15 夜話
あっという間の出来事に、マリーもケビンも狐につままれたようだ。二人は、ルセルをじっと見ている。しかし、ルセルはサムスとの再会に心を向けていて、二人の様子には無関心だ。
明日は、サムスに研究チームのみんなの近況や、サムスが二十五年の間どのような活動をしていたのか、スワン先生とは連絡を取っているのか、聞きたいことは山程ある。商才に長けたサムスのことだ、繋いだ縁を切ることはないだろう。知りたいことは全て教えてくれるにちがいない。
あれこれと思い描くルセルの思考がふと止まる。そうだ、食事の最中だった。明日に備えて早く寝なければならない。
ルセルは、デザートに取りかからねばとテーブルに意識を戻した。すると、マリーとケビンの視線が自分に向いている。フォークにデザートの梨を刺しながら、ルセルは二人に声をかける。
「先に部屋で休んで下さい。私はまだかかりますから……」
ルセルの言葉を遮ってマリーが叫んだ。
「ルキシア侯爵令嬢?ルセルって侯爵令嬢なわけ⁈」
突然知らされた事実に驚く気持ちと、何で黙っていたのかという非難を含む声だ。
幸い、食堂は繁盛していてざわめきが大きく、マリーの声は店内に響かずに済んだ。
マリーの問いに、ルセルは何てことなさそうに答える。実際、ルセルにとっては、単なる事実に過ぎない。
「そうですね、父はルキシア侯爵です。でも、父の爵位は今の私には関係ありませんよ」
二十代にしか見えないルセルだが、二十五年前に魔法学院を卒業した自立した大人だ。
「昔の友達が侯爵令嬢と呼ぶだけです。今の私は父の庇護下を離れて、公的身分は魔法仕爵です」
「魔法仕爵?それって何だ?」
聞き慣れない言葉に、今度はケビンが問う。
「数少ない魔法使いを、国に縛りつけておくための特別な爵位ですよ」
「へえ、それって領地がもらえたり、仕事がもらえたりするのか?」
早く寝たいと言っていたはずのケビンが、ビール片手にノリノリで質問してくる。これは、二人の好奇心を満足させるまで終わらないなとルセルは思う。
「生活に困らない位は、定期的にお金が支給されます。その代わり、有事の際には召集がかかるし、場合によっては仕事が舞い込みます」
リース王子の家庭教師も、魔法仕爵だからこそ、舞い込んだ仕事だ。
「魔法仕爵はどうでもいいけど、侯爵よ!侯爵!ルキシアと言えば……」
マリーはうまく言葉にできない。
マリーの言葉をケビンが代わりに引き受けた。
「そうだな、ルキシアと言えば、ザウデン、ブーエ、ハーケン、ターウェ、あの辺りの四つの町を統治している侯爵様だ」
ケビンの言葉を受けてルセルが答えた。
「四つの町をまとめてルキシア地方と呼びます。曽祖父がルキシア領の広さに困って、四つに分けて統治者を据えたのです」
「じゃあ、ルセルのパパは私のパパの上司なのね」
マリーは驚いた様子だ。
「そういうことになるね」
ケビンがしれっと答える。
「ルキシア領と言えばさ、ブーエから南にあるターウェに侯爵邸があるんだろ」
「よく知ってますね。私の父エドワルド・ガーシュウィン・ルキシアは、宮仕なので、王都のタウンハウスから殆ど動きません。ターウェのガーシュウィン邸はルキシア地方の統括本部になっていて、父の優秀な右腕の事務官が住み込みで仕事をしています」
「海に近い大邸宅だよな。俺、ちょいとターウェに行ったことがあってさ。あそこは海に面した観光地だから・・・」
ケビンが話している途中にマリーが割り込む。
「今、王都にタウンハウスって言ったわね⁈だったら、どうして、こんな宿屋に泊まるわけ⁈」
「そうですね。私だけタウンハウスでも良かったですね」
ルセルが、その手もあったなと考えていると、マリーの考えは全然違った。
「タウンハウスがあるなら、私たちを招待してくれたらよかったじゃない!」
興奮気味のマリーを、ケビンがたしなめる。
「おい、マリー、自分の立場、分かってんのか?」
「えっ?どういうこと?」
自分の立場を全く理解していないマリーが、ケビンに説明を求める。
「マリーは、ルセルが親父さんの所領のブーエに住み着いたから、図々しく何度もルセルの魔法をアテにして助けてもらってるわけだろ?」
「図々しくはないけど、まぁ、そんなとこね」
マリーは図太く否定しながら、うなずく。
「だけどさ、魔法使いってのは、普通なら俺たちなんか手が出ないような高額の金を払わないと相手にしてくれないもんだぜ。その上、マリーの親父さんにブーエの管理を任せてくれてるのは、ルセルの親父さんだ」
そうね。そうね。とマリーは、うなずく。
「つまりさ、ルセルはブーエに住み着いたってマリーに何の借りもないわけだよ。マリーのわがままに散々付き合わせて、今度は家に泊めろ?無理だろ、それ」
「え~何それ、やだ、分かんない」
都合が悪くなると、本当に分からないのか、分かっていてもすっとぼけるのか、マリーは手強い。
まぁ、いいさという素振りで、ケビンは話しを続ける。
「とにかくさ、今後は、ルセルがマリーに命令することはあっても、マリーがルセルに命令は出来ないってことさ」
「あら、私、ルセルに命令なんかしたことないわ。協力して欲しいことは、いつもお願いしてるもの」
ルセルは、マリーらしい台詞だと関心していると、マリーと視線が合った。途端にマリーが慌てる。
「いやっ、あのっ、たま〜に強引な時もあるかなって思うけど……」
身分は関係ない。これまでもマリーの言いなりになっていたわけではないし、一人位マリーのような図々しい知人がいても、何が困るわけでもない。
「構いません。今まで通りで。私は、やりたくないことはやっていないし、マリーも何が無理で、何が叶うかは分かっているようですから」
「そう、そうよ!私だって、ちゃあんと分かってるわ」
マリーは、ほっとした様子で、ケビンに意味のないドヤ顔を向けた。
「ははは」
ケビンは、笑って
「愛してるよ、マリー」と甘い言葉を投げた。




