33 会場の魔法使い
マリーは、ルセルから目をそらして広間を見渡し、明るく言った。
「リース王子のご学友も来ているそうだから、踊ってもらおうかな。あっ、女性から申し込んだら、はしたないんだっけ。誰か声を掛けてくれるかしら」
リース王子の最初のダンスが終わり、他の人々も踊り始めた。リース王子も他から声を掛けられ、どこかのご令嬢と踊ることになったようだ。一息ついたかと思うと、また踊り始めた。
ルセルとマリーの所へ、レナード夫妻がやってきた。
「ルセル嬢まであの列に並ぶとは思ってなかったよ」
サムスは、ルセルの触れられたくないことをズバリと言う。
「あら、私は分かっていましたわ。ルセルはどのご令嬢より素敵ですもの。多少の年の差は気になりませんわ」
アゼリアは、にこにこしている。
「アゼリア、二十七歳差は多少じゃ済まされないよ」
ルセルは苦笑いをする。
マリーは、苦笑いするルセルの顔をちらりと見て、アゼリアに話しかけた。
「レナード夫人、どなたかダンスの相手をご紹介してくださいませんか」
「よろしくてよ。あちらにリース殿下の学友で、私の甥のブルーム侯爵令息がいるから声を掛けてみましょう」
ルセルとサムスをその場に残して、アゼリアはマリーを連れて歩き出す。
「ブーエ嬢は、リース殿下とのダンスはいかがでしたか」
二人でゆっくりと歩きながら、アゼリアがマリーに話しかける。
「ああ、それが、私、リース殿下は運命の人だと思って今日ここに来たんですけど・・・」
マリーは大きなため息をつく。
「では、今日はリース殿下と一番最初に踊っていただけて、よろしかったですわね」
ため息をつくマリーを慰めるように穏やかにアゼリアが言った。
「リース殿下は、私と踊りながらルセルのことばかり聞いてくるし、ルセルの名前しか出てこないし」
マリーは、ルセルの前では取り繕っていた表情を、素直に不貞腐れて見せた。
「リース殿下は、わたくしと話される時もそうですわ」
ふふふと笑いながらアゼリアが言う。
「私、自分が好きになった男に好かれる自信はあるんだけど、ああもあからさまに他の女に気のある男は、もう、無理っていうか…ダメっていうか、悔しいけど無駄でしょう。恋って一度落ちちゃうと他は見えなくなるから」
不満はあるが諦めはついたというように、マリーは同意を求めてアゼリアを見る。
アゼリアは、微笑みを返すだけだ。
「あーあ、ルセルより先にリース殿下と知り合いたかった」
「ルセルより先にリース殿下と知り合っても望みは薄いと思いますわ」
マリーの愚痴にアゼリアが手厳しい一言をやんわりと言う。
「・・・レナード夫人は、美人で、賢くて、侯爵令嬢で、片思いで苦労したことなんてないから、そんな意地悪言えるんですよ」
マリーは恨みがましくアゼリアを見た。
アゼリアは、そんなマリーをいたずらっぽく見つめ返す。
「わたくしも、夫に振り向いてもらうまで出会ってから四年をかけましたわ」
マリーは、そんな、まさかという表情だ。
「だから、あなたが言うように一度恋に落ちると他は見えなくなることもよくわかりますし、ルセルより先に知り合いたかったという気持ちも分かりますわ。ルセルは魅力的ですもの」
アゼリアは、前方のブルーム侯爵令息の視線を捉え、笑顔を送った。
一方、その場に残されたルセルとサムスは、きょろきょろと辺りを見回していた。
「スワン先生、どこにいるんだろうな」
十二歳から二十歳位の三百人ほどのご令嬢に両親が付き添って来ていて、加えてリース王子の友人知人が単身、あるいはパートナーを連れて来ている。千人ほどが会場にいるだろうか。
特定の誰かを見つけるのは、なかなか難しい。
「見当たりませんね。今日、ここに来ることは確かですか?」
ルセルが心配になって聞く。
「ああ、警備の依頼はレナード商会が出しているからね」
自信たっぷりにサムスが答える。
「じゃあ、警備計画もご存じでしょう?」
ルセルの指摘に、サムスは目を泳がせる。
「それは、お任せというか、スワン先生の魔力で何をどうできるか、私も把握できてないから…」
「・・・・・」
やれやれと思いながら、ルセルは自分の魔法で会場全体を捉えようと試みる。
会場の中心にリース王子の大きな魔力が見える。他は、大扉の前に立つ宮廷魔導師団長のセオドアの魔力。誰かと歓談するケイト先生。ケイトの周りの魔力は、魔導師仲間だろう。
スワン先生の魔力は他を圧倒する。しかし、魔力をそのまま出していると、過敏な者は疲れたり、怯えたりする。魔力がなくとも、分かる人には分かるのだ。ルセルは公共の場では、何となく魔力を隠す技を身に着けた。多分、スワン先生もそうだろう。
ルセルは、会場の隅に僅かな歪みを見つけた。覚えのある気配だ。ルセルは、スワン先生のいるだろう場所へ、つかつかと歩み寄った。
「あ、見つかりましたか?ははは、ルセル久しぶりですね」
誰もいないはずの場所から明るい声が響き、礼装に身を包んだスワン先生の美しい姿が現れた。
「ご無沙汰しております。スワン先生。目くらましがお上手ですね」
ルセルが、楽しそうに、でも澄ました様子で言葉を返す。
「ありがとう。君も、そのドレスが似合っているよ」
「そうでしょう!レナード商会の春の新作で…」
自社商品の素晴らしさを語ろうとするサムスを無視して、スワン先生がにこにことルセルに話しかける。
「今日は、リース王子に会いに来たのかい?」
ルセルは、スワン先生の問いに自分の表情が曇るのを隠せない。
「ええ・・・いえ、リース王子にご令嬢を一人紹介するために来ました」
「おやおや、それは…」
言いかけて、スワン先生は口をつぐむ。
「サムス、アゼリアが今、サムスを探していますよ。ほら、向こう、わかりますか?」
サムスは、スワン先生が指を指す方を確認する。
「ああ、ちょっと行ってきます」
体よくサムスを追い払ったスワン先生は、ルセルと自分の会話を他の者に聞かれないよう、魔法でそっと結界を張った。




