11 ケビンの思惑
「よう、頑張ってるな」
ケビンは明るく声を掛けながら、マリーに近づいた。
今日、マリーの父は畑仕事を終えると、夫人を伴ってプラナの町に買い物へ出掛けた。
屋敷には、マリーとルセルだけが残っている。
ケビンは主人の留守をよく心得ていて、堂々と屋敷に入って来た。ケビンが来たことに気付いたマリーは、礼儀作法のレッスンもそっちのけで玄関まで走り出た。ルセルは仕方なくマリーと共に玄関まで出てきたのだ。そうして、ルセルとマリーは揃って玄関でケビンを出迎えた、
「ウォールさん、ようこそ。せっかくいらしたのですから、少しマリーの練習に付き合ってもらえませんか」
ルセルが丁寧に対応する。
マリーは嬉しそうにしながらも、ルセルの隣に立ち、口を閉じている。
「何だ?かしこまってるなぁ。何が始まるんだい?」
マリーの目の前に立つケビンは、問いながらも、この状況を楽しんでいるようだ。
「マリー、お客様にご挨拶してから、お茶のしたくをお願いします」
ルセルは落ち着いている。マリーの最初の課題は「お客様への挨拶」だ。
「かしこまりました。ガーシュウィン魔導師様」
答えながらマリーは気恥ずかしい様子で表情がほころぶ。
ケビンもにやにやしている。
「ケビン・ウォール様、ようこそいらっしゃいました」
マリーはケビンに向き直りカーテシーで会釈した。
「お茶のご用意をいたしますので、応接間でお待ちください。ご案内いたします」
マリーは背筋を伸ばして、しずしずと歩こうと努力している。一応は及第点の歩き方だ。
応接間に通されたケビンはすすめられる前に三人掛けのソファの中央にどっかりと座る。
応接間は、中央に三人掛けのソファが一脚と一人掛けのソファが二脚。一人掛けのソファは三人掛けソファの正面にきちんと並んでいる。どれも濃茶の革張りである。ソファ用のローテーブルは細長い楕円形だ。
南に面した四枚の大窓からは、一面に緑の小麦畑が見える。
寛いだ様子のケビンに「ちょっと待っててね」と目で伝えながら、マリーはかしこまったフリで言う。
「では、少しお待ちください」
呼び鈴でメイドを呼んでお茶の用意を指示した。
マリーは、そのまま、ルセルの方を向いて指示を待つ。その顔は「どう?頑張ったでしょ?」とご褒美を待つ犬のようだ。
「いいでしょう。挨拶、歩き方、言葉遣い、どれもよくできました。私の指示を黙って待てるようになったので本番でも安心です。では、一時間の休憩にしましょう」
ルセルは下がろうとしたが、ケビンの待ったがかかった。
「ルセルも一緒にお茶にしよう。ほら、こっちに座って」
まるで、この家の主人のようだ。マリーはいつのまにかケビンの左隣に座っている。
「それで、この礼儀作法の『本番』とやらは、いつどこでやるんだい?」
ルセルは、台所で休憩するつもりだったが、質問されて下がるに下がれず、一人掛けソファの脇に立つ。
ケビンは、この件の詳細を聞くには、マリーだけでは埒が明かないと踏んだのだ。なかなかに頭が回る。
ルセルは、話さずに済むことは話さないで通そうと決めた。しかし、嘘にならないよう、言葉を選ばなければならない。
問われたのはルセルであったが、マリーは、自分が答えなければならないと思ったのだろう。言葉に詰まりもじもじしている。
さて、どこまで話したものか。
「私の知人の催すパーティーです。来週、私がマリーを連れて行きます」
「私が、無理言って連れてってって頼んだの」
慌ててマリーが付け足す。
「あ、お茶がきたわ。ケビン待たせてごめんね。今日のお茶は先日、従兄が送ってくれた……」
メイドが注ぐ紅茶を見つめながら、ケビンが話しを元に戻す。
「パーティーなら、さぞかし素敵なドレスをあつらえたんだろう」
「そう、そうなの。新しく仕立てる時間はなかったから、新年にパパにおねだりして作って貰ったドレス」
「へぇ。マリーがそのドレスを着てる所、見たいなぁ」
「じゃあ、今着てくるわ」
マリーは勢いよく立ち上がった。その右腕をケビンが掴む。
「今じゃないよ『本番』にさ」
ケビンは、マリーが行くパーティーに興味津々だ。
「それは、無理よ。ケビンは連れて行けないわ」
「出掛ける時に俺が馬車を出してやるよ」
ケビンは、マリーの腕を引っ張り、再び自分の隣に座らせる。
「だから、それが無理なのよ」
無理に引っ張られて座らされても、それを愛情表現と感じるのか、マリーは嬉しそうにケビンにしなだれかかりながら答える。
「空飛ぶ箒にでも乗っていくのか?」
間近にあるマリーの顔に更に顔を近づけながら、ケビンが聞き返す。自分の顔がマリーに気に入られていることをよく分かっている。
うっとりした表情でマリーは答えた。
「違うわ。王都に行くからドレスは向こうで着るの」
「王都で開かれるパーティー!?」
ケビンが驚きの声を上げた。
マリーはしくじった。王都で開かれるパーティーといえば、上位貴族とのコネがなければ行くことは叶わない。
ピューウ
ケビンが口笛を吹いた。
「凄いな。上位貴族とコネがあるのか」
ルセルはドキリとする。ケビンにこれ以上のことは知られたくはない。
「それじゃあ、やっぱり馬車は俺が出すよ」
「やぁよ。ケビンの馬車は屋根なしの荷馬車じゃないの。私は家の馬車で行くわ」
「俺がマリーの家の馬車を借りて無料で御者をやってやるぜ」
ケビンはすっかり乗り気だ。
「宿代は出せないわよ」
マリーは恋する乙女の割に現実的だ。
「馬車の中で寝ればいいさ。パーティーの後は、一緒に王都の酒場で一杯やろうぜ」
ケビンは、嬉しそうにマリーの肩に手をまわした。
一体、ケビンの思惑は何だ?マリーの恋路を邪魔したいのか?それとも単なる好奇心か……ルセルには測りかねた。
「週末のパーティーなら、丁度、一週間後に出発だな。屋根付き馬車の御者の件は、マリーから男爵に通しておいてくれ。」
ケビンは、紅茶を一気に飲み干して立ち上がると、マリーの額にキスをして、マクシマ邸を後にした。




