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06.ハンティング

そろそろ頃合いだと思ったのだ。

馬鹿が依頼ボードの上の方から取った木札を掲げている。キミは長時間同じ作業を続けるのは到底無理だったな。集中力が途切れ注意散漫になり遅々として進まなくなってしまう。今なら分かる。短期決戦の狩猟に特化した野生生物だからだろう。


「こいつ見っけてみようぜ!」


討伐依頼は常時ボードに張り付けておいて、狩ったあとの事後報告制だ。ボクたちにとってはほんの3週間前に教えられた基本的な説明だった。馬鹿だから忘れてしまったんだろうな。


「やせいのコウモリいのしし。どうくつや自分でほったあなにすみつく。きばにどくがある。にんげんの血がすき。よくたびびとが夜におそわれる」


「バリバリの危険生物じゃないか。やめ。中止。返してらっしゃい」


「でもさあ。最近道で会ったおっちゃんがさ、ケガして引き返してきたんだよ。こいつにやられたって。おっちゃんさ、近くの村の出で、利益も出ねーのに寄ってさ」


 佑は木札のイノシシを睨みながら零した。くそ。もう心は決まってるんだろ。知ってるよ。止めても止まる馬鹿じゃないし、そんなのを知らない振りができるほど利口じゃない。ちょっとした村への小旅行だと思えばいいんだろ。


「全員分の荷造りと荷物運びはキミの担当だからね。荷物が増えても手伝わない。それと少しでも危なければどんな状況だろうと転移でさっさと逃げる」


「まかせとけ!」


 葵はどこをみているのかよく分からない顔をしていた。こいつはこういう生物なんだ。早く慣れた方がいいぞ。




 こいつに任せるんじゃなかった。


 大きく膨れ上がった荷車を見て後悔した。この馬鹿はおっちゃんとやらに会いに行き、村で必要な物を聞き出してきた。そういうことならと荷車を貸してもらいあれよあれよと大荷物になった。そこまではよくないが仕方ないのでもういい。


「これは」


「花火!いやーこの世界にも探せばあんだな。ちょっと高かったけど」


「いくら」


「忘れた!金は足りた」


キミの牧場は親父さんの代で廃業にしろ。絶対に破産する。ギルドの登録証だけで買い物ができたのならそこまで大きな金額ではないと信じたい。


「ネズミ?ロケット?」


「打ち上げと手持ちだぞー」


 早々に線香花火を披露しなかったのはボクの痛恨のミスだ。葵は完全に奴に取り込まれてしまった。返品は諦めた。ポーズじゃない「はじめて!」の顔の輝きを見て返品を言い出すほど無神経にはなれなかった。





 ガラガラと車輪が回る。舗装されていない道を進む。おっちゃんの村には徒歩で半日かかる。大人の男で半日なので、子ども3人が気ままに進むとして日暮れまでにはつくだろう。ろくな店もない限界集落には宿泊施設など期待していない。宿泊セットを主に佑に持たせた。


 日中は見慣れない草花があるほかはほとんどウチの限界集落の農道と変わらない。最近は晴れが多くて良かった。ぬかるみでもしていたら一日ではとうてい村に辿り着けなかっただろう。人は足首まで泥に嵌ると一歩がとてつもなく重くなるのだ。


 日が傾き、夕暮れの気配が近づくころ。草むらや木の枝が風もないのに揺れるようになってきた。夜行生物の活動時間が近づいてきている。人の生活の範囲外で迎える日暮れは心もとない。


「翔」


 この声には従うべきだ。


「葵、盾。泥を掻いた跡が新しい。近くにいる」


 葵の盾はボクたちの上下左右を覆う。全てから守ってくれる。

 なのに。

 こちらを伺っている。息遣いが聞こえる。

 こちらの命を奪おうとしている敵がいる。それがどうしても恐ろしかった。



 右から重い足音が近づいてくる。

 大人の胸元まで届くくらい大きい黒い生き物がボクたちに向かって飛び込んだ。黒い塊は盾に阻まれ届かない。盾の壁面に泥がこびりつく。獣臭い。ツンと鼻の奥に刺さる臭いは毒のものだろうか。塊は盾の周りを回る。体を擦り付けて自分の臭いをマーキングしている。こいつは自分の獲物だと、逃がしはしないと言っている。佑が目線を外さないようにして警戒する。


 日が暮れていく。コウモリイノシシの脳みそは頭部にあるのだろうか。持久戦になれば人間は不利だ。ボクは闇で的を視認できなくなるし佑もあてずっぽうに剣を振るうしかない。なにより今日は歩き詰めだ。葵の盾がどれだけ維持できるか分からない。疲れから意識を失ってしまったら、転移で離脱するしかない。問題は視認できない転移先に物があれば、最悪石などにめり込んで身動きが取れなくなる可能性もあることだ。張り詰めた空気が肌に刺さる。


「きょうはここにとまるの?」


暢気な声が聞こえてきた。できれば聞き間違いであってほしい。葵が温室育ちの黒猫の顔で、今日はここでお休みかな?と首をかしげている。旅人が夜に襲われるって言ったのはキミだろ。完全にゴリラの受け売りだろうけど。そんな子猫の顔をしている場合じゃない。今こそ野生の血を開放する時だぞ。


「このままじゃジリ貧でしょ」


「でも、あの」


あれこの顔見たことあるな。具体的には競りの夜に。「そういえば、お話しするのを失念しておりました」のポーズだ。


「このたてなくならない」


 佑から空気が抜ける音がした。人ってあんなアホみたいな顔ができるんだな。すごい。ああはなりたくない。





盾の中で獣寄せの香を焚く。いつの間にか使用者の意識状態に左右されずに維持ができ、冷暖房換気機能完備へアップグレードしていた盾は煙が篭もらない。どうせほかのモンスターはイノシシに気おされて近づかない。香を焚いたのはイノシシが離れていかないようにするためだけだ。奴は完全にボクらをロックオンして盾の周りをずりずりと這いまわっている。血を啜る豚の近縁種がこちらを害する術がないと分かると慈しみの心が湧いた。お前も生きるのに必死なだけだよな。弱いサルを狩って腹を満たしていたんだろう。でもそのサルは知恵という武器を持ち発展した人間だ。お前は間違えてしまったんだよ。


「葵、オレの周りに盾出して、剣だけ出すことってできるか」


「できる」


 盾の中の佑を更に盾が覆う。盾同士が触れ合ったら対消滅とかしないだろうな。杞憂だったようで、佑が盾から出ると泡から泡が押し出されるようにして一人分の盾になっていた。


「動いてもへーき?」


「へーき」


 佑は全力の半分程度の速さで動く。徐々に速さを増していく。盾は佑から一定の距離を保ち離れない。ボクが仕留める方が恐らく手間がかからない。が、これはあいつが拾ってきた面倒だ。あいつが苦労すればいい。


「真空切り!」


自分が決めた技名すら覚えていられない馬鹿はイノシシに横から突っ込んだ。剣が首元に呑まれていく。イノシシは頸動脈で仕留める。そういう定石だけはキミは間違えないんだよな。


 イノシシの首が落ち、体が横に倒れた。


 荷車にイノシシが追加された。佑は泣いていた。葵はリュックを持ってやっている。情けをかけるな。ボクは出発前に全て忠告して了承を得ていたので一つも持ってやらなかった。計画性がないと泣きを見るんだ。馬鹿は苦労しないと学びを得られなくて大変だな。


 村に着いたのは日がとっぷりとくれた後のことだった。辺りは暗く、もうどこが道かも分からない。足の底が土を踏む感触と人家からわずかに漏れている明かりをたよりに進む。


 一番大きな家を訪ねる。最初は気のせいと思われていたようだ。だって限界集落で夜中に人が人を訪ねることなんてあるわけがない。馬鹿が大声を出すとさすがに気づいてくれたようだ。人声がふっと鎮まる。ド田舎で夜の訪問は危急の知らせだ。まあ馬鹿がその間に少ない語彙を尽くして説明しているから大丈夫だろう。


 最終的にはおっちゃんの名前が功を奏した。よそ者から家中を隠すように立っていた家主は村の出身者兼唯一の商い人の名前を聞くなり相好を崩し、手紙を読んで破顔した。ここはおっちゃんの生家だった。


「何もないところだが、入ってゆっくりしておいで」


「荷物もあんだ。けっこーでかい!食いもんは別にここって頼まれててさ。家に入れてもいーか?残りは倉庫に突っ込んで明日みんなのとこ持ってく!」


「まずは入って、休みなさい。空いている部屋で泊るといい。この村には宿も無くてね」


「こんな夜分に申し訳ありません。助かります」


 老夫婦とその息子夫婦の4人暮らしにしては大きな家だった。4人兄弟は長男を残して村を出てしまったらしい。


「なあじーさん、ちょっと外借りてもいいか?」


「構わないが、真っ暗だよ」


「だからだよ、花火あんだ!」


 家主は快く家の正面を貸してくれ、周囲の家にも声をかけてくれた。大きなろうそくを何本か灯す。周りが少しだけ明るくなる。近くの家々から子どもが5人出てきた。


「お前らの分もあんぞー!」


おいだからあんな大荷物になったのかよ。子どもはわっと佑に群がる。


「花火ってなに!」


「よくわかんないけどくれ!」


「あたしもやるー」


「まずはやり方みせっから!離れろー!!」


「きゃー鬼だー」


仕方ないな。限界集落でこんなに子どもがいるなんて奇跡だからな。ボクは現実の集落の方が子どもが少ない事実に落胆しているけれど、馬鹿はみんなでわいわいやれる今が楽しくて仕方ないのだろう。ろうそくの火が消えないように体で風から守ってやるか。葵を見ると、やっぱりどこを見ているのか分からない顔をしていた。


「行きなよ。花火、初めてなんでしょ」


「うん」


「あれは後先考えてないよ。無くなっちゃう」


「3人でするの、はじめてがよかった」




 どういう顔をしていいか分からない顔だった。




「3人がよかった」


どうしてもどこにいても、誰といてもそぐわない奴だ。きっとこいつはウチに居つくことはない。遠からず出ていくんだろう。だから好きになれない。

今だって、拗ねたような顔を選んでおけば少しはかわいげがあった。「あなたたちだけに傍にいてほしいです」というポーズが正解だ。それができないからキミはそんなんなんだぞ。


現実(あっち)に線香花火。あるじゃないか」


「そうか。そうだね」



 キミの教育のために購入したんだ。やるのは当然だろ。

 あの限界集落には、子どもなんて3人しかいないのだから。






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