25 サムスの結婚
「みんな切ったんだし、ルセルも切るのよ。それに、長いと重苦しいわ。ずっと思っていたけど、ルセルは短い髪がきっと似合うわよ。さっさと切りましょう」
髪の短いアゼリアがきっぱりと言った。
長い髪のアゼリアは、貴族のご令嬢の雰囲気が強かったが、短い髪は颯爽とした職業婦人のイメージだ。
ライデンは、長い髪でなんとか魔法使いらしく見せていたのに、今ではやはり、騎士団員のように見える。
セスに至っては、肩までのおかっぱで何とか実験データを取ろうとして、わんぱく坊主のような五分狩りである。
「ははは」
スワン先生が声を立てて笑った。
「そうだね。こういうのは、ノリだよ。せっかくだから、ルセル、君も髪を切り給え。学院生活のいい思い出になるよ」
「思い出…はぁ」
ルセルは曖昧に返事をし、スワン先生と魔力目視の打ち合わせをして、自分の魔力量をメモした。
「じゃあ、せっかくの思い出なら、アゼリア、私の髪を切ってくれますか」
ルセルが柔らかい表情でアゼリアに頼んだ。
「えっ?私が?きれいに切れるかしら…」
言いながら、アゼリアは髪を切る支度を始めた。いそいそしている。
ルセルは、これまで自分の魔力量のために、自分とチームメンバーとの間に勝手に線を引いていた。
魔力なんて見えないのだから、始めから気にしなければ良かったのだ。例え見えたとしても、大したことではない。アゼリアはそう思わせてくれた。
「じゃあ、切るわね」
突然、髪を切れと言われても、さっと鋏を持ち髪を切ろうとする、その躊躇いのなさがアゼリアらしい。恐らくは、誰かの髪を切ったことなど一度もないだろうに。
「髪を切る前のセスみたいに、肩にかからない程度の長さだといいと思うわ」
シャキンと髪を切る鋏の音がして、ルセルの長い髪が切られた。アゼリアは初めてと思えない程、手際が良い。
ルセルは、ずっと長い間、自分の魔力に引け目を感じていた。だから、魔法学院入学に期待していた。しかし、学院でもルセルの魔力は大き過ぎた。
誰といても疲れた。気を使い過ぎてしまうのだ。
ルセルは、アゼリアのようには振る舞えない。でも、それでいい。アゼリアは、ルセルを仲間として扱っている。ルセルも、みんなを大切にしながら、自分の思う通りにすればよいのだと、その時、初めて納得したのだった。
アゼリアが切ってくれたルセルの髪は、なかなか似合っていた。
髪を切る途中で、ルセルは奇妙な現象を見た。
髪に溜まっていたルセルの魔力が、髪を手にしたアゼリアの中にすっと入っていくのだ。
アゼリアのもともとの魔力量は22。髪を切り18に減った。それが、ルセルの髪から魔力を取り込み22に戻った。
「ほう」
スワン先生が、みんなが気付かぬような小さな感嘆の声を漏らす。
ルセルは、スワン先生を見たが、先生はそれ以上何も言わない。ルセルも何も言わないことにした。
しかし、ルセルの髪から魔力を取り込んだなら、それは、ライデンチームがずっと研究し、まだ成果を上げていない魔力合成である。
今まで、誰かの魔力を他の人に渡すことに成功したことはない。髪が触媒になるのか?魔力の相性なのか?ルセルの魔力だからなのか?一つ一つの可能性を検証するしかない。しかし、ルセルは、スワン先生に倣い沈黙を決めた。
ルセルが、このままライデンチームで研究を続けていこうと考えれば、恐らく、ルセルの魔力が髪を媒介に他者の体内に入ることに研究をシフトしていかなければならなくなるだろう。それ以外に今のところ手がかりがないからだ。
しかし、ルセルのような規格外の魔力量のものを前提とした魔力合成の研究に、ルセルは気乗りしなかった。
ならば、卒業後は学院を去ろう。ルセルは決心した。どこへ行っても、誰と出会っても、大丈夫だ。ライデンチームで受け入れてもらえたことは、ルセルにとって自信になっていた。
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コンコン。
ルセルとサムスが向かい合って座っているレナードの店の三階、仕事部屋のドアを誰かがノックした。
「サムス、入っていいかしら?」
「ああ、どうぞ」
ドアが開き、衝立の向こうから、一人の婦人が入ってきた。四十歳を越え、なお美しいが、二十五年の歳月に、落ち着きと磨かれた気品が漂っていた。動きやすそうなシンプルなワンピースを纏い、長い栗色の髪を貴婦人らしくアップにしている。アゼリアだった。
ガタン。
ルセルは驚き、立ち上がった。
「ブルーム伯爵令嬢、お久しぶりです」
「やだわ、ルセル。私はもうずっとレナード夫人よ」
アゼリアがにこやかにルセルに会釈する。
「えっ?レナード夫人?」
ルセルは意外な事実に唖然とする。
「サムス、あなた、ルセルに何も話していないのね」
アゼリアがサムスの隣に座り、ルセルにも座るように促す。
「ごめん。忘れてた」
サムスがアゼリアに軽い調子で謝る。
「何を忘れていたっていうの?愛する妻の顔を忘れてしまったわけ?」
アゼリアはにこにこしながら、サムスをなじる。
「ルセルに報告してないことを忘れていたんだよ。だって、ライデンチームのみんなは結婚式に来たじゃないか。ルセルだけ連絡がつかずに報告してなかったんだ」
サムスも慣れた言葉の応酬に、にこやかだ。
「ああ、それはすまなかった。結婚おめでとう。二人は、いつ結婚したの?」
ルセルは二人の様子に納得しながら尋ねる。
「ありがとう。二十年前かしら?学院を卒業して四年後ね」
アゼリアのルセルに向ける視線は柔らかく温かい。
「失礼だけど、在学中は付き合ってなかったように記憶しているけど…」
ルセルが遠慮がちに尋ねる。
「そうよ。卒業してから、私がサムスに手紙を書いたの」
アゼリアは、ルセルに種明かしするのが楽しそうに微笑む。
「手紙?」
ルセルがオウム返しに再び尋ねる。
「そう、手紙。『親愛なるサムス・レナード様、私は、まだ、就職を決めていません。サムス・レナードに空きがあれば、ぜひ、永久就職を希望します』ってね。」




