26 魔法の素質
「そう、手紙。『親愛なるサムス・レナード様、私は、まだ、就職を決めていません。サムス・レナードに空きがあれば、ぜひ、永久就職を希望します』ってね。」
「研究室に行く時に、ルセル嬢はいつも私のためにアゼリアと二人きりにしてくれたろう?その時にアゼリアから、魔法学院には結婚相手を探しに来ていて、卒業後の進路は結婚だと聞いていたんだ。だから、僕はすぐに父に頼んでレナード家からブルーム伯爵家に正式に結婚の申し込みをして貰った。それで結婚したのさ」
サムスがアゼリアに思いを寄せていたとは、ルセルにとって意外だった。
「そんな風に出来事だけ並べると、ロマンティックじゃないわね」
アゼリアは、わざとがっかりした表情を作って見せた。
「ああ、すまない。アゼリアは伯爵令嬢で、僕のような商家の息子には高嶺の花だったから、学校では言葉を交わせるだけで光栄だったんだ。でも、毎日一緒に過ごす中で『ひょっとしてアゼリアも僕のことが好きだろうか?』と思ったり、その気持ちを打ち消したりの繰り返しさ。だから、僕はアゼリアからの手紙で舞い上がって、チャンスを逃さなかったのさ」
この説明でどうかな?というように、サムスがアゼリアに目配せした。
サムスの説明を受けて、アゼリアは澄まして言った。
「『在学中は妻に夢中で、魔法の勉強なんかそっちのけでアプローチしたんだ。卒業後にやっと口説き落とした時には、僕は人生で一番の幸せ者だった』くらい、言ってもいいですけど」
しかし、それはそのままアゼリアのことだった。
ルセルは、心から祝福した。実際、二人は仲の良い夫婦に見えたし、何よりアゼリアが幸福そうだ。
「アゼリアは僕より商才があって、レナード商会が王都に店舗を構えられたのはアゼリアのお陰だ。店の品揃えを見て貰えば分かるが、王都の女性の気持ちを掴んだドレスや服飾小物がずらりと並んでいる。みんなアゼリアの采配さ」
サムスはにこにこしながら、臆面なくアゼリアを褒め讃えた。
「ルセルは?まだルキシア侯爵令嬢なの?」
アゼリアが遠慮なく聞いてくる。
「魔導子爵の地位を貰ったから、ルキシア侯爵の家からは独立したよ。一人で気ままにガーシュウィン魔導子爵を名乗っている。要するに根無し草だね」
「要するに独り身なのね。」
アゼリアは残念そうにため息をついた。
「僕は、ルセル嬢はずっと独り身だと思っていたよ」
サムスが言った。
「あら、失礼だわ。ルセルは魅力的で、いつ誰に求婚されてもおかしくないじゃないの」
アゼリアが夫を睨む。
「そうじゃなくてさ、ルセル嬢は学生の時、いつも僕たちと違うものを見ていたと思うんだ。誰にでも親切で、丁寧で、落ち着いていて、何かに心を乱されたりしない。でも、表情には出さないのに、感受性が強くて、様々なところで美しいものや素晴らしいものを見つけることができる。僕たちと一緒にいるけれど、違うものを見ている気がしていた」
「そうね、私もそう思ってはいたけれど…」
アゼリアもサムスの意見に同意した。
ルセルは、自分がそんな風に思われていたとは、全く予想もしていなかった。単なる地味で暗くて付き合いづらい偏屈だと思われていると思っていた。しかし、それでもみんなは受け入れてくれていると、感謝して過ごしていたのだった。
サムスが言葉を続けた。
「だから、ルセル嬢の見ているものを理解できるやつじゃないと、側にはいられないだろう。同じものは見れなくても、それを肯定できるやつでないとさ。中々難しいと思っていたよ。当時からね」
「あら、それだとサムスは入学当初、ルセルが素敵だからってふらふら近づいて、でも『僕じゃ無理だ!』って分かったから友情を育んだの?」
アゼリアが辛辣に指摘した。
「いや、僕はルセル嬢の魔力量の噂を知っていて、そんな凄い魔力量で一体どんなことができるのかっていう好奇心で近づいたんだけどね。結局、一度もその凄い力を見れなかったな」
サムスは残念そうに過去を振り返った。
そして、先の意見が失礼にならないよう一言付け足した。
「でも、ルセル嬢は博学で向学心があって、一緒にいてすごく勉強になったよ」
「魔法倫理があったから力を使わなかったの?『大きな魔法は使ってはならない』」
アゼリアは賢いが、授業は適当に聞き流してサムスを見つめていた弊害だろうか。かなり大雑把な記憶だ。
「『人に干渉する魔法は許可なく使ってはならない』だよ」
サムスが訂正する。
「大きい魔法か。言ってくれたら見せたのに」
ルセルがさらりと言った。
「家を建てるとか、岩を浮かすとか、そういう魔法で良ければ」
「家を建てられるの?」
アゼリアが驚いたように聞き返す。
「宮廷魔法使いもやっているだろう。橋を架けたり、人がやると難しい工事なんかを請負うんだ」
サムスが説明する。
「家なんかは、設計図なしに作ると、外側しかイメージできなくて、ハリボテになってしまうけどね」
ルセルが笑いながら補足した。
「要するに、ルセル嬢がイメージ出来るものは、魔法で出来るんだろう。僕は、魔法というのは、まず素質、加えて、記憶力がよくて、イメージする力があれば使えると思っているよ」
サムスが断言するように言った。
「素質は、多分、ルセル嬢のように、この世界の美しさに気付ける人間が持てるものなんだと思うよ。自分の欲望や人を妬む気持ちが強いやつには、魔法の素質はないんだ」
サムスは自分の意見を言ってから、慌てて付け足す。
「あくまで、持論だよ。持論」
サムスの持論にはルセルも思うところがあった。魔法の素質や魔力量の個人差については色々な仮説が立てられていたが、それは、仮説でしかなく立証する術はなかった。
「ほら、犯罪者には魔法の素質がゼロだとか商売人には魔法使いが少ないとかいう話もあるだろう。そういう色々な事実を突き合わせてね…」
サムスは思わず持論を展開したものの、余程、恥ずかしかったのか、ごにょごにょと語尾が消えていった。




