08.連鎖ゲーム
ケガ(開放骨折)の描写があります
ボクたちは虫やネズミなどの小型のモンスターから、イノシシや鹿などの等級の高いモンスター狩りに移行した。等級昇格に有利な依頼をこなすべく邁進した。馬鹿には説明しなかった。馬鹿は依頼の等級なんて念頭にない。誰かが困っていれば何も考えずその依頼をとってくる奴だ。説明しても意味がない。冒険者ギルドに入る依頼なんてモンスターが水源に居座り水が枯れて困っているだとか、大岩が道をふさいでいるとかいう程度のもので、基本的に冒険者が力任せに問題を取り除いてしまえば解決する困難だ。そうじゃない依頼は国とか自治体の仕事だ。時々、特定の商会を贔屓していそうな依頼や権力組織の厄介事の気配を感じるものは全力で回避した。佑の「めんどくさくてなんかやる気でねー」の馬鹿面は大いに利用できる。なんたってボクらは気分屋の子どもだからな。ギルドも依頼を強制することはできないし、冒険者に打診をするなど配慮はしましたよ、という体裁を得られればいいらしい。安心して放り投げておいた。あとは葵の「ご協力したいのは山々ですが、なにぶん世間を知らないもので測りかねております。困りました」のポーズで何とかした。ボクも協力して厚めの猫を被れるようにしてやったので、今のボクらは「善意で人助けをすることもある気分屋こどもぼうけんパーティ」である。
ボクらを担当するゴリラはギルドでの発表会のたびに青くなったり萎びていたり、時々元気になっていたりした。意気消沈すると人相の悪さが幾分かマシになるので苦労をさせておいた方がいいのかもしれないな。ボクたちが来たときはゴリラを遠巻きにしていた女性スタッフが、最近はゴリラに近づいてお茶や菓子を与えて肥育しているので感謝してほしい。
ギルドでの等級は5つ目まで進んだ。一つの地域のギルドで自由に活動しているパーティに与えられる等級としては最高だ。これ以上等級を上げるには、ギルドからの特別な依頼をこなしたり、他の地域のギルドで出された依頼を受ける必要がある。なのでゴリラには在宅ワークの概念を叩き込んだ。他の地域のギルドからの依頼をこのギルドを通して受けられるようにルールを整備させた。どことも知れぬ土地に行ってあるかも分からない依頼を探す手間は省きたい。一般的な冒険者は旅を続け土地に居つかないことが多い。だからいろんな地域のギルドの依頼を自然とこなし、結果的に等級が上がる。だがこちらは限界集落出身の地域密着型パーティだ。修学旅行で初めて県外に出て電車を利用するレベルの農耕民族がホイホイと国を跨ぐなどありえないのである。その証拠に佑はボクのスキルで転移が可能になってからも旅をしようなどという発想には至っていない。せいぜいが旅行であり最終的にはこの街に帰っていつもの宿で寝こけている。必要になればボクが旅程を計画している。半日の旅路も満足に管理できない馬鹿に二度とプランを任せる気はない。葵の盾は既に核シェルターと化している。盾の範囲の拡縮も可能だ。大きな空間を用意させ必要な物をいれて縮小して持ち運ぶ。使用したいときは大きさを戻せばいい。必要な物だけを取り出すこともできる。もう盾とは呼べないと思っている。だが葵は盾を“ボクたちを守るためのもの”と認識しているらしく、それに必要な機能や物品は盾に含まれるらしい。説明させても最終的には「ていっ」で済まされてしまう。「やれると思ったからやりました」というサイコパス犯罪者のような顔になったので何も分からなかった。
ゴリラが周囲の冒険者からも労りの目で見られるようになってきた頃から、冒険者たちも気さくに話してくれるようになった。小物狩りなど他の冒険者の食い扶持を荒らさずに大型のモンスターを狩るボクたちが自分たちの安全に寄与することに今頃気づいたか、さすがにボクたちに難癖をつけるような見込みのない愚か者どもだな。視野が狭くてこちらが苦労するよ。報復としてギルド内ではたまに2匹の野生動物を放し飼いにした。子猫に擬態したクロヒョウに貴重な女性冒険者の目が奪われたり、突飛な行動をする馬鹿に引き回されたりしていた。いい気味だ。
馬鹿はいつの間にかかつて自分に喧嘩を吹っ掛けた子悪党の性根を叩き直し子飼いにしていたり、クロヒョウは嫉妬した男性冒険者に脅され子猫のようにみぃみぃ鳴いていたところを激怒したゴリラに救出されていた。クロヒョウよ、キミが素手で石橋を叩き落とす膂力があることをボクたちは知っているからな。愚かな男性冒険者は実際に襲い掛かったなら四肢のいずれかは同じ運命をたどっただろう。命拾いしたな。貴様が恩を感じるべきなのはゴリラを止めた黒猫ではない。だまされている哀れなゴリラの方だぞ。
基本的に討伐や特定の場所にある貴重な動植物の採取などの達成が容易な依頼を受け続けた。依頼を読むのは葵やゴリラ、決めるのはボクの役割だ。馬鹿は10秒以上自分の理解を超える話を聞いていることができない。それ以上は寝るか他のことをしている。
「ダンジョン探索行ってみね?!なんかお宝とか、誰も行ったことのない場所に行くってろまん?だよなあ」
そろそろバレるとは思っていたのだ。ボクは佑の横で絶対にボクと目を合わせない元子悪党を睨んだ。お前だな。しかるのちに相応しい報いを受けさせてやろう。
「いい?探索なんて何があるか、何が潜んでいるか分からないんだぞ。知ったかぶった言葉で語られても響かないし、リスクの割にリターンが少ない」
考えなしに事業拡大して首が回らなくなるタイプの馬鹿は思いついていない。未踏の地はさぞ夢を誘うだろう。しかし古今東西、地図にない土地に踏み込むのは命がけの大事業だ。国が傾くレベルの損害を出した例もある。命の軽い冒険者にそれを肩代わりさせれば依頼者は大怪我をせず利益だけ享受できるというローリスクハイリターンな罠だ。野生動物2匹を皿に乗せて肥えた豚に供してやる気はない。
「だあいじょぶだって。ダメならすっとんで帰ってこれるだろ?できなかったら一緒に謝りに行ってやるよ」
失敗してもボクが何とかするだろうことをまるで疑っていない。馬鹿面を晒しているが、その場合はキミが主犯格だぞ。ボクは強要されて仕方なくやるのであって、教唆程度の罪だ。情状酌量で執行猶予をもぎ取るのだ。塀の中に送られるのはキミだけだ。
「いらいぬしはカートさん。きかんゆうせんでせいかはふもんにする」
もう一人の犯罪者が何かを言っている。数ある探索依頼の中でこの木札を何故か一番に読み上げてやったに違いない。「張り切った子が新しいことに挑戦しようというのです。見守ってお手伝いをしてあげましょう」のポーズをして依頼者を被害者に仕立て上げる計画を練っている。ボクは知らなかったことにする。塀の中には2匹でお入り。
最近この街の富裕層にはフルーツポンチなるものが流行しているらしい。文明人のボクは、それが缶詰に詰まっているか、様々な不思議なフルーツを贅沢に白砂糖で漬けたものだという知恵がある。この世界で採れないフルーツと高品質の白砂糖はカートさんの商会でしか入手できず、独占販売状態で価値が吊り上がっている。妙なことがあるものだ。ボクは絶対に知らないからな。猛獣同士で勝手に手を取り合い食い合っていろ。
無心でダンジョンへのルートと携行物、必要期間と経費を計算する。
距離は転移を繰り返せばいい。物は盾に備えればいい。期間は長く、怪しまれないようにいい感じの中間地点の町で宿泊しよう。3食付き風呂トイレ込みでちょっとお高めの宿にしよう。そして必要経費として請求する。クロヒョウの被害を最低限にしてやる見返りとしては足りないくらいじゃないだろうか。こいつを野放しにすると利益どころか脳みそまで啜ろうとするんだぞ。これは正当な権利だ。
葵の盾でスニークし、視界の限りの転移を繰り返す。中間地点の町の近くで狩りをしながら時間を潰し、予定通りの日付で町に入り風呂に入る。それを3回ほど繰り返してダンジョンのある山の麓に着いた。ダンジョンの入り口は山腹にあり地下へと続く。命知らずは飛び込み帰って来ず、慎重者は近づかない。内部は全くの未知。馬鹿にはブルーオーシャンに見えるだろうがよく見ろ。広がっているのは暗闇だけだぞ。懐中電灯で照らし周囲を探りながら潜っていく。
「うえー、なんか冷えてきた。ホッカイロ持ってきて良かったなあ」
「結構進んだね。普通の洞窟ならこんなに冷えないと思うんだけど」
「ダンジョンだからな」
ボクたちの周りから温風が湧いて、空間ごとあたたかくなる。葵を見る。何故か自慢げな顔をしている。おい馬鹿を甘やかすんじゃない。
佑の体感では地下20メートル。持ってきたクロッキー帖に地図を書きながら進んでいる。そうでないと、馬鹿は野生の勘を頼りにどんどん進んでいってしまう。自分だけに分かる地図を自分の中に作り上げる。任せておけばどこまで行っても帰還はできるのだが、いかんせん地図は頭の中にしかない。説明も作図もできない。後から続く者のことなどお構いなしだ。それでは探索の意味がない。
冷たい壁にはたまに切れ込みが入っていて、文字のようにもピクトグラムのようにも見える。葵はそれを一つずつ手でなぞっていく。何もない空中を向いてどこを見ているのか分からない顔をしている。頷きだしたら内容を聞いてみよう。葵は壁を辿って身を乗り出して、
「それ以上行くな!」
制止の声に振り向きながら突然現れた穴に落下した。
ボクたち2人を盾が覆う。最低限の携行品が辺りに散らばった。穴の底に何かが落ちた音がする。水を撒いたような音もあった。底をライトで照らしたが、壁に光が飲み込まれるようで壁の照り返しが無い。光は葵のところまでは届かなかった。
「ふたりともだいじょうぶ?」
「それはこっちのセリフだ!どのくらい落ちた?!上がってこれそうか?」
「4人ぶんくらい。いけそう」
少し遠いが暢気な声が返ってくる。しばらくするとずり、ずり、と這い上がる音がする。掴まるようなところは無かったが、野生動物なので爪や牙を立てて登っているんだろう。
穴からひょっこりと頭が出てくる。相変わらずどこを見ているのかわからない。肘を床に付き起点にして一気に這い出た。
左膝から下が赤くて、足首が反対を向いている。
「ふたりともだいじょうぶだね」
葵がどんな顔をしていたか、ボクは記憶していない。
佑は何も言わず葵を寝せて携行品から消毒液と固定のための金棒を取り出す。痛いぞ、とだけ声をかけて一気に消毒と足首の位置の補正をし、固定を行った。いつもうるさい馬鹿は、肝心な時には寡黙になる。葵は呻いたりも身じろぎもせずにされるがままだった。
「翔、帰るぞ」
転移を繰り返して帰る。そう言われているのは分かった。
野山では絶対的に従うべき声音だ。この声を聞くと手足が冷える。雪山で眠りそうになった時の記憶が引き出されるからだ。すべきことをしろ。
だが、今は頭の中が熱い。
もちろんボクたちはこの洞窟に入る前から盾を張って移動している。寒いと言ったら暖房が効いたし、空気だって清浄なままだ。
こいつは盾のことを、「ふたりをまもるもの」と捉えている。
穴に落ちる前に盾は張りなおされた。ここから帰還するのに必要な物資はそこから出てきた。盾は自立する。製作者の意思に応じて、意識の有無に関係なく。「ふたりをまもる」ために必要で、自分が死んでも維持される盾を、
自分を除いて張ったのだ。
ふざけるな。馬鹿だとは思っていたけど、そんな愚か者ではなかったはずだ。




