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07 涙

 王都では王家の結婚式の準備が進められていた。スロアニア国第一王子アレンと聖女クレアの結婚式だ。 


 王族が結婚する時は、少なくとも半年ほど前に領主や各国へ参加の依頼がある。だが今回は3ヶ月を切っていた。どうやらクレアが妊娠しているとの噂があった。


 エマは結婚の知らせをエドワードと一緒に聞いたが、祝う気持ちになれなかった。アレンには何の未練もない。アレンとクレアのことを好きでもない。しかし2人の行く末が決して明るいものではないことは明白で、複雑な気持ちになった。


 一方王命で結婚するように言われたエマとエドワードの戸籍上の間柄はまだ変わっていなかったが、どうやら忘れ去られているようだ。王家から何の催促も叱責もない。

 

 アレンとクレアの結婚式にはマーカスが招待されている。エマはマーカスの様子が最近おかしいことを心配し、結婚式について行こうか迷った。

 だがエドワードもマーカスもそれを許さなかった。


「マーカス様、お気をつけて」

「エドワード、エマ」


 エマはいつも「エマちゃん」と呼ばれているので驚いた。そして2人揃って抱きしめられて更に驚いてしまった。エドワードも黙って抱きしめられている。


 マーカスとエドワードの様子に、エマは不安に駆られた。

「行ってくる」と背を向けるマーカスに、無事に帰ってこられますようにと祈った。


 マーカスが結婚式へ向けホークウッド領を発った後も、エマとエドワードはあまり変わらない日々を送っていた。


 いつも通り黒輝石の浄化作業をし、魔法の訓練を行い、領地の仕事をする。

 聖女像の黒輝石はかなり透明に近い色にまで変化していた。完全に浄化できるまで残り数日だろう。


 そんな2人のもとに、他国から少しずつ黒輝石の浄化依頼が来るようになった。1度に黒輝石がホークウッド領に持ち込まれれば、ホークウッド領が魔物の被害を受けてしまう。エマの浄化能力も限られており、歯痒いが少しずつしか依頼を受けられなかった。


 他国からの浄化依頼を受けた初日、黒輝石を持ち込んだのは隣国エヴァンスの2人だった。金髪に赤目の穏やかような男と、背が高く筋肉質でとても強そうな男だった。


 エマとエドワードは応接室で2人を迎えた。


「私はエヴァンス国のミカエル、そして護衛のレオンだ。今回はこちらの黒輝石の浄化をお願いしたい」


「はい」


 黒輝石の品は10点あるが、指輪、腕輪、ペンダントでどれもそれほど石が大きくなく、エマがすぐに浄化できるサイズだ。


 エマ1人でも十分可能だが、エドワードと協力して浄化した方が魔力の消費が少なく全て同時に浄化できるので、2人で浄化を行った。


 治癒魔法と水魔法が優しく黒輝石を包み込み、黒い輝きが一瞬にして消え去る。


「すごい……本当に浄化できるとは!」


 エマはその言葉を聞き笑顔になったが、ミカエルの様子に胸が締め付けられた。ミカエルは震える手を腕輪に伸ばし、大事なもののように抱えて静かに泣いていた。


(……この方も黒輝石のせいで不幸があったのね)


 黒輝石の数だけ、いやその何倍、何十倍もの数の不幸がある。エマはミカエルの涙をいつまでも忘れなかった。黒輝石を浄化する時、その黒輝石が苦しめた人々も癒したいという気持ちを込めるようになった。



「エマ嬢、私と結婚してくれませんか?」


 ミカエルからの突然のプロポーズに、エマは驚いて固まった。すぐさまエドワードがエマの肩を抱き寄せ、「エマは私と結婚するので」と断ってくれた。


 ミカエルはそれでも諦めず、見送りの際にも「もしエマ嬢の気が変わったら迎えに来る」と言っていた。エドワードは無意識に氷魔法を展開し始めエマは慌てたが、ミカエルは笑っていた。



 ミカエルたちが帰った後、エマとエドワードは少し休憩することにした。エマはエドワードがいるソファの隣のスペースに座ろうとしたが、いつの間にか後ろから抱きしめられていた。


「エド様!?」


 エマはドキドキしすぎて抜け出そうとしたが、エドワードは黙ったままエマを抱きしめて離さなかった。

 エドワードが真剣に悩んでいる様子だったので、諦めてそのまましばらく待った。


(どうしたのかしら? そろそろお仕事に戻っていただかないと……)


 エドワードはエマと一緒にいたくて仕事を抜けることがたまにあるが、執事がいつも半泣き状態で連れ戻しに来ていた。


(あと10分……15分くらいなら許してもらえるかしら?)


 エマが時計とにらめっこしていると、突然エドワードが立ち上がった。


 エマの手をとり片膝をつく。見た事ある光景だ。


「エマ! 必ず幸せにすると誓います! 愛しています! 私と結婚してください!」


 エマは感極まって泣き出しそうになった。ずっとこの言葉が欲しかったのだ。王命で結婚するのではなく、自分の意思で結婚したいと言ってもらえることを――。


 エマは感動で返事が遅れてしまったのでエドワードは焦った。「絶対に幸せする、エマの嫌なことはしない、嫌なところがあれば教えてくれ」など色々と言い始め、自分は魔法が使えるから一生職と金には困らないなどとセールスポイントまで語り始めた。


 エマの涙は引っ込み、笑顔でエドワードの話を一通り聞き終えるとプロポーズの返事をした。


「エド様、私もエド様を愛しています」


 エマの言葉にエドワードは喜んだと思ったら、なぜか後ろを向いてしまった。


「エド様? どうしたのですか?」

「……なんでもない」


 エドワードはエマに隠れて嬉し泣きしていたが、すぐに涙を手で拭い再びエマと向かい合った。


「エマ……」


 エドワードの表情と手つきに、何をするのか初めてのエマでもわかった。


 2人の顔が近づき、何度も口付けを交わした――。


 

 エドワードは翌日、早速結婚式の準備を進めようとウエディングドレスのデザイナーを屋敷に呼んだ。エマが普段着ている服を仕立ててくれたデザイナーだ。


 結婚式の日付については、マーカスが王都から戻り次第相談することにした。


 エマのドレスの打ち合わせにエドワードも同席する。

 デザイナーは新たに8点ものデザインを準備していた。どれも洗練されていて素敵だった。だがエドワードが「どれもエマに似合う」としか言わないので、エマは決め手に欠けていた。

 迷うエマの様子を見てエドワードは謝った。


「すまない! 中止にしよう!」


(えっ!? どうして?)


 エマが不安に思っていると、エドワードはとんでもないことを言い出した。領地中のデザイナーや王都を含めて他のデザイナーにも声をかけて、ドレスのデザインを決めるべきだと。


 自分に任せてもらえると思っていたデザイナーが、エドワードの提案を聞いてショックで倒れそうになっている。


 エマは即座に「これがいいです!」と1つのデザイン画を指差し、エドワードに告げた。全体に花の刺繍がしてある可愛らしいドレスだ。エドワードは「しかし……」と言い淀んでいたが、エマの圧のある笑顔を受け惜しくも前言撤回した。



 それから数日後、エマはエドワードから婚約指輪を受け取ることになった。


「まぁ綺麗! エド様のお色ですね!」

 

 エドワードの瞳の色である、深いブルーのダイヤモンドがセンターに使われた指輪だった。


「守護魔法がかかってるから! ……だからずっと身につけていて欲しい」

 

 エドワードの耳が少し赤くなっており、照れているのだとエマはわかった。


(ふふふっ。 エド様は可愛いところもまた素敵よね)


 エマが余裕ぶっていると、エドワードから衝撃的な要求をされ形成逆転した。


「指輪のお返しにエマから口付けしてくれないか?」

「え!?」

「エマからの口付け……」

「私から……?」

「ダメか?」


 エドワードに潤んだ目で見つめられ、エマは断りきれなかった。


「目を瞑っていただけると……」

「わかった……」


 エマは大きく深呼吸すると、意を決してエドワードの唇に軽く触れ、すぐに離れようとした。しかしエドワードはエマの唇を逃さず、濃厚な大人のキスへと変わった。


 エマは息が上がりぼーっとしながらも、私からする必要あったかしら、と疑問に感じていた。


 エドワードはこの指輪をエマと領地に着き次第宝石商に注文していた。良さそうな宝石を探すところから始めたので、指輪が完成するまでに時間がかかったそうだ。

 指輪が出来たら改めてエドワードはエマに想いを伝えようと考えていたが、あの日ミカエルに先を越されて焦ったらしい。


「エマには私が最初にプロポーズしたかった」

 

 エドワードは指輪を渡しながら後悔を口にしていたが、エマにとってはそんなに前から自分のことを想ってくれていたのだと知れて嬉しかった。


 その日からエマの左手薬指には、エドワードから贈られた指輪がいつも輝いていた。



 ちなみにエマはしばらく指輪を見る度にキスのことを思い出して赤くなり、周囲を心配させていた。

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