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05 聖女像

 翌日エマとエドワードは国境付近へと向かった。


「黒輝石がこんなにたくさん……!」

「あぁ」


 国境の壁には何十個もの黒輝石が等間隔に埋め込まれていた。そのせいで国境沿いに負のオーラが漂っているようにエマは感じた。黒輝石1つの大きさはピンポン玉くらいでそこまで大きくない。問題は量の多さだ。


 エマがそのうちの1つに触ると、体内の魔力が奪われどっと疲れに襲われた。エマはエドワードと魔法の訓練をしつつ、少しずつ黒輝石の浄化に取り掛かった。

 初日は1日1個の浄化で魔力が限界だったが、徐々に2個、3個と浄化できるようになっていた。



「最後はこれね!」


 エマとエドワードは壁の黒輝石を全て浄化し終わると、最後の大物に向き合った。


 国境には聖女像がある。聖女像の両手の上には、拳大の大きさの黒輝石があった。


「浄化できるかしら?」


 黒輝石はエマが触るのも躊躇うほどの負のオーラを放っている。エマの身体は無意識に震えていた。震えるエマの肩にエドワードが優しく手を乗せる。


「エマ……無理だ。今日はやめよう!」

「ダメです! 浄化しないと……」

「他の方法を考えよう!」

「私に力が足りないせいで……」


 浄化の中断はエマの力と覚悟が足りないせいだと嘆いたが、エドワードはそれを否定した。


「エマは魔法を使わなくても、黒輝石に触るだけで浄化できるよね?」

「はい」


 エマは魔法が使えず落ちこぼれだった時、不思議と呪いの判別だけはできた。そして浄化も同じように、何も意識せずにできてしまっている。


「黒輝石に触ると自動で浄化してしまい魔力が消費される。でも魔力が足りなかったら?」


 エマは目が覚めるような思いがした。足に力が入らず地面に座り込む。


(魔力が足りなければ……私は死ぬの?)


 黒輝石を前にしてエマの身体の震えが止まらなかったのは、命の危険信号だったのだ。

 エマは震える身体を自分で抱きしめて泣いた。


 そしてエマの身体はエドワードの温もりに包まれた。


(エド様は手も胸も温かいのね)


 初めての抱擁だった――。



「エマ、一緒にできることを考えよう」


(……そうだ! これまでだってそうしてきたじゃない! できないことはできない。代わりにできることを探すんだわ!)


 エマは吹っ切れた。


「エド様が好きです」

 

 エマは黒輝石のせいでエドワードとの未来を諦めかけていた。しかしエドワードと一緒なら、どんな困難も乗り越えられると思った。


「えっ!」


 突然のエマの告白にエドワードは情けない声が出てしまったが、気を取り直してエマに答える。


「私もエマが好きだ」


 エマが俯いていた顔をあげ、2人の目が合った。


 エドワードの手がエマの頬に添えられる。2人の距離が0になるまで後少し――。



 と思われたが、「よし!」とエマが急に立ち上がった。


「エド様! 美味しいもの食べながら作戦会議始めましょう!」


 魔力が減るとお腹も空くのだ。


 エドワードはエマの元気が戻り心から嬉しかった。だが後5秒、いや3秒でもそのままでいてくれれば……と思ってしまったのはエマには秘密だ。


 

 聖女像の黒輝石の浄化はまだできていないが、国境の壁の黒輝石を浄化したことで効果が現れた。ホークウッド領での魔物の出現率が前月と比べて約40%も減ったのだ。


 さらに嬉しいことに、隣国エヴァンスからも魔物が減ったとの報告が秘密裏に来た。隣国には黒輝石の疑惑と浄化作業について事前に説明していた。エマたちはホークウッド領の魔物が減ることで、隣国の魔物が増えてしまうのではと懸念していたのだ。


 また、ホークウッド領では騎士団や魔法使いたちが連携し、黒輝石の調査を始めていた。黒輝石は確かに小型の魔物を遠ざける効果があった。しかし一定距離から離れたがらず、近寄れないけど惹かれてしまう性質があることがわかった。また中型•大型の魔物は黒輝石にむしろ近寄ってきた。


 こうして黒輝石の実態が分かり始めた。


 小型の魔物は近寄れない。中型•大型の魔物は好む。魔物を惹きつけ増加させる。


 この事実を基に、フローレス家とランドルフ家は協力して、国内の信頼できる領主と他国へ根回しを始めた。


 ホークウッド領では多くの者が涙した。それは悲しみの涙か、怒りの涙か――。

 黒輝石があるせいで、ホークウッド領は魔物が増え多くの犠牲を払ってきたのだ。あまりにも多くの犠牲だ。


 ある者は言った。


「俺たちはゴミ箱か!? ここは王家のゴミ箱じゃない! 王家はゴミは外へ捨てればいいと思っているんだ! どれだけゴミが溜まって腐敗しようが、何人死のうが、自分たちには関係ないってことだ!」


 またある者は呟いた。


「ゴミは自分で処理しないと……」


♦︎


 エマはある夜眠れず庭を歩いていると先客がいた。満月の光に照らされ、ベンチに腰掛けるマーカスだ。


「エマちゃん……」

「マーカス様」


 エマはマーカスに誘われて隣に座る。


「……エマちゃん、ここに来てくれて本当にありがとう。息子に出会ってくれて本当にありがとう」


 マーカスは笑顔だった。だがエマには悲しんでいるように見えた。

 思わずエマはマーカスへ手が伸びた。しかしマーカスの硬く握られた手の中から伸びるチェーンに気づき、触れるのを躊躇った。


 ペンダントロケットだった――。


「……マーカス様、私の方こそエドワード様に出会って救われたのです」


「……聖女像は何かいい案が浮かんだ?」

「エドワード様と一緒に聖魔法と水魔法を併用してみてはどうかと話し合っています」

「聖魔法と水魔法との併用?」

「はい。私の聖魔法のレベルも上がってきていますし、私もエドワード様も水魔法が使えるので……」

「そうか。2人とも頑張っているんだね。……身体が冷えるからそろそろ部屋に戻ったほうがいい」

「……はい」


 マーカスに促されて、エマは屋敷へと戻った。

(マーカス様、大丈夫かしら?)


 

 マーカスは固い決意を口にする。

「必ず報いを受けさせる!」


 その言葉は誰の耳にも届かなかった。

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