13 王都への道程(2)
マリーは、嫉妬深かった。
自分がアレンと付き合ったことでケビンが怒鳴り込まれたというのに、それについての謝罪の気持ちよりも、ケビンがアレンに紹介したという「ミア」という娘がケビンとどんな関係なのかということが気掛かりだった。
「マリー、そろそろ御者席に戻って来いよ」というケビンの誘いに応じず、馬車の中でもやもやとした気持ちを持て余していた。
ルセルにとってはばかばかしい事態だが、マリーの気性を他より理解しているルセルは、今、何がマリーの気持ちを占拠しているか見当はついていた。
ルセルにすれば、マリーとケビンがこのまま別れても構わないし、大喧嘩したとしても問題はない。鬱陶しいのは、この中途半端な状態でマリーが鬱々としていることだ。普段、図々しく、あっけらかんとしている分、鬱々としているマリーは対応に困る。
「ケビン、馬車を止めてください」
ルセルは、連絡用の小窓からケビンに声をかけた。
「私、御者席には行かないわよ!」
マリーがすかさず言い放つ。
ところが、馬車が止まるとルセルが馬車を降り、ケビンのところへ行った。
「ちょっと、ルセル、何であなたがケビンと御者席に座るのよ!」
今度はルセルに嫉妬し、馬車の扉を乱暴にバタンと開いたマリーの前にケビンが立っていた。何事もないようにケビンは馬車の中にマリーを押し戻し、自分がその隣に座り扉を閉めた。
ルセルは、扉の閉まったことを確認すると連絡用の小窓をパタンと閉じて、ゆっくりと馬車を出した。ルセルのように長く生きていると、馬に乗るのも、馬車を扱うのも、なんてことはない。生活に必要なことは一通りできるものだ。
しかし、鬱々としているマリーの相手を自分がするなんてとんでもない。物事は適材適所。女ったらしの本領は、ここで発揮して貰わないと宝の持ち腐れである。マリーの相手はケビンの仕事だ。ルセルは、そう判断したのだった。
「どうしたんだよ、俺は気にしてないぜ」
ケビンが優しく肩を抱き寄せても、マリーの表情は硬いままだ。
「私は、気にしてるわ!」
小窓は閉めている。しかし、馬車の車輪のガタガタという音よりも、馬の蹄のパカパカという音よりも、マリーの声が御者席まで響いてくる。
「『ミア』って誰?付き合ってるの?ケビンの恋人なの?私より愛してるの?」
マリーは酷い形相で、ケビンの襟元を掴み、矢継ぎ早に責め立てる。
もし、ここでケビンが「お前だってアレンと婚約しているだろう」と反撃すれば、二人は仲違いして終わるはずだ。これまで二人が続いて来たのは、互いが互いを詮索しないという約束だったからだ。マリーは今、その約束を破っているが、ケビンが先に他の女の名を出したのだ。説明に必要だったにしても、マリーに対して約束を破ったことには変わらない。
泣きわめく女を刺激しないのが、生粋の女ったらしというものだ。襟元を掴むマリーの手を自分の両の手でそっと包んでケビンは甘い言葉を紡ぐ。
「マリーは心配性だなぁ。たまたま近くに知ってる娘がいたから、恋人のフリをしてもらっただけさ。俺の女神様はマリーさ。愛してるよ、マリー。俺は、マリーの太陽みたいな笑顔が見たいんだ。マリーの笑顔は俺の心を照らしてくれる。さあ、笑って。せっかく二人きりで王都に行けるんだ。この時間を楽しもう。」
歯の浮くようなセリフを、真顔でいつでも何度でも言えるのがケビンである。しかし、ミアとの関係も明言せず「愛しているよ」の一言で誤魔化した。全く胡散臭い男である。ヒモかと思っていたが、詐欺師かもしれない。いや、詐欺師なら嘘でも「君だけを愛してる」と言うだろう。その方が簡単だ。意外に正直な男なのかもしれない。とにかく、ケビンが頻繁に口にする「愛してるよ」は、「おはよう」や「こんにちは」と同義に違いない。
ルセルは馬車を操りながら、退屈を紛らわすためにケビンの言動について考察していた。
騒々しかった馬車の中がしんと静まり返った。口づけを交わしているのだろうか。いや、ケビンは意外なところでキッチリしている。世間の常識に照らすと、婚約者でもない相手なら、せいぜい手の甲への口づけまでだ。誰に操を立てているのだろうか。マリーに迫られても、まだ早いとか、アレンに申し訳ないとか、上手く煙に巻くに違いない。
馬車の中で何が起こっているかは分からないが、そろそろお昼休憩にしたい。しかし、声をかけるタイミングを誤るとマリーに恨まれる。どこまでも青い空を見ながら、ルセルはやれやれと思う。
場所と頃合いを見て、ルセルは馬車を停めた。お昼だ。ルセルは、御者席から降りて、馬車の扉を上品にノックして中の二人に声をかける。
馬車の扉が開き、先にケビンが降りマリーが降りるときに手を貸す。マリーはご機嫌である。
「外は気持ちいいわね。ここは、どこらへん?何にもない草原なのね」
「予定通り、ブーエと王都のちょうど中間といったところですよ。もう少し走ると人家が見えてきます」ルセルが答えた。
「さぁ、昼飯にしようぜ。マリーの母ちゃんが持たせてくれた昼飯があるんだろ」
ケビンが手際よく草原に敷物を敷き、マリーが馬車の荷台から昼食を入れたバスケットを持ってきた。
ルセルがぱちんと指を鳴らして、温かい紅茶を出す。
「ねぇ、ルセルが指を鳴らすだけで紅茶が出てくるんだから、昼食もルセルが魔法で出してくれたら、早かったんじゃない?」
マリーは無邪気に言う。
「私一人だけ、ご馳走を食べてもいいということですか?」
ルセルは意地悪に返す。
「え~!三人分くらい魔法で簡単に出せるでしょ」
確かに幻の食事を出すなら簡単だ。しかし、腹を満たす本物の食事となると、食卓から呼び寄せるか食材を調理するか。魔法は一瞬だが面倒だ。
お茶は、ルセルの家の台所から呼び出しているに過ぎない。
「紅茶だけでも大サービスです。この昼食は、マリーの面倒を見る私への報酬ですよ。マクシマ夫人に感謝して頂きましょう」




