06 ライバル
エマとエドワードは聖女像の黒輝石浄化に向け、試行錯誤を繰り返していた。
エマは水魔法、聖魔法、風魔法の訓練も積んだおかげで、総合的に中級魔法使いレベルにまで到達していた。
聖魔法に関しては、治癒魔法もできるようになった。
そのため黒輝石の浄化に治癒魔法を応用する方法を考えていた。まだ未熟なエマにとって、治癒魔法は対象者に触れた方がやりやすい。しかし黒輝石に触ることはできない。
そこで水魔法で治癒魔法を届ける道を作ろうと考えた。
最初はエマが水魔法と治癒魔法を同時に使おうとしたが、どちらか1つしか使えなかった。そこでエドワードが水魔法を担当し、エマは治癒魔法に専念することにした。
エドワードが指先から水魔法を展開し、黒輝石を水球で覆う。エマはエドワードの手に触れ、治癒魔法をエドワードに流すことに集中する。
2人の魔力は相性が良い。元々同属性の氷魔法と水魔法使いな上、魔力つまりの治療のためにエドワードの魔力を何度もエマの身体に流したことも関係している。
だがこの方法は数日試しても浄化効果はなく、そろそろ別の方法を試すべきかと2人は考えていた。
「最後にもう1度だけ試してみようか」
「はい!」
エドワードが魔法を展開しようと腕を上げたその時、エマを呼ぶ声がした。
「エマー!」
「お兄様!」
エマが振り向くと、もう数ヶ月も会っていなかったエマの兄、ベルマンがいた。
ベルマンとエマはあまり似ていない。ベルマンは風魔法使いで母親譲りの栗色の髪をしている。エマは父親譲りで銀髪に近い。しかしエマとベルマンの笑った顔はどこか似ていて、2人が兄妹だとわかる。
「エマ! 会いたかったぞ!」
「お兄様! 私も会いたかったわ!」
「しばらく会わないうちにずいぶん綺麗になって……」
ベルマンは子供の頃によくしたように、エマを抱っこしてくるくる回ろうとした。
「義兄上! ようこそホークウッド領へ」
「義兄上と呼ぶな! まだ嫁に出していない!」
「お2人は知り合いだったのですか?」
「魔法学校でね」
「こいつのせいで実技はいつも2番だったんだ」
学生時代エドワードとベルマンは良きライバルだったらしい。
エマは大好きな2人の仲が良さそうで嬉しくなった。
「エマ、ずっと家で暮らしていいんだぞ?」
「お兄様、心配してくれてありがとう。でもエド様と一緒にいたいの。それに未来のお義姉様にも悪いでしょう?」
エマの言葉にベルマンはショックを受け、エドワードは勝利の笑みを浮かべた。2人はこれからもライバルらしい。
「魔法が使えるようになったんだな。頑張ったな」
「うん」
ベルマンがエマの頭を撫でる。
(懐かしいわ)
エマが落ち込んでいる時、いつもベルマンがそうして励ましてくれた。
ベルマンが聖女像を憎らしげに睨みながら呟く。
「これが黒輝石……」
「えぇ。これだけまだ浄化できていないの……」
ベルマンが期待の眼差しでエマを見つめる。
「エマ、魔法を見せてくれないか?」
ベルマンはいつもエマの魔法訓練に付き合ってくれていた。エマに魔法の才能がなくても、変わらず妹として愛してくれた。
そのうち誰もがエマに魔法を教えることを諦めた。「魔法なんて使えなくてもいい」、「頑張らなくてもいい」。そう言うことも優しさだろう。
だがベルマンだけはエマの可能性を信じて教えてくれた。
エマが隠れて訓練していることを知ると、「魔法訓練するなら付き合うぞ」と声をかけ励ましてくれた。
(何の魔法がいいかしら? 大きな水球を作る? それとも綺麗な魔法がいいかしら?)
エマはベルマンに努力の成果を見せ誉めて欲しくて、何の魔法にしようか迷った。そしてエドワードともう1度浄化作業をしてみることにした。
エマがエドワードの手を握るとベルマンが焦り始めて何か言っていたが、「集中させて!」と言って黙らせた。
エドワードはまたもや勝ったと思い意気揚々としていた。
2人の魔力がうまくまじ合い、そして――。
「少し薄くなってる?」
「そうみたい!」
エマとエドワードの魔法は本当に少しずつだが黒輝石を浄化していた。変化が少なすぎて2人は効果があることに気付かなかった。そして今日ようやく目に見えて少し色の変化が見られたのだ。
エマはエドワードに抱きつき飛び跳ねている。
「待てー! まだ結婚前だぞ!」
「お兄様! 見た?」
「あぁ! 見たぞ! エマはすごいな。流石俺の妹だ」
ベルマンはエマをエドワードから引き離しながら答えた。
「束縛ばかりすると嫌われますよ、義兄上」
エドワードがエマには聞こえないようにベルマンに囁やく。
ベルマンがいきなり「うるさーい!」と叫んだので、エマを驚いて少し心配になった。
♦︎
夕食後、エマとエドワード、マーカスは揃ってベルマンの来訪理由を知ることとなる。
「黒輝石ですが、闇魔法が関係しているようです」
エマはこの世に闇魔法が存在することを知らなかった。
闇魔法使いが100年近く前に事件を起こしたことから、闇魔法は禁忌とされた。神殿での魔力鑑定の機械からも外され、闇魔法使いが新たに表れないようにしていた。そしてそのうち闇魔法自体の存在も忘れ去られたそうだ。
「黒輝石がクルス領で取れることから、まずは聖女クレアの調査を始めました」
フローレス家も極秘で黒輝石の調査をしていた。聖女クレアは神殿で治療も行っているが、解呪を担当することが多い。
エマはそれ自体は疑問に思わなかった。エマにも得意不得意があるからだ。
「神殿から診察記録を入手したところ、偏りがあることがわかりました」
クレアは風邪などの治療は行うが、刺し傷や骨折など外傷の治療は1度も行ったことがなかった。できる治療が限られている。
「……つまりどういうこと? お兄様」
「聖女クレアは偽物で闇魔法使いってことだ!」
「クレアが闇魔法使い!?」
エマはまだベルマンの言いたいことがわからなかった。
「闇魔法でも特定の治療と解呪の真似事ができるってこと!」
「真似事って? 実際に治療も解呪もできているのよね?」
「はぁ……エマ、呪いは作れるか?」
「できないわよ」
「聖魔法使いは呪いを浄化できるが作ることはできない。闇魔法使いは呪いを作れるが浄化はできない。聖魔法と闇魔法は決して交わらないんだ!」
闇魔法使いは呪いを新たに創造し、操ることができる。すなわち呪いを移動することができる。呪われた人や物から呪いを外しても浄化することができないのであれば、それはどこへ行くのか――。
「闇魔法使いが聖女に化けて呪いを黒輝石に変えているんだ! 病もそうだ。治す時に黒輝石が作られるらしい」
「呪いや病が黒輝石に……」
「あぁ、黒輝石とはすなわち、呪いや病といった悪い物の結晶化だ」
クレアが闇魔法使いだと判明し、クルス領の鉱山で黒輝石が取れるという話も嘘だとわかった。
コリンズ家は歴史上多くの聖女を輩出している。これまでどれだけ偽の聖女がいて、黒輝石を生み出していたのだろうか。そしてそのせいでどれだけ世界中の魔物が増え、どれだけの人が犠牲となったのだろうか。
(クレアは聖女として誇りを持っているように見えていたけど……どんな気持ちで治療をしていたんだろう)
エマはクレアとまともに会話をしたことがないことを少し後悔した。
マーカスは話を黙って聞いていたが、血が出そうなほど手を強く握りしめていた。
「まさにゴミ箱だな。我々も他国も、不要品を押し付けられていたのか」
エマとベルマンの話し声に、マーカスの声はかき消された。
読んでいただきありがとうございます。
風邪などのウイルスが原因の病は闇魔法で黒輝石に変え、体内から取り除いて治せる、という設定です。ケガは治せません。