32 再会
リース王子は、初めて会うマリーに言葉を掛ける。
「初めまして。ブーエ領からお越し頂き、ありがとう」
マリーは、リース王子を真っ直ぐ見る。「王子凄い!初めて会ったのに、私がブーエ男爵の娘だと知っているなんて、やっぱり運命の人なんだわ!!!」マリーは、心の中で叫ぶ。
胡桃色の艶やかな髪、翠緑の澄んだ瞳に優しげな眼差し。マリーが今まで出会ったどんな男性より美しく気品が感じられる。
以前、王都の街中でちらりと見かけただけのマリーの理想の王子様が、今、ここにいるのだ。
マリーは、この一瞬の間に、頭の中で今までになく真剣に考える。「このチャンスを逃しちゃいけないわ!どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら…」
リース王子がルセルに顔を向けようとしたその時、マリーは大きな声で叫んだ。
「リース殿下!私と踊って下さい!」
会場は、マリーの言葉に一瞬静まり返ったが、すぐにそれは非難のざわめきに変わる。女の方から申し込むなんて。礼儀知らずの田舎者。あれで王子が受けるなら、私も図々しく申し込めば良かった。悔しい。扇子越しに様々な言葉が飛び交う。
リース王子は、一瞬、マリーと視線を合わせ微笑んだ。マリーは踊ってくれるのだと、嬉しさのあまり声を上ずらせ王子の名前を呼んだ。
「リッ、リッ、リース王子!」
しかし、リース王子は返事をせずにルセルの方を見た。
「ルセル、よく来てくれた」
リース王子の声は、親しい者に向ける喜びを含んだ声だった。
玉砕し、項垂れるマリーを目の端に捉えながら、ルセルは目の前のリース王子を見つめた。
大人になったリース王子の声は、ルセルの耳にまだ馴染まない。身長は四十センチ以上伸びている。折れそうに華奢だった肢体は、しっかりと安定している。
「リース殿下、ご無沙汰して申し訳ございません。十八歳のお誕生日を心からお祝い申し上げます」
二人のやり取りを隣で聞いていたマリーは赤面する。リース王子の祝いの場であるのに、マリーが最初に口にしたのは、自分の欲望の言葉だったからだ。
「あっあの、リース殿下、申し訳ありません。お誕生日おめでとうございます」
マリーは、ルセルと向かい合っているリース王子に横からお詫びの言葉とお祝いの言葉を掛ける。
言葉を交わすルセルとリース王子の間に入ることも無礼ではあるが、マリーの無礼は、ルセルの連れであるだけで許容される。
「リース殿下、不躾なお願いですが、ブーエ男爵令嬢と踊ってはくれませんか。そのためだけに、はるばるブーエから来たのです」
ルセルがリース王子に頼む。
「わかった。では、ブーエ男爵令嬢と踊った後は、ルセルと話す時間を私にくれないか」
頼まれて踊る前例を作れば、リース王子はこの後、大勢のご令嬢と矢継ぎ早に踊らなければならなくなるだろう。この約束さえあれば、例えパーティーが終わるまでリース王子が踊り続けても、ルセルはどこかで言葉を交わす時間が取れる。
ルセルにとってありがたい提案だった。
「もちろん。久方ぶりの再会です。ゆっくり語り合いましょう」
ルセルの返事を聞くと、リース王子はマリーに向き直り、上半身を軽く折ると、うやうやしくダンスを申し込んだ。
「ブーエ男爵令嬢、わたくしと踊って頂けますか」
「もちろんですわ」
頬を染めたマリーが、リース王子に右手を差し出す。
広間の隅で演奏していた楽団が、リース王子のダンスの為に音楽を奏で始めた。
マリーのダンスはたどたどしいが、リース王子の軽やかなステップが、それをカバーしている。
ルセルは、中央の立ち位置からフロアの隅に移動する。会場の人々は、リース王子とマリーの踊る様子に注目している。ルセルも二人の踊る様子をぼんやり見ている。
先程、リース王子は、並居るご令嬢をするりとかわし真っ直ぐルセルのもとヘやって来た。
おかしい。
確かに八年前に魔法を掛けたはずだ。あの魔法が失敗なわけがない。
リース王子は、二十七歳年の離れた家庭教師がいたこと、名前はルセル・ガーシュウィン・ルキシアで、女性であること、そういった簡単なプロフィール以外何一つ思い出せないはずだ。顔はぼんやりとしか思い出せず、一年間の思い出はごっそり抜け落ち、何もかも曖昧になっているはずだった。
ルセルは、マリーと踊るリース王子を見ながら、考える。
ルセルの予想では、リース王子はこちらから声を掛けなければ、ルセルが誰だかも思い出せないはずで、曖昧な記憶を頼りに、当たり障りない挨拶を返してくるだろうと思っていた。
しかし、先程のリース王子の様子は明らかにルセルを覚えていた。
そういえば、近衛騎士は、ルセルが去ってからリース王子は気落ちしていたと言っていた。そうならないために魔法を掛けたはずだったのに。
しかも、ルセルが今日、ここに来ることを楽しみにしていたようだ。マリーの名前を把握していたのは、招待状の返信にしっかりと目を通した証拠だろう。
一体、どうして自分の魔法が失敗したのか…そして、あの魔法が失敗したのなら、五年間の償いの日々は無駄だったのだと、ルセルは自分のしたことを馬鹿馬鹿しく思った。禁忌を犯した償いに、魔法塔に閉じこもり五年間を過ごしたのだ。リース王子が魔法塔に出入りするようなった時期と丁度入れ違いに、ルセルは魔法塔を出て、ブーエに移り住んだのだ。
しかし、それ以上に、自分の魔法が失敗したことに、ほっとした気持ちが込み上げてくるのを感じていた。
リース王子が自分のことを覚えていてくれた。ただ、それだけが、ルセルの気持ちを明るく照らした。
踊り終わったマリーが、ルセルの所へ戻ってきた。
「ルセル、ありがとう!ルセルのお陰で王子様と踊れたわ」
礼を言いながらも、マリーの表情は冴えない。
「よかったですね。リース殿下は口説き落とせましたか」
ルセルは、マリーを見てにこりと笑って言った。
「・・・・・・」
マリーは一瞬、何か言いたそうだったが、ルセルから目をそらし、話題を変えた。




