30 王の依頼と魔法の力
ルセルは、自分の口から出た弁明の長口上にぞっとした。
ルセルの記憶に間違いがなければ、宮廷魔導師団長のセオドアは、ルセルが卒業した一年後に魔法学院に入学したはずだ。スワン先生を崇拝するあまり、ルセルに敵対心を燃やしてきたのか。ルセルがリース王子の家庭教師をして王宮に出入りしていた八年前は、宮廷魔導師の公務で国内を東奔西走していたに違いない。
自分の魔力量を言い当てられ、セオドアはルセルをじっと見ている。
国王陛下がちらとセオドアを見る。
「間違いございません」
セオドアがうやうやしく国王陛下に向かい頷いた。
ルセルは、ここでようやく茶番であることに気付いた。そうだ、セオドアは宮廷魔導師団団長。失言はありえない。ルセルの力を知るためにセオドアは故意に乱暴な言葉で煽ったのだ。何より、魔力量の大きい者は人を攻撃したり妬んだりしない。やられた。浅慮はルセルの方だ。
国王陛下が手をかざして人払いをした。控えの間にいた二人の近衛騎士は部屋を出て行く。
ルセルは、魔導師団長に太鼓判を押され、どうやら国王陛下からの私的な依頼を受けなければならないらしい。
魔導子爵の地位は、公的な依頼を引き受けざるをえない足枷である。しかし、今回は私的な依頼だ。予め警戒していれば、謙遜してみせたり、魔力量をセオドアと変わらない風に装ったりして断れたものを。ルセルは、国王陛下と宮廷魔導師団長にはめられたと思った。
「ガーシュウィン魔道子爵」
国王陛下から名前を呼ばれ、ぞくりとする。
「そなたに、頼みがある」
ルセルは腹をくくる他なかった。
「はい。なんなりとお申し付けください」
「禁忌を犯してもらう」
国王陛下が表情も変えずに落ち着いた口調で言う。
ルセルに拒否権はない。そして、禁忌を犯す代償はルセルが償わなければならないのだ。
「どのような魔法をご所望でございますか」
「我が息子、第三王子リースの心を覗いて欲しい」
ルセルは、二の句が告げない。
国王エドヴァルドは、この沈黙を了承と受け取り話を続ける。
「そなたの魔法で、リースの意中の娘を調べてくれ」
国王陛下は確かに言った。
「事情を伺ってもよろしいでしょうか」
ルセルは、何故か胸がざわつく居心地の悪さを隠しながら、ゆっくりと尋ねてみた。
国王陛下は躊躇わず話し出す。
「リースの縁談がまとまらないのだ。本人が首を縦にふらぬ。今日のパーティーにはリースの意中の相手がくる。突き止めて縁談をすすめたい」
「何故、リース殿下の意中の相手が来ると?」
「わたくしが、リース殿下から直接そうお聞きしたからです」
国王陛下の右横に立っていたケイトが答えた。
ケイトは、今もリース王子の家庭教師として、王宮に出入りしている。
年齢は48歳。亜麻色の長い髪を乱れなくシニヨンにまとめ、ふくよかな肢体を紺色の慎ましいロングドレスに包んで優し気な雰囲気を醸し出している。二十代半ばの姿をしたルセルと違い、年齢相応の容姿をしている。アゼリアもサムスもルセルと同級であったのに、今や、並ぶと親子のようにしか見えない。
「リース殿下に直接、意中の相手をお伺いすればよろしいのではありませんか?」
何とか魔法の依頼をなかったことにして欲しいと思う。
「それが、頑なに拒むのだ。王命で婚約者を決められたくないとな。自分から思いを告げる気持ちもないようだ」
「では、国王陛下の決めた相手と結婚させても同じでは?」
「そうもいかん。拒否しているのは王命による結婚だからな」
国王陛下は、渋い顔をする。
「無理に結婚を勧めて、出奔でもされては困るのだ」
国王陛下は何が何でもリース王子の思いを成就させたいようだ。
「偽らざる気持ちを語らせる魔法は禁忌ではありますが、宮廷魔導師の方々でも使える魔法と思いますが」
ルセルはセオドアとケイトの表情を窺う。
ケイトが口を開いた。
「リース殿下の魔力量を凌ぐ魔導師は、宮廷魔導師の中にいないのです」
成程。精神に作用する魔法は、自分より魔力量の大きい者には弾かれてしまう。しかし、いつの間に、そんなに大きな魔力を手に入れたのか。ルセルが家庭教師をしていた八年前、リース王子の魔力量は10前後だった。宮廷魔導師団トップのセオドアは48。今のリース王子は、それより魔力が大きいというのか。
魔法は、成人に後天的に付与されるケースは確認されていないので、成人後に魔法学院に入学する者はいない。皆、十六歳で入学する。それは、十六歳未満の子供の魔力量が変動しやすいからだ。急に大きくなったり急に失われたりする。魔法が使える子供達は魔力量を上下させながら徐々に魔力量を増やし、十六歳前後でほぼ最大値が固定化する。身体の成長と魔力量は繋がっているのだろう。
今のリース王子の魔力量が宮廷魔導師団長を凌ぐなら、国王陛下が王族に留めておきたい気持ちもわかる。しかし、魔力は野心や野望といった欲望と相反する力だ。国政の中で、様々な思惑を持つ他国や家臣との駆け引きに用いる力ではないのだ。いや、それよりも、国政のために魔力を使おうと考えるような志向の者は、せっかく手にした魔力を枯渇させてしまうだろう。魔力とは、清廉さの発露のようなものなのである。
「リース殿下の恋を成就させる手助けをしていただきたいのです」
ケイトがルセルの躊躇う気持ちを見透かしたように、本来の魔力の使い方に相応しい言葉を口にする。
ざわりとルセルの胸が騒ぐ。マリーの恋慕の手助けと変わらない。いや、リース王子の方がマリーより切実であろう。これで、断る理由はなくなった。
「本日、リース殿下が会うご令嬢の中から意中のご令嬢を、魔法で調べればよろしいのですね」
「ああ、そうだ。いや、必ずしも魔法を用いなくとも良い。そなたはリースの知己であると聞いている。魔法を用いずとも、リースが思いを寄せる娘の相談をそなたにするのなら、魔法は不要だろう」
「仰せのままに」
ルセルは、ただ一言、答えるしかなかった。




