冷酷無慈悲と名高い天才魔術師は婚約者にだけは激甘なようです
「オースティン様、その……そろそろ離れていただけませんか?」
「どうして?」
「どうしてって……誰か来るかもしれませんし」
「その時は見せつけてやればいい。アイリスが誰のもので、俺がどれだけ君を愛しているか、その愛の深さを」
そう耳元で囁かれ、私の鼓動は早くなった。
ここは、魔物の群れが発見された森の入り口付近。その周辺には、国王に討伐を命令された騎士団と魔術師団の野営テントがいくつも立ち並んでいる。私達二人は、そのうちの総指揮官が使うテントにいて、私は婚約者であるオースティン様に後ろから熱い抱擁を受けていた。
「俺は国王陛下が憎い。いくらアイリスが国一の回復魔術を使用できるからといって、魔物討伐など危険な任務につかせるなんて。いっそ国ごと滅ぼしてやろうか」
「やめてください。どこで誰が耳をそばだてているかわからないんですよ」
「それがどうした? たかが十万の兵など怖くない。怖いのはお前を失うことだけだ」
そう言って、オースティン様は私のうなじに口づける。さすが四六時中ベッタリな婚約者。私の弱点をよく知っている。
「……オースティン様がおっしゃると、洒落になりませんっ」
冷酷無慈悲な世界一の天才魔術師。それが彼の通り名。最近は私にちょっかいをかけてきた小国の王子にキレて、たった一人でその国ごと壊滅してしまった。とにかく、魔術に関して彼の右に出る者はいないのだ。だからこそ余計に自分の立場と比較してしまう。
「あなた様の婚約者は、本当に私で良かったのですか?」
「どういう意味だ?」
「オースティン様は次期公爵様、私は貧乏田舎の男爵令嬢。誰がどう見ても釣り合いません」
自信が無いのは、私がオースティン様のことを愛しているから。だからこそ余計に不安になる。彼に相応しい相手は他にいるんじゃないかと。
不安になり軍服の端を強く握りしめる。そんな私を、オースティン様は振り向かせ、そして顎を持ち上げて顔を上げさせた。
「子どもの頃から魔力の強かった俺は、昔から化け物と呼ばれ忌み嫌われて生きてきた。そんな中、お前だけが俺を一人の人間として扱ってくれたんだ。それがどれだけ俺の心を救ったか、お前にわかるか?」
「それは……」
「それ以来、ずっと恋焦がれていた。ずっと手に入れたいと思っていた。そんなお前が今俺の手の中にいる。これ以上の幸せはこの世に存在しない」
そう言って、オースティン様は私の額に口づける。その後で、見たこともないような優しい顔で微笑んだ。
「愛している、アイリス。もう二度と離さない」
とろけてしまいそうなほどの甘い声で愛を囁いた後、オースティン様は私の唇にキスをした。その口から彼の愛情ごと注がれているようで、カッと身体が熱くなる。唇が離れると、見たこともないような無邪気な笑顔がそこにあって。キュッと胸が締め付けられた私は、彼の顔を引き寄せて唇に軽くキスをしてしまった。
「私も愛しています、オースティン様。ですからどうかご無事で」
心を込めてそう願う。私の愛しい人よ、どうか死なないでください。
オースティン様を見る。すると彼は固まっていた。そういえば、私からキスをしたのは今が初めてだ。
「……ああ、ダメだ。そんな可愛いことをされたら理性がもたない」
「ダ、ダメですよ! 何度も申し上げていますが、私達は婚約中であって、結婚しているわけではないのですからっ」
「では、この任務が終わったら結婚しよう。安心しろ、秒で終わらせる」
「はあ!? ちょ、ちょっと何言って……っ」
「オースティン様、準備が整いました」
私が食い止める前に、テントの外から兵士の声が聞こえてきた。オースティン様は「わかった」と短く答えて歩き出す。そしてテントを出る直前こちらを振り返った。
「帰ってきたら覚悟しろ。俺がどれだけお前のことを愛しているか、その身体に叩き込んでやる」
「オースティン様!」
顔から火を吹いている私を見て、オースティン様は愉快そうに笑う。その顔を見て思った。マズイ、彼は本当に秒で終わらせる気だ。
「心の準備がまだなのに……」
婚約中ですらこんなに激甘なのに、結婚したらどうなるのか。軽く想像してみたら、身体中が沸騰して倒れそうになった。