02 王子とアレン
「そろそろ別れたいの。あの熊みたいな男と。ルセルも知ってるでしょ。隣の領主の息子よ」
マリーは、庭仕事を止めないルセルに構わず、自分の話を続ける。
「あの熊…じゃなかったアレンは、女さえいればいいんだから、相手は私でなくてもいいのよね。魔法でちょいちょいと適当な相手を出すか、それか、私に構ってる場合じゃない位の不幸に突き落とすか…」
マリーは、一人で喋りながら物騒な考えに舵を取る。仕方なくルセルは話しをそらすことにする。
「最初は、アレンの頼りがいのありそうな姿を気に入っていたでしょう。それに、ユーモアのセンスがあって話していて楽しいと言っていましたよ」
さらに、マリーの気をそらすべく、ぱちんと指を鳴らすと、テーブルの上に皿に並べられたチョコレートが現れる。
チョコレートは高級菓子だ。原材料は遠い南の地域にしか育たないし、作る手間隙を考えても、田舎町の外れにある小さな家の庭で気軽に食される菓子ではない。
ルセルは、マリーへの己れの甘さに、心の中で苦笑いする。
「この間、アレンと王都に買い物に行ったのよ。アレンはお金だけはあるから、私が欲しいものは何でも買ってくれたわ。でもね、店の窓ガラスに私とアレンが並んで映った姿を見て愕然としたの。この美しい私に、何て似合わない熊のようなアレン!服のセンスもないけど、太ってだらしない体を見たら、急に隣にいるのが我慢できなくなって…」
ここまで話すと、マリーはチョコレートを三つまとめて口の中に放り込み、恨めしそうにルセルに視線を投げた。
マリーがアレンと付き合ったのは、決してルセルのせいではない。
マリーが、得意の甘ったるい声と過剰なボディタッチでアレンを誘い、意図的に射止めたのだ。王都に買い物に行ったことからも分かるように、アレンの経済力に魅力を感じたからに他ならない。
ルセルのしたことと言えば、
「ルセル、アレンって、どう思う。隣の領主の息子で、収穫祭に遊びに来た、金離れのいい背の高い人。アプローチしてみようと思うんだけど」
と言う言葉に、
「いいんじゃないですか。マリーなら、上手くいきますよ」
と、定型文で応答しただけである。
「それにね、王都で私、会ったのよ」
チョコレート三つを食べ切ったマリーが口を開いた。
「誰に?」
「王子よ!王子!あの、胡桃色の髪のかっこいい王子!名前は…名前は何と言ったかしら…」
胡桃色の髪と翠緑の瞳を持った、この国の第三王子。
(リース殿下)
ルセルは心の中で懐かしい名前を反芻した。
「王子と会う?宮廷の舞踏会にでも出席したのですか?」
努めて落ち着いた様子で、ルセルはマリーに尋ねた。
「違うわ。道で、偶然ばったりよ!」
そんなことはなかろうとルセルは心の中でマリーの言葉を否定しながら言った。
「マリー、王子様は気軽に町中を歩いたりしませんよ」
「私がアレンと腕を組んで歩いていた通りの店の中よ。丁度、窓ガラスに私とアレンが映っていて、絶望的な気分になったその時に、その店の中に王子が立っていたの」
「では、王子が立っていたのは店の奥の方でしょう。よく、それが王子と分かりましたね」
(名前も知らないのに)という言葉をルセルはのみ込んだ。
「分かるわよ!だって、他の人とオーラが全然違うのよ!」
マリーの小さな瞳はきらきらと輝き、王子の姿を脳内で再現しながら、自分の言葉に自分で酔いしれているようだった。
「身にまとっていた衣服は最高級で、立ち姿はすらりとバランスが取れてるし、町娘がキャーキャー騒ぐ芝居小屋の看板役者や英雄気取りの近衛騎士なんかと全然違って、育ちの良さとか気品とか、とにかくそういう他の男が持ってない雰囲気がばんばん溢れ出ていて、遠目で見ても魅了される美しさだったのよ!」
マリーは長い褒め言葉を一気にまくし立てた。肩は上下し、頬は紅潮している。
いつもは「やだぁ、なぁに?分かんなぁい」を連発し、男性を褒める言葉は、「なんて素敵!カッコいい!きゃあ〜」と、限られた語彙でしか表現しないマリーなのだが、比較や描写を取り入れた妙に力の入った褒め言葉だ。
恐らくは、王都の年若い町娘達が声を揃えて言っていた言葉を、そのまま丸ごとインプットして帰ってきたのだ。見事な根性、見事な執着としか言いようがない。
「つまり、マリーは街中で偶然王子様をお見かけして懸想したということですね」
確かに、リース王子は美しい少年だった。それが、今や年頃の娘達の心を一瞬で奪うほどに成長したのだろうか。ルセルは過去を懐かしむ気持ちを無理矢理に粛清し、現実に思考を引き戻した。
選択基準はわからないが、マリーは、ちゃんと好きになった相手と付き合っている。惚れっぽく飽きっぽく強引で複数人と同時に恋ができるだけだ。
一目見ただけの王子の美しさに魅了されただけで、これまでの恋慕の情が霞むのか。マリーは、アレンから山程贈り物を貰ったはずだ。今回の買い物が隣町のプラナでなく王都ヴェリーゼだったのは、余程高価な買い物のためだったに違いない。
「王都で何を買って貰ったのですか?」
「婚約指輪よ。困ったわ。婚約した途端に運命の人と出会うなんて」
気の毒なアレン。ルセルは、そっとため息をついた。
「王子様とアレンを比べたんですか」
ルセルに問われ、マリーは嬉々として勢いよく答える。
「違うわ、運命の出会いよ!私、絶対、王子と結婚するわ!それにはルセルの魔法がいるの!」
「何を言ってるんですか。私の魔法なんて何にもなりません。それは、マリーも知っているでしょう」
ルセルは再びばちんと指を鳴らし、自分の紅茶にたっぷりのミルクを入れた。
「物は動かせても人の気持ちを操ることはできませんよ」
ルセルは、ゆっくりと紅茶に口をつける。無理なものは無理だ。
マリーは、根拠のない自信をみなぎらせ、自分で発した言葉にただただ興奮して言い放った。
「いいのよそれで。さあルセル、私を王子のところへ連れて行ってちょうだい!」




