16 ルセルについて(1)
ルセル・ガーシュウィン・ルキシアは、サミュエル・ガーシュウィン・ルキシア侯爵の長女として、ターウェの地に生まれた。
父サミュエルは、ルキシア侯爵家の長男で家督を継ぐべく教育された真面目一方の仕事熱心な男だが、不器用ながらも家族を愛していた。
母ローズは、ターウェ領の領主であるターウェ男爵の娘で、家格としては釣り合わない組み合わせだが、サミュエルとは幼馴染で、つまりは恋愛結婚であった。
母ローズは、欲も見栄もない寛容な性格で家族を愛する良き妻、良き母であった。
ルセルは三つ年下の弟アルスと共に海の見えるターウェの町で育った。ターウェの町は、なだらかな浜辺が広がる景勝地である。ルセルはアルスと共に、時に泳ぎ、時に浜辺で遊び、水平線から上る朝陽を拝み、山脈に落ちる夕陽を仰いだ。この世界の美しさを存分に愉しみ堪能して育った。
ルキシア侯爵家には、魔法使いがいた。ルセルの曽祖母エトワールである。
エトワールはゆっくりと歳を取った。魔力の大きい魔法使いはゆっくりと歳を取るのだ。ルセルが八歳、アルスが五歳の時、ローズとサミュエルは共に二十八歳、祖父は五十三歳、祖母と曽祖父は既になく、曽祖母エトワールは七十二歳であったが、見た目が若く、祖父と曽祖母は兄妹か夫婦に間違えられることがしばしばだった。
ターウェで最も大きく立派なルキシア侯爵邸の敷地内の離れにルセルの曽祖母エトワールは隠居していた。
「エティ、おはよう!」
二人の子どもが元気よく離れの玄関を開け、遠慮なく屋敷の中に入って来た。
「おはよう、ルセル。おはよう、アルス」
ルセルは八歳、アルスは五歳だ。二人の来る頃合いを完璧に把握しているエトワールが、玄関ホールで待っていた。
離れは、小さいがセンスの良い明るく整った屋敷だ。居心地がいいためについつい通いたくなってしまう。
「今日は海祭りの飾りの作り方を教えてくれるでしょう?」
ルセルがエトワールの頬におはようのキスをする。
ルセルを真似てアルスもエトワールの頬におはようのキスをする。
海祭りはターウェの町で秋に開催される祭りだ。ターウェの町は、夏場は海水浴客で賑わうが秋は祭りを見に来る客で賑わう。舞姫が海の鎮魂の舞を踊り、歌姫が海の鎮魂の歌を歌う。海の波はなだらかだが、どんなに警戒しても夏場に水の事故は起こる。秋に催される海祭りは、それを悼み、また次の年に楽しく安全に海で過ごせるよう祈る。祭りは華やかで楽しく盛り上がるが、祈る気持ちは真っ直ぐで静謐である。
「本当は冬祭りなんだけどね」
エトワールは先日海で拾って来た貝殻をサンルームの床に広げる。
「うん、知ってる。エティは、去年も一昨年も同じことを言ってたもの」
エトワールの呟きをルセルが拾いながら、天糸で繋げる貝殻を物色する。
「冬は寒くて観光客が来ないから秋にやろうって曽お祖父様が変えたんでしょう?」
「そうだよ。冬は焚き火を囲んで温まりながら祭りをしたものだけどね」
「んー。秋でいいんじゃない?寒いと気持ちも寂しくなるから、お祭りも静かになりそう」
エトワールと話しながら、ルセルは手を止めない。
「もともと海祭りは静かなお祭りなんだよ」
アルスは姉のルセルを真似て、とりあえず貝殻を手に取り「違う」「大きすぎ」などと、呟きまでルセルを真似ている。
気付くとルセルの前には大きさの揃った貝殻が並んでいる。アルスは慌てて脇にどけた貝殻を無造作に自分の前に並べる。手の届くところにあった貝殻を並べただけなので、大きさはまちまちでユニークだ。
エトワールはルセルの整然と並べられた大きさの揃った貝殻に感心する。
「きちんとしているねぇ」
きちんとしていることは良いことなのか悪いことなのか、それとも単なる事実を述べただけなのか、判断しかねたルセルの顔は無表情である。
それから、エトワールはアルスの雑然と並べた貝殻を見やり、にこにこと笑顔になる。
「アルスは、のびのびしているねぇ」
言われてアルスもにこにこと笑顔になる。
「二人とも、いいねぇ」
言いながら、エトワールはアルス用の天糸を程よい長さに切って、アルスに手渡す。
「穴を開けるのは、まだ難しいかい?」
エトワールはキリを手にして、ルセルとアルスに訊ねる。
「自分でやってみたい!エティ、キリを貸してくれる?」
ルセルは、エトワールからキリを受け取ると、貝殻に穴をあけようとする。貝殻は意外に脆く、一つ目の貝殻は割れてしまう。二つ目は力加減が分かり割れずに穴が開いた。
「ぼくも」
アルスがキリを手に取り姉を真似ようとするが、力が足らずいつまでキリを突き立てても貝殻に穴は開かない。
「私が手を貸してもいいかい?」
エトワールが問うと、アルスはこくりと頷いた。
エトワールはキリを持つアルスの手に自分の手を添え、丁度良い力加減で貝殻に穴を開けた。
エトワールがルセルを見る。
「力加減は分かっただろう?魔法でやってご覧よ」
ルセルが頷き、目の前に並べた貝殻に意識を集中する。次々穴が開いた。
「上手いものだ」
エトワールが感心する。
見ていたアルスが喜んで言う。
「ぼくも、ぼくも!」
「貝殻に穴が開いた様子をイメージして、貝殻を見つめてご覧」
エトワールはアドバイスするが、もちろんアルスには魔法で穴を開けることは出来ない。アルスには魔力がないのだ。
アルスは困ってエトワールを見る。
「私が手を貸してもいいかい?」
アルスがこくりと頷くと、目の前の貝殻に次々穴が開いた。
「うわぁ」
アルスが感嘆の声を上げる。
「さぁ、天糸を通すよ」
エトワールが言う。
「魔法でやると早いかな?」
ルセルがエトワールに問う。
「まあね。何でも魔法でやれば早いよ。でも、今は急いでいないし、早く終わって何をするんだい?まずは自分の手を動かしてご覧。魔法だってルセルの力には違いないが、手でやると達成感が大きくて満足だろう?」
「うん。私もそう思う」
ルセルは、貝殻を一つ手に持ち、天糸を穴に通した。




