14 王都ヴェリーゼ
その日の夕方、一行は無事に王都ヴェリーゼに到着した。ヴェリーゼは、田舎町のブーエとも、地方の小都市プラナとも違った。
石畳の大通りの両脇には、背の高い建物が並び、そのどれもが、レストラン、カフェ、ブティック、雑貨店、家具店など、客を虜にする魅力的な店舗を抱え、商業の中心地であることを示していた。
また、王宮に近い西側に王立図書館、劇場、美術館、博物館、大庭園などがあり、文化の発信地であることも分かる。
通りの中央を堂々と行き交う馬車や、道を歩く人々の多さを見ても、この街がどことも違う場所であると、誰にも思わせるのだった。
王宮の東側、王都の一番端に貴族の子女が一般教養を身につける学校が建っている。対して、王宮の西側、王都の一番奥に魔法の才を持つものだけが通うことを許される魔法学院を擁している。
ルセルは、この魔法学院の卒業生である。学生の間は学院内にある寮で過ごし、卒業後に田舎暮らしを送っていたところを、リース王子の家庭教師として一年間だけの約束で王都に呼び戻された。そして、リース王子の下を去った後は、魔法学院内にある魔法塔で誰とも会わずに五年間を引き籠って暮らし、それからブーエに移り住んだのだった。
学生時代には、王立図書館や博物館に足を運び、王都はルセルにとって庭のようなものだった。しかし、リース王子と過ごした一年間は、王宮と仮住まいとの往復しかせず、王都の街中にはすっかり不案内になってしまっていた。
魔法学院を卒業して二十年以上経ち、街中で、あの頃の面影を残しているのは公共施設くらいになってしまった。中央通りは特に、立ち並ぶ店は全て様変わりしていた。
つまり、ルセルは街中で方角を見失うことはないが、買い物の道案内は出来ない。何しろ、どんな店がどこにあるのかが分からないのだ。
ルセルは、馬車の窓から、様変わりした街中の様子を見回し、懐かしいような、よそよそしいような、そんな感覚を覚えるのだった。
ケビンが操る馬車は、広い石畳の通りをゆっくりと走り、予定していた宿屋に到着した。
宿屋は、王宮からは少し距離のある庶民的で簡素な宿屋だが、ルセルとマリーは各自一部屋を予約してあった。食堂では、今日の夕食と明日、明後日の朝食が出される。そして、帰路の昼食も持たせてくれる。加えて、マクシマ卿の計らいで、御者のために、従者用相部屋が宿の中に用意されていた。つまり、ケビンも屋根付き、ベッド付き、食事付きの高待遇である。
「どうする、ケビン?この後、街に繰り出す?」
宿の食堂で三人でテーブルを囲み、温かい夕飯を食べながら、今日この後の話をする。マリーは、なんだかんだ元気である。
宿の食堂は、夜は居酒屋も兼ねていて、宿泊客以外にも人が出入りし、多くの客で賑わっている。
「明日のパーティーで体調さえ万全なら、今夜の過ごし方には口出ししませんが、一日中馬車に揺られて、疲れていないんですか?」
シチューを口に運びながら、ゆったりとルセルが尋ねた。
「俺は早く寝たいなぁ」
既に食事を済ませ、ビールを飲んでいるケビンが、意外にも消極的である。一日中の御者で疲れたのだろう。
「分かったわ。明日の昼間、一緒に街を歩きましょ」
マリーは残念そうにデザートに出された梨をしゃくしゃくと喰んだ。
そこへ、聞き慣れない声が三人の間に割って入った。
「お食事中失礼ですが、ルキシア侯爵令嬢、お久しぶりです。随分と会っていませんでしたが、あなた様は全く変わっておりませんね」
年の頃が四十歳程の商人風の中年男性が話しかけてきた。体格は良く、小綺麗なスーツを着込んでいる。
その男が誰なのか、ルセルは思い出せないでいる。年齢からして、魔法学院時代の友人だろう。しかし、時が経ち過ぎている。若く溌剌とした十代の青年の姿に上手く結びつけられない。
「あら、私はブーエ男爵令嬢よ」
梨を食べた口を拭きながら、相手の視線がどちらに向かっているか確認もせずにマリーが答える。間が抜けている。
「お連れ様はブーエ男爵令嬢ですか。初めまして。わたくしは、王都で商いをしております、レナード商会のサムスと申します」
「サムス!?」
サムスは、魔法学院で最も長く一緒に過ごし研究チームも一緒だった友人だ。短く整えた髪には白髪が混じり大人の体つきになっているが、言われれば面影がある。
ルセルは立ち上がり、握手を求めた。
「ああサムス、久しぶり。卒業以来だから二十五年ぶり?」
砕けた口調でルセルが嬉しげに話しかける。
合わせてサムスも口調が砕ける。
「ああ二十五年ぶりだ。すっかり年を取ったよ。だけどショックだなぁ。親友だと思っていたのに…そんなに変わっただろうか」
「ああ、すみません。声も落ち着いているし、随分と体格も良くなりましたね。昔は私より細かったでしょう」
「そうか、そうだなぁ。まだまだあの頃のまま若いつもりではいるんだがな」
サムスは頭を掻いた。
「座ったらどうですか?」
食事の手を止めて二人の様子を見ていたケビンがサムスに椅子を勧める。気が利く男だ。
「ありがとう。でも、行かなくては。もっと早くに気付いたら良かった。さっきまで、あっちの席で食べていたんだ」
人々で賑わう広い食堂の奥の方を、サムスは指差した。よくルセルと気付いたものだ。
サムスは、去り難い様子だった。
「ルセル嬢、また会えるかな。私は、5年前から王都の中央通りに店を構えてるんだ。レナードの店と言えば誰でもわかるから、いつでも訪ねて来てくれ」
ルセルも、サムスとは話したいことが山ほどある。しかし、明後日の朝には王都を立ってブーエに戻らねばならない。
「サムスさえよければ、明日の午前中に訪ねてもいいかな」
「もちろん、歓迎するよ。明日の午前中だね。待ってるよ」
瞬く間に約束が結ばれ、サムスは「では、また明日」と食堂を出て行った。
王都に来ればこんなこともあるのか。ルセルは、サムスの背中を見送りながら、静かに座った。




