05.クッキークリッカー
冒険とは。
命の危険を冒し、険しい道行きを乗り越え未知を踏破する。
そのようなものだったはずだ。だからこれは冒険ではない。
盾の安全圏で獲物を無心に捌いていく。
こんなもの、作業だ。別に夢を抱いていた訳でも命を投げ出したかった訳でもない。でも冒険者と名乗り中世的な異世界に来たのなら情緒ってものがあるだろ。家で一人でソリティアやマインスイーパに没頭している気分だ。牧畜に特化した種が身近にあった文明人のボクには自分の狩っているモンスターが食用になるなどという考えは持てない。ただギルドに預けた金が溜まっていくことを心の支えとしている。
野生動物どもは毒がなければ焼いたら何でも食えると思っている。ついに昆虫の足を頬張り「カニみてーでサイコーにうまい」などと理解できない言語を喋っている。葵はどこをみているのか分からない顔をして生で桃太郎生物の脳みそを啜ろうとしていたのではたいて止めた。学ぶ先は選んでほしい。あの野生児から守らねばならぬ。実態がクロヒョウであったとしても周りに合わせる習性を利用すれば、せめて室内でキャットフードを食す程度には飼いならせるはずだ。
3週間ギルドに通い、等級は3つ上がった。ちなみに完全週休2日制だ。毎日スタックことゴリラさんと面談をしている。馬鹿が感覚でものを喋るせいで完全に学習発表会のような、日々の頑張りを保護者に伝えるほほえましい雰囲気だ。周囲のスタッフも完全にやる気いっぱい駆け出し冒険者を見守る会と化している。あのどんな環境でも自分のペースに引き込む能力は天与の才能だ。お前が優勝でいいからボクが同類に見られないようにしてくれ。葵は早々に「やる気があることはいいことです。今はやりたいようにやらせておきましょう」のポーズをとり後方へ距離を取って、脳みそを啜ろうとした生物と同一個体とは思えないほど上品に微笑んでいた。やっぱり信じられるものは増えていく残高だけだな。
最近は追跡も受けなくなった。それが等級が上がったことによるものか、盾によるスニーク能力のせいか、はたまたボクたちがスキルによる転移ができるようになったおかげなのかは分からない。転移ができるようになってからは定期的に洞窟に戻り調味料の納品を行っている。時々心づけとしてこちらでは珍しい干し魚やフルーツなども添えているせいか、特にカートさんからはクレームが来ていない。万一クレームがついたとしてもクロヒョウはまだ牙も爪も見せていないような気がするので大丈夫だろう。最悪盾で安全を確保して現実に帰ってしまえばいい。
この裏で葵がカートさんのお宅に何度か拉致されていますが、本人的にはさして重要事項でもなかったので報告していません。
なお、同時にこの国の経済は深刻な衝撃を受けましたが、同じように重要事項ではなかったのでスルーされました。