07.休日の過ごし方
ボクたちのパーティは完全週休2日制を導入している。
狩りでの報酬のほかに調味料の納品で一定の収入もあるので金には困っていない。安定した収入と余裕のある休日設定、それに子ども3人のパーティなせいで冒険者ギルドで難癖をつけられることもあるが、殺人級の人相の悪さを誇るゴリラが仲裁に入るため考えの浅い低能集団は引っ込んでいく。低能どもめ、ゴリラには感謝しろよ。それ以上の口を利いていたらボクが理路整然とお前たちの欠点を挙げて精神を削り冒険者を廃業させているところだぞ。馬鹿どもを馬鹿にして学ばせるのは同郷の文明人たるボクの仕事だ。見当違いの茶々を入れてゆがませないでほしい。喧嘩を高値で買おうと飛びつこうとする馬鹿の首根っこを掴み、どこをみているのか分からない顔をしだしたアホの子を牽制しながらそう思う。ボクはこの2匹の野生生物をいつでも解き放つことができるんだぞ。
等級の昇格も一旦落ち着いた。今日は久々に散財してもよかろうと外食することにした。馬鹿が、
「酒場!酒場ってなんかこう、人がワーッてしてごちゃごちゃしてるの行ってみてえええ」
「はかば」
「酒が出てくるから酒場、な!音楽とかうめーもんとかあるぞー」
と勝手にテンションを上げて落ち着かなくなってしまっているからだ。馬鹿は限界集落の集会所での酒盛りの知識で喋っている。何かにつけ集まり酒を呑み騒ぎ、周囲に人家がないからといって大音量で音楽を流したりカラオケをして踊り出す者まで出てくる。ちなみに治外法権制度が敷かれるためボクらでもお酒が飲める。ボクはどうも酒を呑めない側の人間らしく口元に運ぶと臭いだけでダウンした。脳みそをアルコール漬けにすることに無上の喜びを感じる大人たちは酒が勿体ないと嘆き、それ以来ボクに酒が注がれることはなかった。馬鹿は場の雰囲気だけで酔うのであえて飲酒をさせる者はいない。好きな人が好きなように呑んで好きなように騒ぐのは、あの限界集落の美点だとは思っている。壁際で好きに馬鹿騒ぎを観察していても無理に輪に入れることはしない。そういう距離の保ち方はちょっと普通の田舎とは違うような気はしているが好ましいのでいい。
そんな、治外法権の中でも社会的規範をを保つ特殊な環境を想定している馬鹿はアホの子をデビューさせてやろうと意気込んでいる。だが悲しいかな。この法律があるらしい異世界は順当に治外法権が存在し、それは平民の酒場だった。噂や評判を集めたためボクはそこが善人も悪人もごった返し好きなことをやる場所であると知っている。馬鹿はやっぱりケガをしないと学ばない。そこは知識を得て経験に替えるボクの領域ではない、野山でのキミの勘を活かすような場なんだぞ。想定が甘い。
言って聞く馬鹿ではないので、ゴリラことスタックさんを巻き込むことにした。スタックさんは酒場に行くことをギルドでの発表会で披露すると、ボク以外の2匹を見て神妙な顔をして同行を申し出てくれた。付き添いとギルドでの仲裁の分、一晩自由に飲み食いするくらいの報酬は払ってやろう。なんならオネーチャンとかオモチカエリしてもいいぞ。その人相についていくような人間の女性がいたらの話だけど。
この国一番の触れ込みの酒場はデカかった。3階建ての建物が輪を描いて生えている。その中は中央に向けて屋台が乱立し、大規模なフードコートの様相だった。馬鹿は次から次へと目移りして片っ端から試そうと走り出そうとするため羽交い絞めにしておく。人でごった返しており盛況だが、明かりの届かない暗がりも多い。そこに何が潜んでいるか知れない。屋台の近くは比較的明るく不逞な輩が少なかった。その部分に席を取る。殺人ゴリラが近づくと人波が引き簡単に席が確保できた。
「目の届かねえとこには行くなよ」
ゴリラは行きがけの屋台で購入した酒とつまみで一杯やりだす。
「おおスタック、今日も子守りかよお」
「うっせえなあ。それともこいつらを好きにさせてやろうか?」
「冗談きついぜ、酒が不味くなんだろうがよお」
既にべろんべろんの酔っ払いがギャハギャハと内輪ノリで騒いでいる。ゴリラには適当に金を渡して好きにさせておいた。周りに酒を奢ったらしい。まあ必要経費に数えてやろう。更に酒が呑めることに気を良くしたらしい。ボクらは周りから背中を乱暴に叩かれたり酒臭い息を吹き付けられたりした。ばっちいな。佑は名も知らない小男と肩を組み、葵はどこをみているのか分からない顔をしている。二匹に変な体験をさせるんじゃない。
佑はいろんな屋台から少しずつ購入したものを齧りながら歩く。スープをお猪口一杯分だったり焼き物をひとかけらだったりするので、屋台の出し物の最低単位を下回っていることは確かだ。そこはうまく掛け合って出してもらっている。キミそういう才能はあるもんな。経営的な才能は皆無なので値切りはボクがやらないといけないんだけどな。時々おススメ!といいながら多めに購入しボクと葵に振る舞う。それに間違いがないのをボクは知っているので好きにさせた。
「葵、何か食べれないものがあったらちゃんと言うんだよ」
「ない」
そういやこの子生の脳みそ啜ろうとしていたな。ボクがしっかりと食育に励もう。凶暴なゴリラといたらそのうち人肉の味を覚えてしまうかもしれない。それは絶対に阻止する。今のうちに人工の飼料での生活に慣らしていこう。
「これうめー!ってのあったら教えてくれなー」
「ない。ちがう。ぜんぶ」
「どっちだよお」
「3人でたべるのぜんぶ」
佑は悩み出した。キミ程度の頭では悩んだところで答えは出ないぞ、可哀そうに。
「3人で食べれば何でもおいしい、でしょ」
「それ」
「…そっか」
馬鹿がアホの子の頭を撫でている。もしかしてキミは今頃気づいたのか。この子はボクらと居れれば何でもいいんだぞ。馬鹿はその程度の常識を知るのにも時間と手間がかかって大変だな。
グルメツアーを終えデザートを調達して席に戻った。佑は何か分からない乾物が練りこまれていたり肉が挟まっていたりするパンを両手に抱えている。ボクは生き物の形に細工がされた飴を買い、葵にはその隣でやっていた綿あめを買い与えた。野生動物ゆえ文明的な熱加工された砂糖菓子の食べ方を知らず顔ごと突っ込みべたべたになってしまった。佑が笑い転げている。それを見て、葵のどこをみているのか分からない顔は何も考えていなさそうな笑顔になった。濡れタオルを用意して毛づくろいをしてやる。笑い転げている馬鹿よ、キミが科学の受業で綿あめを作った時に全く同じ失敗をしたことをボクは知っているからな。
スタックさんの周囲には相変わらず人が寄り付かない。ゆっくりできていい。2匹が餌に齧り付いている間に、用事を済ませることにした。
「スタックさん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「何だ。次に破壊する相場の相談か?」
「それはこの2匹に聞いてください」
冤罪だ。ボクは至って常識的に活動している。
「ほかの人って、特技、みたいなのはあるのかなって思って」
「そりゃあ冒険者として身をたてようってならウリはあるだろうさ」
「そういうのじゃなくて。自然にはできないことができるみたいな」
今でも葵の薦めに従って模様とスキルの内容は隠している。それを公開し付け入る隙を見せるつもりはなかった。馬鹿は語彙が少ないのでスキルについて説明することができない。だからスキルのことはまだ漏れていない。
冒険者を続けて1か月、ボクは周囲の冒険者についての情報を集めていた。できることできないこと、常識、制度。そしてスキルのこと。メリットの裏にはデメリットもあるだろう。先人の知恵や失敗談があれば参考にしたかった。
結果からいうと、何もなかった。
剣の達人も弓の名手もいた。罠師やキノコ採りの名人も。
だがスキルについての情報は一切ない。秘密にしている様子もなかった。だから、きっとこれは普通の異世界人には備わっていないものなんだと思わざるを得なかった。知らない誰かに漏らして自分たちが異端だと吹聴する愚か者にはならなかった。
「お前らには、あるのか」
この男は顔の割に情に篤い人間だ。ギルドには職員が担当する冒険者に対する守秘義務もあった。
「ボクにはあります」
危険な橋を渡るなら、一人でいいと思った。馬鹿に知られたら怒られるだろう。そしてボクはまた落ち込むだろう。馬鹿に説教されるのは馬鹿よりも劣っているようですごくつらい。それが正当な理由で、馬鹿が同じことをしたら自分も怒るだろうことなら身に染みてつらい。
「ぼくにもあるよ」
葵の声がした。おい秘密にするのを勧めたのはキミだろ。リスク管理はちゃんとできる子だと評価していたのに、帳消しにするつもりか。やっぱりアホだな。
スタックさんは天を仰ぎ、ものすごーく渋い顔になって、
「誰かに言うのはやめておけ。俺に話したのは、まあ正解ってことにしておいてやる。親には同じような特技はあったか?」
「このよでは、もう分からないことです」
隣を見ると葵は儚げに笑い俯いている。「自分も知りたいことでしたが、それは自分の預かり知らぬことです」のポーズだ。今回のクロヒョウはちゃんと耳を隠している。いいぞ。
「そうか」
ゴリラは親を失いながらも兄弟の面倒を抱えて健気に旅をする子猫を見るような目で葵を見て、それ以上は追及しなかった。まあこの世界に親はいないな、この世界には。
「人間とは違う種族の話を聞いたことがある。生まれ持っての異能がある奴らの話だ」
「どんな人達なんですか?」
「魔族。地の果てにいて、人間の国とは、まあ理由がないから敵対はしねえってくらいの間柄だ。魔族は人間の国にも身を潜めているって話だが、大抵は気味悪がられ爪弾きにされる。呪いだの祟りだのを操るってんでな。普通の人間にとっちゃおとぎ話の住人だ」
魔族は魔法を使い、自然を操る。実は人間にも魔法は使えるらしいが、人間はモンスターからとれる魔石を集めて魔力を捻出して行使するのに対して、魔族は生まれながらに魔力を持って魔法を使えるらしい。人間は化石燃料を使って動力を得る、魔族は内燃機関でエネルギー供給して動力を得るような感じかな。自分たちの中にそんな仕組みがあるなんて、特撮映画のキャラクターになったような気分だ。しかしこの国の主役は人間なので、どうあってもボクたちは怪獣側に配役される。そりゃそうだよな。ボクだって隣の野生生物が人知の及ばない力を内包していることが分かってしまってちょっと焦ったもの。それを活かす知能のない馬鹿とボクらといられればそれでいいアホの子で良かったな。悪意無く蹂躙される危険はあったんだけどな、この国はボクによって救われたぞ。ちょっとくらい暴利を貪っても許せよ。
「どうすればあえるんですか」
葵が「手段がないと思い手放した希望のかけらを見つけたような心地がします」のポーズでゴリラへ縋る。ゴリラは悲しそうに答えた。
「ギルドとしての手段はある。職員としては今の等級のお前らには話せん。が、等級が上がれば話せることもある」
魔族との交易手段があることも守秘義務の中に含まれているかは曖昧なところなんだろう。子猫の顔に免じて目を瞑ってくれたのかもしれない。精製魔石を冒険者ギルドが高い価値をつけて引き取ったことから、魔族が魔石を精製して交易品として提供しているのではないかと思う。だからギルドは精製魔石を本物と見抜く鑑定技術があって、保証を受けた精製魔石は高値を付けられる。もしかしたら、ボクたちが精製魔石を持ち込んだのってすごい怪しいことだったかも。出所不明にしておいて良かった。しかし葵ができるならボクも精製魔石を作れるってことだろうか。銅を金に変えられる錬金術を使えるかもしれない。少しワクワクして葵に作り方を教えてもらうことを想像し、「ていっ」で済まされた説明を思い出し、諦めた。どうせ葵はやらせればあるだけやるのだ。ボクは3次産業でホワイトカラーな業務をしよう。
これからの目標は魔族との交流手段を知るために等級を上げることだな。
馬鹿は全くこちらの話を聞いておらず、場酔いして酔っ払いどもと盆踊りをはじめていた。琴や太鼓の音楽に乗って酔っ払いどもが輪になって盛り上がっている。単純な振り付けだからすぐに踊れるようになるのだ。夏祭りと称して全く知らない状態で馬鹿に連れ込まれたから知っている。調子を合わせて輪に加わっているうちに皆との一体感が得られる感じがして、見よう見まねでなんとなく踊れるようになるのだ。一種の憑依体験に近い。
しかしどう見てもここは異世界で、社会的動物たる人間は異世界の習俗をいたずらに持ち込もうとはしない。それをどうして。受け入れている周囲も大概だ。器用に合いの手を入れるんじゃない。キミはどうして野放しにするとそういうことになるんだ。満面の笑みで腕を引かれる。せめて酒で酔っていてくれよ。
馬鹿とゴリラとクロヒョウのあとに続いて踊る。百鬼夜行かここは。酔っ払いに囲まれながら嘆く。正気の人間はボクしかいない。正気を失いそうになりながら願った。
大人になったら酒が吞めるようになりたい。