ながら、ルセルはスワン先生の結界魔法の中で内緒話を続けている。
「ルセルなら隠し方も教えられたでしょうが、ケイトの魔力量は25ですから、隠す必要もないし隠し方も分からないでしょう。仕方ないことです。ケイトは主に学問的な知識をリース王子に教えてくれています。魔法倫理や魔法法則理論などをね。今は私が実践的な魔法の師です」
「それで、今日のリース殿下は何故、魔法を隠していないんですか?」
ルセルは不思議に思い問う。
「側にいられる者を見極められないと、困るでしょう」
スワン先生は当然のように言った。
「生涯の伴侶も、友人も、側仕えも、とにかく誰がリース殿下の側にいても大丈夫なのかわからないことにはね。私も選別はしましたが、他にもいるかもしれませんし、殿下自身が小さな変化も気付けるようになると良いですからね」
リース王子に寄せられる期待は大きい。成人したとはいえ、まだ十八だというのに。
「私が、魔力酔いに効く薬や魔法を研究いたしましょうか」
魔法を出したり引っ込めたり、それはそれで面倒だ。魔法使いの側にいたいものが、薬でも魔法でも使えばいいのだ。ルセルは思い付きで言った。
「それはそれで有難い申し出だけれどね、魔法というのは、いわば「気」のようなものだろう。「気」が合わないから酔うんだよ。つまりね、リース殿下の魔力に酔う人間は気が合わない人間だから、そういう人間と無理に一緒にいる必要はないんだ」
スワン先生の言葉に、ルセルは成程と思う。気の合う人が側にいればいいのか。
「ルセルはどうだい?リース殿下と一緒にいて」
そうだ、自分は最初からリース殿下と一緒にいて居心地が良いと感じていた。「気」か…そういうものなのかもしれない、とルセルは思った。しかし、スワン先生の問いには答えなかった。
「さて」
スワン先生がぱちんと指を鳴らした。ルセルが魔法を使う時と同じ要領だ。
『リース殿下は、お心に決めた方がいらっしゃるのですか?』
結界魔法の中に見知らぬ女性の声が響く。どうやら、リース殿下と踊っているご令嬢が質問している声のようだ。
『ああ』
率直にリース殿下が答える。
聞いておいて、ご令嬢は傷ついた様子の声だ。
『そうですか…。今日、殿下に踊っていただいたこと、一生の思い出にしますわ』
そして、好奇心に抗えず、リース殿下に質問する。
『それで、そのお心に決めた方というのは…』
『それは…まだ本人にも私の気持ちは伝えていないからね。まだね、伝える決心がつかないんだよ』
『あら、リース殿下のお心を袖にする方などいませんわ』
『ありがとう』
姿は遠くにあるのに、すぐ側にいるかのようにリース王子の声が響く。しかし、結界魔法がかけてあるので、声はルセルとスワン先生にしか聞こえない。
ダンスの度に、同じような会話が繰り返される。
三人連続で踊ると、さすがに疲れたのか、リース殿下は一度休憩に入る。壁際のソファの前で、学友に捕まる。
『お疲れ様』
『ああ、今日はありがとう』
『今日は、想い人は来てるのかい?』
『ああ、来ているよ』
『踊ったのか?』
『いや、彼女は踊らないよ。でも、後で話をする約束は取り付けたから』
踊らない女性で、話しをする約束を取り付けた。それは即ちルセルのことだ。
年齢が27歳も離れているのに?八年も会っていなかったのに?先生と教え子なのに?王子様と魔法使いなのに?
スワン先生がぱちんと指を鳴らすと傍受魔法も結界魔法もたちまち消え去った。
「ルセル、私が、国王陛下からの依頼を君に譲ったわけは分かったかい?」
「・・・・・」
ルセルが何も言えずにいるとスワン先生が続けた。
「リース殿下は、自分の気持ちを伝えあぐねている。まあ、君と同じように考えているんだろう。国王陛下は、リース殿下が結婚するなら相手は問わないと言っている。君も、考えなければね」
スワン先生は、ルセルの肩を軽くぽんと叩くと、その場を離れた。




