31 パーティーの始まり
ルセルは、控えの間を辞し、近衛騎士に案内されてパーティー会場へ向かった。
近衛騎士は気さくな男で、本来なら無言で案内されるところを親しげに話しかけてきた。
「ルセル先生、お久しぶりでございます。八年ぶりですね。お変わりない様子で安心しました。」
ルセルは、八年前の自分を覚えている者が近衛騎士にいるとは思っていなかった。八年という月日は、自分が思うより短いのだろうか?
「先生が王宮を去られてから、リース王子はすっかり口数が減りまして、私ども近衛騎士も心配しておりました。まあ、ここ二、三年は大分…魔法塔に出入りしてスワン先生に師事を仰ぐようになってからですかね、元気になられた様子で安心しております」
そうか、スワン先生と親しくしているのか。ルセルは、スワン先生を通してリース王子と繋がっているようで、何故か安堵する。
近衛騎士がパーティー会場の扉に立つ侍従に目配せする。すると、大きな扉がゆっくり開き、華やかなパーティー会場の熱気が廊下に立つルセルを圧倒した。
パーティーは舞踏会形式だ。壁に沿って並べられた幾つかのローテーブルとソファで寛ぐ人々に、中央のダンスフロアで立ち話をしている人々。誰もが主役であるリース王子が現れるのを待っている。
年若い娘達の姿が見えないのは、リース王子と別室で挨拶しているからか。
ルセルが広間に踏み入ると、アゼリアがいち早くルセルを見つけて声を掛けてくれた。
「ルセル、どうだった?ブライトン夫人とは色々話せたの?」
「ああ」
先程の国王陛下とのやりとりは、誰にも話すことはできない。誤魔化す言葉を思案しながら、ルセルは短く返事をするしかなかった。
「わざわざ呼び出す位だから、リース殿下の家庭教師をもう一度引き受けて欲しいとか、そんな所かしら?」
アゼリアは、ルセルの行動を探りたいわけではなく、ただルセルと会話するための話題として話しを振っている。
ルセルは、出来るだけ嘘にならないよう言葉を選んだ。
「いや、王宮に来たついでに新しい魔導師団長と顔合わせしただけだよ」
「あら、セオドアと会ったのね。あの人、魔導師というより騎士団員みたいな風貌よね。ライデン先輩みたいな」
アゼリアがくすくすと笑う。
ルセルも釣られて微笑んだ。
二人が話す脇で、サムスは知人と歓談中だ。
再び広間の大扉が開き、年若い娘達が一列になって静かに入って来た。そのまま、広間中央で列が止まり、ご令嬢達は右を向く。
もし、入場前にリース王子とご令嬢達が面会したなら、自分も同席したかった…魔法を使わずとも、リース王子の表情や声音で相手を察することができたかもしれない。
仕方ない、リース王子と話す際にそれと分からぬよう魔法を使うか…。今のリース王子に知られぬように魔法を使うなど、私にできるだろうか?ルセルは思案する。リース王子の魔法使いとしての力量を、会って見極めなくてはならない。
執事リュデルがいつの間にかルセルの隣に立ち、ルセルに耳打ちする。
「こちらへ、どうぞ」
迎えが来たらしいルセルに、アゼリアは行ってらっしゃいとひらひら手を振った。
今度はどこに案内されるのか、分からぬままにルセルはリュデルに付いて行く。
すると、どうしたことか、広間中央に一列に並んだ年若いご令嬢達の最後尾に並ぶよう促される。
「いくらなんでも、私がここに並ぶわけには…」
リュデルは、澄ました顔で言う。
「未婚のご令嬢は全てこちらに並ばせるよう言い遣っております」
「いや、しかし、未婚とはいえ、私は四十五歳で…」
慌てるルセルの袖を誰かが引っ張る。誰かと隣を見ると、マリーである。
「良かったわ、ルセル…あっと、違った。ガーシュウィン魔導師だったわ。一人じゃ心細くて」
ルセルの方を向いたマリーは、縋るように言った。仕方ない。ルセルは、マリーの隣に立った。
「リース殿下のご入場です」
扉前の侍従が、広間に響くよく通る声で告げた。
列を作ったご令嬢達が一斉に深く頭を下げる。マリーも慌ててそれに倣う。ルセルは、扉の前に立ったリース王子にしっかり目を向けてから、皆より遅れてゆっくりと頭を下げた。
広間の最奥に向かって歩き出すリース王子の足音が響く。
カツン、カツン、カツン。堂々とした足取りで、最奥まで行き着くと、リース王子はくるりと向きを変えた。
「ご来場のみなさん、顔を上げてください」
王子の声に、会場にいるみんなが一斉に顔を上げた。リース王子はゆっくりと広間のみんなを見渡した。
「本日は忙しい中、わたくしのためにお集まりいただき、ありがとうございます」
広間は静まりかえり、リース王子の言葉に耳を澄ます。
「十八年の間、わたくしを支えてくれた家族、教え導いて下さった先生方、そして共に学び、共に楽しい時間を過ごした友達、わたくしは、皆さんに深く感謝すると共に、今日この日から、一人の成人として、この国を支えていくことをここに誓います」
リース王子は、一息に挨拶を述べると、美しい笑顔を作り、全体に視線を巡らせて言った。
「ぜひ、このひととき、踊り、語り合い、旧交を温め、楽しんでください」
リース王子が挨拶を終えると、あちらこちらから誕生日を祝う言葉が投げかけられた。
会場の隅に居る楽団が、滑らかな円舞曲を奏で始めた。
一列に並ぶご令嬢達は、先頭から一人一人リース王子と踊るのだろう。最後尾のルセルは、リース王子と言葉を交わす時間もないかもしれないと思う。
期待に満ちたご令嬢達の気配が、戸惑いのざわめきに変わる。
リース王子は、一列に並んだご令嬢の先頭から、ありがとうとか、久しぶりとか、軽く声を掛けながら会釈し、ご令嬢の手を取ることなく、ゆっくり進んでいる。前半分のご令嬢達は、既に列を崩し、ある者はリース王子を追うようにゆっくり歩き、ある者は諦めて身内の待つテーブルへと引き上げた。
少しずつリース王子が最後尾に近づいて来る。
そして、とうとう、マリーの前までリース王子がやって来た。




