29 陛下と魔導師
「レナードご夫妻とガーシュウィン魔法子爵殿、ブーエ男爵ご令嬢でお間違いありませんか」
玄関口で確認を行っていたのは、警備兵や近衛兵ではなく、リース王子の執事リュデルだった。年齢はサムス、アゼリア、ルセルと変わらない四十代だ。リュデルの隣には補佐らしき若者が立っている。
サムスは、リュデルに気軽に挨拶をする。
「こんにちは、リュデル。今日は急な出席で申し訳ないね」
「いいえ、お越しくださり、ありがとうございます」
リュデルはレナード夫妻に丁寧に挨拶をすると、ルセルの方を向いた。
「ルセル先生は、お久しぶりでございます。本当にあなた様は八年前とお変わりありませんね。本日は、お越しいただき誠にありがとうございます」
「ありがとう。挨拶に来れず申し訳ありません。本日は、よろしくお願いします」
ルセルは懐かしさでいっぱいになる。サムスやアゼリアとの再会とは違う感傷だ。リース王子と王子を取り巻く人々には、二度と会うまいと覚悟していたというのに…。ルセルは、自分の弱さに呆れた。
リュデルは隣の若者に耳打ちすると、マリーに言った。
「ブーエ男爵令嬢、本日は、未婚のご令嬢に一処に集まって頂き、リース王子と面会して頂く手筈でございます。これは国王様直々の命ですので、ご案内させて頂きます。ディジョン、ブーエ男爵令嬢をご案内して下さい」
「えっ!えっ!それって、私も婚約者になれる可能性があるってこと?今日はリース王子と直に話せるのね。ダンスも踊れる?ああ、嬉しいわ。ありがとう」
マリーは興奮してまくしたてた。
アゼリアは呆れ顔で、サムスは愉快そうににやにや笑っている。ルセルは、もし厳格な婚約者選びなら今の発言で失格だろうと思った。しかし、今回の婚約者選びはリース王子がお気に召して首を縦に振る相手なら誰でも良いようなので、現段階では大目にみてくれるだろうと思う。
執事のリュデルからディジョンと呼ばれた若者は、マリーに軽く礼をしてから、マリーを促し連れて行ってしまった。マリーは、はしゃいだ様子でついていく。できるだけボロを出さないようルセルは祈った。
マリーと別行動とは、ルセルにとって予想外だが仕方ない。いや、むしろ、リース王子との結婚を狙うマリーにとって、婚約者候補として王子の前に出られるとすれば願ったり叶ったりというところか。
さて、ルセルは、レナード夫妻とパーティー会場へ足を向けようとするが、再びリュデルから声が掛かる。
「ルセル先生。本日は、ルセル先生にお会いしたいと、控えの間にてケイト先生がお待ちです。わたくしがご案内しますので、いらしてください。レナードご夫妻は先にパーティー会場へ向かって頂いてよろしいでしょうか」
「ああ、私たちは大丈夫。ルセル嬢、後で会場で会おう」
サムスとアゼリアはルセルと別れ、玄関から正面の会場の扉に向かって歩き出した。
ルセルは再び緊張していた。マリーがいたから、ここまで来る決心がついた。サムスとアゼリアがいたから、なんとか立っていられたのだ。
一人になったルセルは、足元からじわじわと緊張感が上ってくるのを感じる。リース王子が自分と再会した時、どんな顔をするのか、どんな態度をとるのか、それが怖いのだ。落ち着け。ルセルは平静を保とうとゆっくり大きく深呼吸した。
ルセルは、執事リュデルに案内され控えの間に入った。入るなり、ルセルはただ事ではないと悟る。
控えの間の扉の前には近衛騎士が二人、扉を開け中に入ると更に近衛騎士が二人、奥の椅子の右横にはケイトが立ち、椅子に腰掛けているのは国王陛下であった。
国王陛下の座る椅子の左横にはルセルの知らぬ男が立っているが、ルセルにはそれが誰なのか予想がついた。
「ルセル・ガーシュウィン・ルキシア魔導子爵様をお連れしました」
リュデルは、それだけ告げて控えの間を辞した。
ルセルは、頭を垂れ深くお辞儀して声がかかるのを待った。ひとしきりの沈黙の後、ファトムルーゼ国王エドヴァルドが口を開いた。
「そなたがルセル・ガーシュウィン魔導子爵か。面をあげよ」
「御国より魔導子爵の地位を賜りました、ルセル・ガーシュウィンと申します」
「リースから話は聞いておる。類稀な魔力の持ち主であると。確かか?」
「わたくしの魔力は、魔法学院魔導師スワン様と同程度と思って頂ければ確かでございます」
「貴様、スワン魔導師と同じとは、己の力を過信するにも程がある!」
国王陛下の左手に立つ男が、抑えながらも怒りに満ちた声でルセルを批難した。男の年齢は四十ほど、がっしりとした体格に不釣り合いな長い黒髪を後で束ねている。金糸の刺繍を縁に施された黒いケープを羽織っているが、フードは外し、前は大きく開き、ケープの下にグレーの軍服を着用している。
ルセルは争いを好まない。しかし、侮辱されて黙れば相手の言葉が事実と受けとられ兼ねない。
「国王陛下、発言をお許し頂けますか」
まずは相手に陛下の許可なく不躾に発言したことを恥じて頂かなければ。
「よい。発言を許可する」
陛下の左横に立つ男は、硬い表情だ。
ルセルは、仕方なく弁明を始めた。
「初めてお会いたします、宮廷魔導師団長セオドア殿。
お言葉ですが、わたくしはスワン魔導師と二十九年前に出会って以来、親交を深めて参りました。魔法学院入学時にスワン魔導師がわたくしの魔力量を見てお声掛け下さったからです。
わたくしもスワン魔導師もこの両の目で人様の魔力を見ることが叶います故、お互いの魔力量を確認し、同程度と認識しております。
セオドア魔導師団長の魔力量は48。最新の検査機で計測できるぎりぎりの素晴らしい数値でございます。ですが、わたくしの魔力量は検査機では測れません。貴殿も魔力量を見ることは叶わぬ様子。誠に残念でございます。
わたくしの言をお疑いであれば、ここへ魔力量90のスワン魔導師をお呼び頂くか、目の前でわたくしの魔法をご覧頂くか、ご所望頂きたく存じます」




