04.RTA
ここ一週間で出店が好調だったのでだいぶ記憶が薄れていたがボクたちは冒険者だった。ボクはあのまま街中で手堅く出店で稼ぎたかった。醤油の独占販売に抵触するので泣く泣く職探しをする羽目になっている。
ギルドに行き、依頼の木札がかけられているボードを見上げる。文字は分からないがイラストが添えてあって、モンスターの討伐や採集、街や近隣での肉体労働を表していそう。細かい内容や報酬は文字で書きつけられていて、ほとんどの冒険者は木札を取り窓口で聞いている。ボクたちはギルドでの訓練と称しこの世界の常識を叩き込まれたらしい葵に説明してもらう。
「モンスター討伐とかカッコいいよなあ」
「とうばつはたいしょうのいちぶを切りとってしょうめいする。ほうしゅうはそのときによる。ここになんいどと切りとるぶいとほうしゅうがかいてて、これはとうばつ後のしんこくせい。にんむにするとむりをしてぼうけんしゃのけがが多くなるから」
「狩れなかったら保証もないってことでしょ。またウサギ狩りでいいじゃない」
「なんかもっと大物狩りてーじゃん。探索とかはねーの?ダンジョンとか」
「じつ力におうじてギルドから直せつだしんされる」
ギルドには実績に応じて等級が与えられる。ボクたちは等級すらない仮登録の身分だ。一定の労働時間や作業量、達成義務が生じる労働や採集の依頼は最低の等級しか受けることはできない。それも達成できない時は仮登録も抹消される可能性がある。といっても最低等級の任務なんて荷運びやドブ攫い、ちょっとした薬草の採集などの子供のお手伝い程度に設定されている。真面目にやればまず失敗のない内容ではある。ボクたちよりも小さい子が木札を取って窓口に向かっていることもあった。小さい子供でも取れるように、等級の低い任務はボードの下の方に掛けているようだ。上に行くにつれ等級が上がっていくのだろう。上の方の木札のモンスターは爪や牙が描かれていかにも危なげだ。おい馬鹿、キラキラした目で一番上の札を見るんじゃない。隣の馬鹿が「仕方ありませんね、そこまで言うなら方法を考えましょう」って顔をしているんだよ。本当にやめろ。
「葵は討伐対象とか部位は訓練で聞いた?」
「うん」
「じゃあ基本はウサギ狩り。佑の勘で狩れそうな奴がいて、それが獲物なら試しに狩る。ちょっとでもダメそうなら葵の盾に隠れてすぐに逃げるからね」
「まー知らねーやつ相手は無茶できんしな。それでいくか。大物いるといいな!」
「分かった」
そう言いながらボクはウサギ狩り以外はする気がない。葵で自分の退路を確保しつつ、野生動物を野に放つだけだ。危険があれば深追いはしない駄犬なので安心して放っておこう。
大通りを行き門を抜ける。門から出るのは簡単だ。最低限の見張りしかいない。時々人相が悪かったりする奴が止められて質問を受けているくらいだ。佑はなんだか変な顔をしているが、子供3人でうち2人が普通に見えるパーティーは門を素通りすることができた。もしもここがファンタジー的な魔法で中身の審査まであったならお前たち2人はあまりにも馬鹿だから止められていたことだろう。可哀そうに。
平原のかろうじて道と呼べる草の禿げたデコボコ道を通っていると、佑はますます不審な顔になっていった。
「辛気臭いね。どうしたの」
「なんかさー。こうさー。なんか変なんだよなあ」
ここは山ではない。だがボクはこいつの勘は信じることにしている。馬鹿だから言葉にできないだけで、危険察知能力は高い。
「カートさんのところの人だとおもう」
「説明」
「はい」
葵が言うにはボクたちが調味料を入手するルートを探るためにつけられている可能性がある。入手ルートが分かるまではボクたちを泳がせるだろうし、護衛として使えるので放っておいてもいいが、しばらくは鳥居のある洞窟には近づかない方がいい。おい「言うまでもないことだったから説明しませんでした」の顔をするな。人類の基準を自分に置くんじゃない。お前は絶対に人類の範囲外にいるから安心して何でも説明しろ。かろうじてお前が喋っている言語は分かるんだから。
「分かった」
後半は全て言葉になっていたらしい。何が分かっているかは分からなかった。言葉を尽くしても分かり合えないだろうが希望だけは言うことにしよう。
道を外れて森に入る。地面が掘れそうなところを探して大きめの落とし穴を掘る。葵が。佑は追い込みのための罠を巡らせる。ボクは近くで休憩できるように火を焚いた。持ち物は広げない。万が一があって逃げるときに置いて行くしかなくなるからだ。何かの動物がキィキィと鳴いている。ウサギであってくれ。
ギルドで購入した獣寄せの香に火を付けて落とし穴に放り込む。血や野菜の腐ったような臭いがする。ウサギが木の上の巣穴からムササビのように滑空してきて数匹穴に落ちる。盾を張って上から仕留める。穴の中にはモグラとミミズを合体させたような生物も横穴から出てきていた。仕留めるときにベチャ、と水っぽい音がしたのでそれ以上は視界に入れないようにした。
仕留めている最中も、木の上から顔は犬、手足はサルで尾羽がある生物が石を投げて攻撃してくる。盾で全て弾かれていた。その一人桃太郎生物の脳天を狙って投石する。ちゃんとスリングショットを使う振りをして脳内に石を移動した。レベルアップは続いているらしく、複数の物体をそれぞれの場所に移動させることができるようになっている。対象を一つに絞って大きさに特化させると子どもくらいの物体なら飛ばせる。途中からは佑に穴を任せて頭上の獲物に集中する。桃太郎生物や見たことのない鳥もいる。
だが虫がとにかく大きい。腕くらいのムカデ、頭大のクモ。できるだけ体液がでないように必死に倒した。捌くときも佑と葵は手袋をつけただけの手でそいつらにためらいもせず触れて手足をもいでいた。野生生物って逞しいな。石炭紀を謳歌する肉食動物たちはもいだ手足を火で炙りはじめる。ボクはそれが獣どもの口に入る前に弔いと称して土に埋めた。佑は香ばしくエビのような匂いがするそれを残念そうに見つめ、葵はどこをみているのか分からない顔をしていた。
かなりの数のモンスターを狩った。自分たちで持ち帰れるだけの量が溜まってしまった。まだ日は高いが、それ以上狩っても意味がないので帰ることにした。肉や骨は重いしかさばるので捨てる。討伐証明部位と毛皮や牙などの売却できる部分だけでもかなりの荷物になってしまった。森の外まで3人で手分けして持ち出す。草原に戻ってからはソリに乗せて佑が引いた。時々休憩をしながらゆっくりと門まで戻った。スキルの確認をしたら佑の剣は人間大の岩を両断でき、葵の盾はステルス機能が搭載されていた。ボクのスキルは数人の人間大のものを移動できるようになった。葵にじゃあそれで3人で移動できるね。と言われ馬鹿が馬鹿なことを言ってる…と聞き流そうとしたが、なんかできそうな気がしてしまった。スキルがもともと馬鹿だから仕方ないな。せめてうまく活用してやろう。
ギルドに戻ったのもまだ早い時間帯だった。冒険者はまばらで、窓口のスタッフも暇そうだった。さっさと獲物を査定に出して帰ろう。女性スタッフがいる窓口に行き獲物を並べた。お姉さんは笑顔で奥に引っ込み、ゴリラことスタックさんが出てきた。嫌な予感がする。葵が小首を傾げて「初めての狩りがこのような結果となりました。なにもわからず、お答えできません」のポーズになっているのが気のせいであってほしい。朝に念のために買い込んだ獣除けの香を今こそ焚きたかった。無念にもゴリラはボクたちの正面に座る。
「まあ一応聞いておくんだが」
「はい…」
「盗品じゃないよな」
「疑うなよなー。ちゃーんと仕留めてきたんだぜ。見ろよ、切り口が新鮮だろ」
「ちかって、やましいことはありません」
「俺はあってほしかったぞ」
スタックさんは元から悪い人相を更に悪くしている。どうしてこの野生生物たちは平気でいられるんだろう。
「初日で本登録どころか昇級だ、良かったな」
「待ってください。昇級ってお金がかかりますよね?」
「お前はお前でズレてるな」
確か等級が上がると登録料がかかり、年会費が上がるのだ。金銭に関わることなのでしっかり覚えておいた。一時的な出費は許容できるが維持費がかさむのは困る。
スタックさんによれば、ボクたちの獲物は数が多く等級も2つか3つほど上の物が含まれている。本登録が認められるどころか昇級の査定にかかることになるだろう。一定の実力があるパーティには特定のギルド職員が担当につくが、ボクらの場合はスタックさんが割り振られた。
「えー、おっさんじゃなくて女の人が良がんッッ」
馬鹿を机に伸しておいた。これ以上知性のない言葉を聞かなくて済むのだからゴリラはしっかり机を拭くくらいはしてもいい。
「獲物からして昇級は確実だ。本来ならもっと上の等級に申請できるところだが、前例があまりないから断っておく。悪目立ちは嫌だろう?」
心を込めてうなずいた。このゴリラに金を掴ませておいて本当に良かった。
「でも3つくらいは上げたほうがいいと思う」
葵が脈絡もなく主張する。ボクとスタックさんの目が合う。
「他にもなんかやってんだろ。吐け」
冤罪だ。隣の歩く爆発物と一緒にしないでほしい。
「しょうだんととりひきした。じつりょくとしんようのしょうめいがひつよう」
「おい、訳せ」
「ボクにだって分かりませんよ。初耳です」
曰く。カートさんから目をつけられているので、自分たちを襲っても返り討ちに合う可能性が高く採算が合わない、与えた任務は確実にこなすと信用させ、むしろ利用したほうが得になると思わせたい。そのためには熟練冒険者の等級までできるだけ早く上がり、今後も昇級する可能性を示す。おいクロヒョウ、ゴリラの前で擬態を解いていいのか。
「あー、まあ都合があるみてえだから考慮はする。一週間ごとに一つのペースなら速度も周囲も釣り合いが取れる。どうだ?」
「翔くん」
やめろ、「困りました」のポースで最終決定権をボクに投げるんじゃない。ゴリラもこっちを見るな。
僕は歯を食いしばりながらイエスと答えることしかできなかった。
量が多かったので獲物の査定額が出たのは翌日になってからだった。小金貨3枚。ウサギ串への換算はもう諦めている。内訳を見るとボクが無心になって狩った人類の敵どもが7割を占めていた。毒や罠を張る生態を持つため等級が高く設定されていると葵が事後説明する。早く言え。知らずに等級昇格リアルタイムアタックの主犯格にのし上がってしまった。闇バイトも真っ青だ。通りでゴリラとよく目が合うと思ったよ。