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魔法使いの結婚  作者: 鳥縞つぐみ


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12 王都への道程(1)

「ああ、気持ちいいなぁ。空は青いし、風はそよいでいる」

 想定外の同行者ケビンが、芝居がかった口調で「今日は何ていい日なんだろう」という気分を演出すべく語る。だか、実際に気持ちの良い朝だ。空は晴れ渡り、清々しく気持ちの良い空気に満ちている。

「幸先が良い」とルセルも感じていた。


「俺はねぇ、馬車が大好きだね。特にこのブーエの町は、どこまで行っても緑の小麦畑。見てるだけで気分がいいねぇ」


 この美しい緑の風景を退屈だの田舎臭いだの言わないだけケビンは立派だが、とにかく彼は想定外、招かれざる客だ。


「私も!ケビンが隣にいて嬉しいわ」


 もし、ケビンが隣にいなければ、マリーはきっと、こう言うだろう。

「退屈な小麦畑。焼き払っちゃおうかしら」

 しかし、それも責められない。マリーにとってこの景色は日常。生まれてから十七年間、ずっとこの景色を見てきたのだ。


 マリーは、せっかく屋根付き馬車を家から借りてきたにも関わらず、ケビンと一緒に小さなひさしのついた狭い御者席に、ぴったりと体を寄せ合い座っている。

 一方、ルセルは馬車の中で、四人が座れるスペースを一人占拠しているが、御者との連絡用小窓を、安全のため開け放してあるため、二人の下らない会話が筒抜けだ。何しろ、ケビンもマリーも声が大きい。


 丸一日この調子かと思うと、ルセルはいささか、げんなりする。


 馬車はまだ、マクシマ邸を出発したばかりだ。朝の光の中、ブーエ領の広い小麦畑を抜けると、東のハーケン領である。

 ハーケン領は平坦なブーエ領と違い、土地に高低差が見られ、放牧された豚の姿が見られる。自由気ままに過ごすハーケンの豚達はストレスから解放され、すこぶる美味である。


「まぁ、可愛い豚!食べたらきっと美味しいでしょうね」

 マリーは満面の笑顔で甘えるようにケビンに向かって言う。


「ハーケンの豚を扱ってる、とびきり美味しいレストランがあるんだ。今度マリーを案内するから、ご馳走してくれるかい?」

 ケビンは、馬を操るために視線を前に向けながらも、マリーに食事を強請(ねだ)っている。


 甘ったるいようでいて、食欲中心の珍妙な会話だ。ケビンという男は、悪びれもせずに女性に強請ることができる男だ。ルセルなら、美味しい豚が食いたければ自分で稼いで行ってこい、勝手にやっていろと言い放つだろう。しかし、女達は次々にケビンに与えようとする。こんな見え透いた下心にどうして女達は気持ちが萎えないのか、本当に不思議だ。ルセルがそんなことを思っていると、馬車が突然停止した。

 豚でも飛び出して来たのだろうか。


 しかし、何かあれば「きゃー」とか「やだぁ」とか言うマリーが一言も発しない。何があったのだろうか。ルセルが不審に思っていると、馬車の扉が開きマリーが無言で乗り込んで来た。そうして、マリーらしからぬ様子でそっと扉を閉めた。


「アレンがいるわ」

 マリーがルセルの耳元でささやくように言った。


「私達には気付いていないわ。このままアレンの前を無事に通過できるといいんだけど」

 マリーは、祈るような面持ちで進行方向を背にした座席の中央にじっと座っている。婚約者に見つからないように身を潜めるとは、実に馬鹿らしい。


 そのとき、ケビンの大きな声が響いた。


「やぁ、アレン。久しぶりだなぁ。元気にしてたか?」


 ケビンはわざわざアレンに声をかけた。二人に面識があるとは、ルセルもマリーも全く知らなかった。

 それはそうだ。マリーはケビンの前で、他の男の話をしない。ルセルはそれ以前に、ケビンの交友関係に全く興味がないし、知る必要もないからだ。


 マリーは、振り返って連絡用の小窓から二人の様子を覗き見たい気持ちをグッとこらえる。気になって気になって仕方ないのだが、見つかってしまえば、王都に行くことは叶わないかもしれない。


「ケビン、いい馬車を引いてるじゃないか」


「そうだろ?無料で御者を引き受ける代わりに、王都に行ったらこの馬車は俺の寝床になるんだ。あっちでたっぷり遊ぶさ」


「誰を運んでるんだ」


 アレンが馬車の中に興味を示した。幸い、両の扉の窓にはカーテンが引いてある。ケビンは後ろ手でさっと連絡用の小窓を閉めた。


「そいつはアレンにも言えないなぁ。俺も信用がなくなると次がないからな。

 まぁ、アレンも婚約者といちゃいちゃしながらどっかに行くときは、俺に御者を頼むといいさ」


「ふぅん。カップルを乗せてんのか。まぁ、そのうち頼むよ」


「ああ、またな!」


 ケビンが手綱を引き、馬車が動き出した。

 マリーはまだ、じっとしている。向かいに座るルセルも、黙っている。


 しばらく走ると、連絡用の小窓がカタンと開いた。

「もう、大丈夫さ」


「ケビンはアレンと友達なんですか」ルセルが尋ねた。


「ん。友達っていうのかなぁ。たまに奢ってもらう程度さ。初めて会った時はカンカンに怒ってたけどなぁ。アレンがマリーと付き合いだしてすぐに俺のところに怒鳴り込んできたんだよ。『俺の女に手を出すな』ってさ」


 マリーは驚いた表情で、声も出ない様子だ。


「それで?」ルセルが先を促す。


「それでって……『付き合ってるわけじゃないから、何とも言えないなぁ』って、丁度、ミアが一緒にいたから『今、デート中だから、他に用がないなら行っていいか』って言ったら、コロッと態度変えて『デートの邪魔してすまなかったなぁ』って。それから、見かけると声かけてくれるようになったな」


 マリーは、しばらく沈黙を続け、やっと一言、言った。

「ケビン、ごめんなさい。アレンが迷惑をかけたわね」


「いいや、問題ないさ。さっき『今度、二人で行こう』って言った、ハーケンの豚料理の美味い店も、アレンが連れてってくれた店だしな」


 馬車を操りながら話すケビンの表情は見えない。声は、いつも通りに明るい声だ。マリーの心境は複雑だ。

 ルセルは馬車の扉のカーテンを開け、外の景色を見る。そろそろ、ハーケン領も抜ける。馬車は夕方の王都到着を目指し、北東へと走る。

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