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09.死にゲーの精神





 拳が痛い。人を殴ったことなんてないから無茶苦茶にやった。馬乗りになって両手で殴り続ける。当たり所なんか知るか。こいつのせいだ。後ろから両肩を抱かれて止められた。佑だ。今ボクは馬鹿よりも冷静さを失っている。頭の冷えた部分が指摘する。


 殴られた葵は少しも動かなかった。


 おい野生動物、普通は野生の勘で飛びのくところだろ。文明人の力の入っていない拳なんて受けるはずがない。なによりずっとボクと目が合っていた。こいつはボクが殴りにいく動作を全て、どこをみているのか分からない顔で見ていた。


「何で盾に自分を入れなかった」


 まだ、どこをみているのか分からない顔でいる。


「答えろ」


「なにも」


 葵はボクの命令に従った。こいつはボクたちがいればそれでいいから、言った通りに動く。友達に命令なんて間違っているのは知っていた。だが、ボクたちの望む通りの顔としぐさをさせるつもりはない。


「かんがえてなかった、です」


 どこにいけばいいのか分からない、という顔に見えた。







 野山での行動を間違った経験はあった。


 迷ったときに川を下ろうとした。鹿に遭った時に大声を出して追い払おうとした。自分の体力を過信した。

 そういう時は佑がいた。群れのリーダー気質をしているので、新米が間違いそうになると制止する。間違ってしまったら責任を持って連れ帰る。こいつがいなかったらボクは10回以上は野垂れ死んでいただろう。肝心要のところで、死なないギリギリのところでこいつがスタートまで引っ張って戻ってコンティニューをさせるから、ボクは経験値を得た。わずか2年で立派なストライダーへと進化したのだ。まあそもそも死ぬ可能性のある野山を引っ張り回したのはこいつなので、ボクの適応進化の能力を誇るべきところだ。


 知らなかったのは、考えなしなのは仕方ない。新米には一から叩き込む必要がある。

 教えてやろう。助けてやろう。

だが最後の最後で自分の命を拾うのは自分の選択だ。知識を活かし自分を助けるのは自分の仕事だ。それをしようとしない、命を自ら捨てるような奴には何を言っても無駄だ。

 佑の腕はほどけない。諦めて力を抜いた。どうせこの馬鹿には力では勝てない。

 抑えていた肩が離される。じっと地面を向く。






 

 ……どうしてキミがそっち側にいるのさ。

 佑は大の字でそのまま寝ころんでいた葵の隣に正座して震えている。ちょっと泣いている。小声で葵に何か話しかけている。


(おい!今回はどうみてもお前がわりーんだから謝っとけ)


(ごめんなさいでいい?)


(絶対何が悪いか分かってねーだろお前!そこがわりーんだからな!!)


(わかった。僕がわるくてごめんなさいする)


(なんでお前あんなに頭いいのに馬鹿なんだよおおお)


 お、馬鹿よ。ようやく気付いたか。常識知らずの馬鹿は大変だな。そいつはキミの同類なのは常識だぞ。

 そうだな、僕にも否がある。一見クロヒョウは賢く飄々として見えた。だが中身は常識のない阿呆だ。考えなしに動いて、考えがあったとしても聞くまで言わない。新米がそんなやつなのは知っていたし、馬鹿がそれに気づいていないことも分かっていた。ボスが駄犬だとサポートは苦労するよ。


 でも、キミが言うなら。

 雪山で愚かにも5回も凍死しかけたボクを背負い込んだキミがそう決めるなら。



 仕方ないな。だって2匹とも、馬鹿なんだから。

 文明人たるボクが折れてやるのは仕方のないことだ。






 その後、ボクは葵がケガをしたり動けなくなったり危険があった際に生じる不利益や補填に必要な貴重な資源や金銭を滾々とプレゼンした。葵はふむふむと頷いていた。これは分かっている顔だ。


「何より馬鹿がうるさい。顔も声も動きも」


 葵は佑を見ている。おいおいと滂沱の涙を流して後悔に暮れている。自分が探索をしようと提案して危険への制止が間に合わなかったから。今回はこいつのミスでもあるのでもっと意気消沈しろ。今のうちに後悔に漬けておかないと骨身に染みなくて困る。


「馬鹿がこうなったのはキミのせいだからな」


 葵はびっくりしている。おいここまでボクに大音響を我慢させておいて負い目を感じていなかっただと。冗談じゃない。


「佑、ごめんなさい」


「オレもごめんなあ…もうちっと見ていてやれば……」


 分かりやすくうなだれている。よし、それくらい大げさでいいぞ。もっと負い目を骨髄に刺し込め。


「佑も、僕がきけんとかいたいのはいやなんだね」


「当たり前だろ!仲間なんだから」


「なかまだとそうなの?」


 葵はどこを見ているのか分からない顔をしている。


「大切で、大事なんだよ。当たり前だろ」


 こういうことを臆面もなく言える馬鹿で良かった。そんなことを口に出すなんて怖気が走る。

 葵は真っすぐに佑と、ボクを見つめた。


「わかった」


 教えてくれてありがとう。

 それから葵はボクたちだけで集まる時にはどこを見ているのか分からない顔をしなくなった。

ただ、なにも考えずに笑っていた。






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