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02 黒輝石

「お話中失礼いたします。ランドルフ家のエドワード様がお見えになっています」

「なに!? エドワードが? うむ……通せ」


 時計を見るともう夜10時になる。事前の約束もなく、この時間に訪問することは無礼になる。しかし両家にとっても緊急事態ということだろう。エマの母も貴族のプライドで姿勢を戻し、いつもより目を2割ほど見開いて座っている。


「ランドルフ家の長男エドワードです。夜分に突然の訪問、申し訳ございません」

「いや、取り敢えずかけてくれ」

「はい」


 エマは緊張しながらも未来の夫となる予定の人を観察した。エドワードは以前見た時とは雰囲気が全く異なり、焦りや困惑の表情が窺える。しかし美貌は健在だった。


「この度は私のせいで王命でエマ様との結婚が決まってしまい、大変申し訳ございません」

 

 エドワードは椅子にかける前に、深々と謝罪した。


「どいうことか説明してもらえるかな?」

「はい。実は隣国エヴァンスに戦争を仕掛けるという話があり……」

「戦争!? どういうことだ?」

「王妃が温泉地が欲しいとの理由で、エヴァンス国に戦争をけしかけ奪うつもりだったようです」

「それで?」

 

 父はすでに疲れ果て額に手をあてうなだれている。


「我が領地ホークウッドでは魔物が出ることはご存知だと思いますが、近年魔物の量は増え続けており、魔物退治だけで手一杯なのです」


 エドワードは戦争を行うような余力はないこと、国防費を増やしてほしい、有能な魔法使いを派遣してほしいなどと王に進言したそうだ。

 しかし王族側は国防費も魔法使いも今のままで十分、温泉地は欲しいと何も譲歩してくれなかった。


「温泉地も魔物が多いことは説明したのですが、我が国の領土になれば魔物も減るなどと根拠のないことをいい始め……だんだん私の怒りも限界に来て言ってしまったのです。ならせめて聖女をよこせと」


 金も魔法使いもダメなら何ならいいのかと、咄嗟に聖女が口に出てしまったらしい。慌てて訂正しようとしたが、王は「わかった、下がれ」としか言わなかったそうだ。


「つまり売り言葉に買い言葉で聖女が欲しいと言ったから、私の愛娘と結婚することになったと?」

「……恥ずかしながら私の伴侶がなかなか見つからない焦りもあったと思います。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

「はぁ。なんと横暴な……」


 誰も声を発さず、重い空気が部屋に流れていた。


「あの、エドワード様だけのせいではないと思います」

「どういうことですか?」

「私は一応王子の婚約者候補でしたが、治癒魔法が全く使えず偽聖女と呼ばれています。今日の様子から王子とクレア様の結婚は既定路線のようでしたし、体良く厄介払いができるとでも思ったのではないでしょうか」

「偽聖女……」


 エドワードは考えるような素振りをする。


(偽聖女と結婚なんて誰だって嫌よね……)


「はい……。あっ! でも呪いの判別だけは得意です」

「呪いですか?」


 エマは呪われた人や物は一目見ただけだ判別できる。エマは聖魔法は使えないが、呪いの判別は魔法を使わなくてもできる唯一の特技だった。聖魔法使いが元々持つ体質なのかもしれない。


「エドワード様の右手につけている指輪を見せていただけませんか?」

「……はい」


 エドワードは少し驚いた顔をしながら右手薬指から指輪を外し、エマの手のひらに優しく手渡してくれた。


 エドワードの細く美しい指が微かに触れ、エマはエドワードの手が思いの外暖かいことを知った。氷のプリンスと呼ばれるエドワードは本当は表情豊かで人間らしく、エマの緊張も解れていた。


(青い瞳も綺麗……! 黒髪だから瞳も黒色だと思っていたわ!)


 エマはエドワードの顔が近付き、瞳が深い青色をしていることを知る。


「我が家に代々伝わる黒輝石です」


 指輪の中心には小ぶりな黒い石が1つついていた。


「これが黒輝石なのですね、初めて見ました」


 黒輝石とは聖女クレア•コリンズの領地クルスでのみ発掘される珍しい鉱石だ。黒く輝いていることから黒輝石と名付けられている。

 採掘量が少なく魔物除けにもなることから貴重で、ほぼ100%他国へ輸出されている。スロアニア国では流通していないため、エマが黒輝石を見るのは初めてだった。


「指輪が呪われているのですか?」

「呪いではありません。ですが呪いに近いような……。あまりいいものではない気がします、黒輝石がーー」


 エマは魔に魅入られるような輝きを放つ黒輝石に、言いようのない嫌悪感がこみあがってきた。


「他にも黒輝石はございますか?」

「黒輝石は魔物除けになるので、国境の壁に何十点か埋め込まれています。あとは他国へ渡っているものがほとんどですね」


 エマは国境と聞き、言いようのない恐怖が湧いてきた。


「……私を領地へ連れて行ってくださいませんか?」

「なにを!?」

 

 エマとエドワードの話を黙って見守っていたエマの父がしびれを切らして口を挟んだ。


「黒輝石について調べてみたいのです」

「どういうことだ?」

「……もしかして黒輝石が魔物に関連しているということですか?」


 エドワードの問いへの答えをエマは持ち合わせていない。だから調べたいのだ。今はただ、まがいものなりにも聖女の勘が警鐘を鳴らしていた。


「黒輝石が仮にだ! 仮に魔物と関係があるのなら……国家だけの話ではない。他国も含め激震が走るぞ!」


 黒輝石にはコリンズ家が関わっている。コリンズ家は初代王妃を輩出し、その後も王族や皇族と縁を結ぶ者が多くいた。


(黒輝石が良くないものだとしたら……王族も黒輝石のことを知っているのかしら。いくら他国で高く売れるからといって、ほぼ全てを輸出する? )


「まだ憶測でしかありません。今なら婚約者として自然に調べに行けますから」

 

 エマは名案とばかりに微笑んだ。


 エマの父と母は娘を危険な目に合わせたくないと反対していた。しかし父はこの国の大臣として、領民を守る者として、娘を行かせる他ないことはわかっていた。


「エマ様は必ず私が守ります」

 

 エドワードは満面の笑みを浮かべていて、思わずエマも母も見惚れてしまいそうになった。


 夜遅いのでエマと母は先に寝るように言われ、父とエドワード様の話し合いは夜更けまで続いた。エマは色々なことがありすぎてなかなか寝付けず、朝方になってやっと浅い眠りについた。


♦︎


 エマは昼近い頃に起きると、執事から父の伝言を聞いた。エドワードが3日後に領地へ戻るので、それに伴ってエマも出発するそうだ。急展開に眠気も吹き飛んだ。エマだけ後から行く案もあったのだが、魔物出没の恐れや黒輝石の件もあり、エドワードと一緒の方が安全とみなされた。


 それからのエマは母の泣き言をうまくかわしつつ荷支度に勤しみ、3日後はすぐに訪れた。

 エドワードたちは馬を引き連れ、早朝にも関わらず軽やかに屋敷を訪れた。


「エマ様おはようございます」

 エドワードの笑顔にエマの口角も自然と上がる。


(氷のプリンスなんて嘘じゃない!)


 エマは偽聖女として有名なので、初対面で露骨に嫌な顔をされることも多い。エドワードの柔和な態度はエマを安心させたが――。


(エドワード様は私のことをどう思っているのかしら?王命で結婚相手になってしまって、嫌ではないのかしら)


 エドワードはエマとの結婚は自分のせいだと謝罪に来たが、1度もエマとの結婚が嫌とは言わなかった。

 

 出発の準備が整い、エマは両親に別れを告げる。

「お父様、お母様、行ってきます」

「エマ……」


 親子で別れの時を惜しむ。3人とも涙目だ。


 いよいよ出発という時がきて――。


「私、エドワード•ランドルフは、必ずエマ様を守ると誓います」

 

 エドワードはまるで騎士が忠誠を誓うかのように、片足をついてエマの手の甲に口付けした。


 突然の出来事にエマは思考が停止した。エマは変な声を上げなかった自分を褒めたかった。両親との別れの涙も吹っ飛び、エマはどうやって馬車に乗ったか記憶がないくらいだ。 


 エマは馬車に乗ってしばらくしても、胸の高鳴りが鳴り止まなかった。


 辺境の地、ホークウッド領までは5日間かかる。エマの乗る馬車には、幼少から仕えてくれている幼馴染の侍女アメリアが同乗している。エドワードも同乗したそうだったが、今は警護も兼ねて馬に乗っている。


(顔を見られなくて良かったわ)

 エマはほてった顔を冷やすように、窓から外の景色を眺めていた。


 アメリアはエマの様子を微笑ましく見ていたものの、1時間経っても顔の赤みが引かないことに異変を感じた。


 エマは発熱していた。エドワードに手の甲にキスをされただけで発熱したとは、更に恥ずかしくなった。


 予定を変更して宿で休もうとの提案もあったが、エマは馬車による身体の辛さはなかったので丁重に辞退した。エドワードは心からエマを心配し、また馬車に同乗しようとした。


 しかしエドワードがいたらエマの熱が余計に上がるとアメリアが判断し、断固として断ってくれた。流石は幼馴染だ。エマが言わずとも要望を叶えてくれる。危険な地にも当然のようについてきてくれるアメリアは、エマにとって心強かった。


 エマの発熱以外は大した問題は無く、旅は順調に進んだ。

エマの体調も3日目頃から良くなり始め、その日宿に着く頃には身体が今までにないくらい軽く感じた。


 エマは宿で眠りにつく前、エドワードとのやりとりを思い出してまた身体が熱くなった。馬車の乗り降りや宿の部屋へ向かう時など、なぜかいつも微笑みながらエスコートしてくれるのだ。


 恐らくエマはエドワードが家を訪ねてきてくれた時から惹かれていた。道中身体を気遣い、とても大切なもののように扱ってくれ、恋心へと加速してしまったようだ。


 熱い顔を冷まそうと手で顔を扇ぐと、突然冷たい風が吹いた。


(え!? 風魔法? 私がどうして?)

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