17 ルセルについて(2)
魔法使いがどんなものか、魔法はどうやって使うか、ルセルは曾祖母エトワールから教わった。魔法使いは遺伝ではないので、ルセルのように子どもの時から魔法の使い方を教えてくれる者が側にいることは稀だった。しかも、その魔法使いエトワールは、この国に一人か二人いるかいないかという位、強大な力を持つ魔法使いだった。
とにかく、ルセルの側にエトワールがいたことは最大の幸運であった。魔法について教わる以外にもエトワールは良い教師であった。ルセルとアルスは、よそから招かれた家庭教師に教わる代わりに、曾祖母エトワールから一般的な貴族の教養と学問を教わった。
二人の母ローズから家庭教師を依頼されたエトワールは言った。
「可愛い曾孫だからと言って甘やかさないよ。教えるとなればとことん教えるからね」
ルセルとアルスの教育は、そんな感じでスタートした。三歳年が離れていたが、エトワールは二人まとめて同じことを教えた。
「ルセル、アルスに教えてお上げ。それがルセルの勉強にもなるからね」
エトワールは同じことを二度は教えなかった。代わりにルセルは何でも一度聞けば覚えた。アルスは分からない所は姉から教わった。
「間違ってもいいよ。でも、分からないまま進めてはいけない」
エトワールは、慎重に繰り返し学習させた。
二人は、子どもらしく何事もよく吸収し、力をつけていった。ルセルが小さい子どもに教えることが上手くなったのは、アルスのお陰かもしれない。
時折、学習の中で魔法について触れたり、ルセルに魔法を使わせたりしたが、アルスはもう自分が魔法を使えないことを理解していた。
いつの間にか、算術はアルスの方が得意になっていたし、ファトムルーゼ王国の歴史について、アルスは侯爵家の図書室で勝手に文献を探し知識を深めていた。
一方、ルセルは文学と芸術の知識を深めた。アルスが図書室で歴史の本を読んでいる間に、ルセルは物語を読み、時には離れのサンルームで絵を描いた。
ルセルが十六歳になる前に、二人とも一般的な貴族が教養とする学問の範囲は終えていた。後はそれぞれが将来を見据えて学ぶだけだった。
「私が教えることは、あらかた教えたねぇ。アルスはティールマンに付いて領地経営を実地で教えてもらうといい。話しは通しておくよ」
「お祖父様に?お父様じゃなくて?」
アルスは不思議に思い問うた。
「ああ、サミュエルは忙しすぎるし、第一ずっと王都にいるだろう。アルスも十六歳まではターウェにいた方がいいからね。ルセルは王都へ行くといい。魔法学院に入学だね」
ルセルが十五歳の年、エトワールは魔法学院への入学を勧めた。
ルセルの魔法学院入学まであと半年というある日、祖父ティールマンに付いてアルスは領地視察に赴いていた。その日、ルセルは屋敷で母ローズと曾祖母エトワールと三人でお茶の時間を過ごしていた。穏やかな午後の時間、屋敷に緊急の伝令が届いた。
「奥方様、領地視察の一行が虎に襲われました!ティールマン様とご子息アルス様は無事です。しかし、護衛の四名が重傷を負い、一名が死亡しました。視察は中止し、一行はお屋敷に向かっています。負傷者の受け入れと医師の手配をお願いいたします」
ローズは、医師を迎えに行くよう従僕に馬車を出させ、侍女に四人部屋の客室を整えるように指示を出した。屋敷が重い空気に包まれる中、領地視察の一行が帰還した。
「まずは、報告を聞こうか」
エトワールが話しを促した。疲弊した彼らをすぐにでも休ませてやりたいが、今後の対応を決めてからでないと手遅れになるといけない。
ティールマンは地図を広げ、虎に襲われた地点を指しながら説明を始めた。
「我々はブーエとザウデンの境にある森で虎に襲われた。虎の体長は3メートル程だ。森の中の下草の茂った所に身を隠していて、トマスが背後から襲われた。トマスの叫び声でみんなが振り向き、トマスを救おうとして虎に攻撃を仕掛けた4人が怪我を負った。虎は森の奥へ逃げた。今は腹が一杯でしばらくは狩りをしないと思うが、次に腹が減れば人を狙って現れるかもしれない」
「次の被害が出る前に、虎を殺すしかないね。捕縛は私がするよ」
エトワールはそう言って出掛ける準備を始めた。
十二歳のアルスは、トマスが虎に喰い殺される様子を目撃してしまった。虎はエトワールの魔法によって捕縛され祖父ティールマンの指示によって処分されたが、アルスは恐怖を忘れることが出来ずに食事も喉を通らず、夢でうなされて眠ることもままならず日に日に消耗していった。
「エティ、アルスを助けてあげる方法はない?」
見かねたルセルがエトワールに相談した。
「あるにはあるよ。魔法で記憶を消すのさ。但し、アルスの許可を取って、期限を決めるか魔法の解除法を決めなければならない。人の精神に干渉する魔法を無断で使うことは禁じられているからね」
ルセルとエトワールは床に臥すアルスに魔法で記憶を消すことを提案した。アルスが無期限を望んだので、魔法の解除方法を設定した。
ルセルは、エトワールがアルスに魔法をかける様子を見ていた。
「アルス、お前はあの日、ティールマンと一緒に森へ行ったね」
ベッドで横になるアルスにエトワールが目をつぶるように促し、静かな声で問いかけた。
「はい」
目を閉じたまま、アルスも静かに答えた。
「そこで、トマスはどうなったんだい」
トマスが虎に喰い殺される様子を思い出し、目を閉じたアルス顔に脂汗が滲み出てきた。
「虎に…トマスは虎に」
「アルス、大丈夫だよ。お前たちは無事に森から帰ってきた。トマスがどうなったか、お前は何も知らないよ。いいかい、お前はトマスと別行動をしていたんだ。虎は去った。お前たちは無事に森から帰ってきたんだよ」
エトワールの言葉を聞いてアルスは安心して眠りついた。そして翌朝、目覚めたアルスはトマスが虎に喰い殺されたことを忘れていた。
ルセルは、その魔法をしっかりと記憶に留めた。




