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03.交易シミュレーション(ハードモード)

 店には昨日と同じようにヤクザ店主が伸びていた。


「おおガキども。金目のものは持ってきたかよ」


「その前に。昨日の石はどうなったの?儲けが余分にでたら支払いの追加があるって言ったよね」


「ッチ、覚えてやがったか」


 舌打ちをして奥から封筒を持ってくる。2年前のボクなら怯えて辞退したあと文書で差し押さえただろうが、この態度が店主の通常営業であり文書を揃えるのが手間でしかない事に気づいてからは面と向かって請求している。


「いい金になったぜえ。ここでパアっと使っちまえ」


 なによりどうせ入った金はほとんどがこの店で使うことになる。どうあってもこの店は潤うのである。気兼ねなく取り立てるに限る。向こうの世界を快適にするべくマットや毛布、

衛生用品一式を購入した。そういえば。現実のものは向こうで売れるのだろうか。思い付きで調味料や缶詰、保存食を追加した。ダメなら宿で食べてしまえばいい。醤油がないのは地味に困っていたのである。


 異世界へ戻り、防寒着を脱ぐ。今日は葵も完全防備だったので同じようにしている。

 門へ行くと夕食の準備には少し早い、昼の緩やかな時間帯だった。他の二人とは違い文明人のボクはちょっと足に来た。あまり遠出もしたくないので商人ギルドを探す。葵を迎えに行った際に冒険者ギルドで教えてもらったのだが、旅で得た獲物やお宝は冒険者ギルド。手に入れた商品を売るなら商人ギルドが管轄するらしい。精製魔石は家からの持ち出しということと貴重品であることから微妙なラインで、最初に持ち主が取引を持ちかけた方が優先される。冒険者ギルドとしては儲けものだったらしい。めんどくさいなあ。商人に伝手があれば個人間での取引をしてもいいらしいが、ギルドを介さない場合はぼったくられても保証は無い。


 商業ギルドは馬車のイラストを掲げていた。中に入り窓口に並ぶ。冒険者ギルドに比べて整然としている。新しいものを見ると目を輝かせて突進する馬鹿を椅子に押さえつけながら順番を待った。葵はまたどこを見ているのか分からない顔をして椅子に座っていた。

 売却の手順は冒険者ギルドと似たようなものだった。商業ギルドにも登録ができるらしい。とりあえず今回いくらで売れるかだ。継続的に売る必要があるなら佑以外の登録を考えよう。カモにご丁寧にネギを背負わせることはしない。売却にあたり、調味料や保存食などの使用方法や食べ方を説明した。砂糖や塩は分かってもらえたが、醤油や味噌、缶詰なんかは手ごたえが無い。こちらに全く無いものなので、説明だけでは分かってもらえないのだ。


「全く新しい商品となりますと、ギルドでは値段をつけることが少々難しいですね」


 つまりは二束三文で買い叩かれるということだ。それはちょっともったいない。はした金にするよりはボクらのお腹に収めた方がいくらかいい。


「何か新しいものをおひろめできるきかいはありませんか」


 葵が「あらあら、困りました」のポーズをせず顎に手を当てて「何か利を出せないか思案している」ポーズで質問する。ちょっと分かってきたが、こいつは意外と他人が求めるように振る舞う節がある。


「毎週第二日に競りがありまして、第一日までに参加料を支払いますと売り手としてご参加いただけます」


「かい手としてのさんかはゆうりょうですか」


「競りに参加される場合は購入額の一割を手数料としていただきます」


「一わりはうわのせですか」


「購入額に含まれております」


「わかりました。ちなみに、大どおりにでみせを出すばあいは、何かのギルドにきょかがひつようですか」


「平民の市のことでしたら…立つ市の入り口に手続き所があるとお聞きしていますが、商業ギルドでは関知しておりません」


「そうですか。僕からのしつもんはいじょうとなります。ありがとうございます」


 何か堂に入った質疑応答だったが、どこで覚えたんだその言葉遣いは。生徒会総会とかで聞いたことがあるような気がする。結局商業ギルドでは砂糖と塩、乾物を売却した。砂糖が高く売れ、小金貨2枚を手に入れた。定期的に店で仕入れて転売しよう。


 宿に帰ると、葵から余った肉と調味料を使って出店を出せば荷物が捌けるのではないかと提案される。毛皮は冒険者ギルド、缶詰はボクらの移動食としてしまえば無駄がない。ボクと佑は大通りのほとんどの店を冷やかし終わり、何もやることがなくなってきた頃合いだ。狩りに出ようかとも思ったがそろそろ半分残っている肉の処分はしないといけないと思っていた。


「じゃあ、焼き鳥屋やろうぜ!あ、ウサギ屋か。わかんねー料理でも、うまい匂いは分かるだろ!」


 脳の思考機能を切り捨て五感に全て振ったのであろう奴は乗り気だ。止めて止まる勢いではなかった。


「炭とか調理道具は…持ってきてたね…」


「足りなきゃゲンチチョウタツよ」


 初日に念のため持ち込んだ野宿セットが憎い。向こうに帰った時に置いてくれば良かった。市は食料や日常生活に必要な道具は一通り揃っていたから、佑の言うようにどうにかなってしまう可能性が高い。



 佑の朝は早かった。どう見てもまだ夜だった。ボクと葵は寝込みを襲われ中庭へと攫われた。犯人は仕込みと称し井戸の前に簡易調理場を作り肉を捌いている。葵はその隣で肉を一口大に切り分け、ボクは気を抜くとくっ付く上下の瞼に翻弄されながら、最終的には目を閉じたままで肉を串に刺す技術を会得した。砂糖醤油で簡単な照り焼きのタレを作って漬け込んだものを市に持っていく。

まだ朝日が差し始めた頃だった。既に手続き所があり出店の許可を得る。小銀貨を1枚とられたが在庫処分みたいなものだからいいとしよう。しかしどう見ても労力に見合っていない。馬鹿に次からは前日に自分で全てやれと言っておこう。こいつの作業量なら絶対に一人でできる。今日はみんなでやれて楽しいな!くらいの思考しかしていないに決まっている。


 葵は時間になると一人でギルドに向かった。別に誰かみたいにホイホイと別の場所に行ったり人と話し込んだりはしないと分かっているが、後姿を目で追ってしまう。何かよく分からない方向をじっと見つめたり、足を止めたりしている。周囲には大層いいカモに見えたらしく幾人もに話しかけられた。そのたびに「困りました、分かりません」のポーズをして何も話さずに離れる。あれは絶対に言葉が分からないふりをしているな。ボクも参考にしよう。



 焼きウサギ屋は最初こそ遠巻きにされたものの、じゅうじゅうと炙られる照り焼きの匂いに釣られた客が購入してからは少しずつ客足を伸ばしていた。一人で夕の分まで買い込んでいくものもいた。午後には売り切れ大成功だ。売り上げは大銅貨50枚。明日からは狩りと出店を一日おきにやっていくことにするかな。宿に帰ると女将さんも出店のことを知っていた。今日だけでだいぶ噂になっていたらしい。自分は宿の清掃などがあって買い出しに行けなかったのよ、としょんぼりしていたのでちょっと残っていた肉で照り焼きみたいなものを作って渡したら大層喜んでくれた。


 葵の残りの訓練期間はボクたちはひたすら狩りと出店、現実の店からの調味料の買い出しを繰り返した。魔石は持ち帰り葵が宿で加工した。帽子がはち切れそうになるくらい溜まり、ボクはその重さに感涙した。



 ギルドの訓練期間が終了した。最終日に迎えに行くと葵は上品に仮登録証を両手で持ち「ちゃんと言われた通りにしました」という顔をしていて、スタックさんが萎びていた。これは何かやらかしているな。敢えて本人からは聞かなかったが、ギルドは国家を超えた連合組織であり後々のことを考えると賠償はした方がいい。そう申し出ると訓練場の補修費用として大銀貨5枚を請求された。怖かったので内訳は聞かなかった。何も言わず支払い、スタックさんへ心づけとして小銀貨数枚を渡しておいた。1週間も猛獣の世話をしたのだ。それくらいは貰ってもいい。どうせほとんどは無から葵が稼いだようなものなんだから。

 葵からは調味料を競りにかけるのと商業ギルドに売るのとどちらにするか質問された。ちょっとよく分からない。分かったことは、こいつは他人に順序立てて話す習慣が無いことだけだ。


 どうも出店で評判を得た今ならどちらでも値はつくだろう、競りの方がつり上げられるし商人の伝手も得られるからおすすめ、らしい。やっぱりこいつ図太いな。胸に両手を寄せて「明日の天気は晴れでしょうか」と無邪気に祈るような顔をして競りが有利になる順番と参加者を予測し戦略を立てるんじゃない。馬鹿は全く訳が分かっておらず「うまくいくといいな!」とだまされているが、ボクはもうお前がかわいい黒猫じゃないって分かっているんだからな。



 葵は翌日の第1日目に商業ギルドに登録し競りへの参加料を払った。競りに出す品物の目録の提出を求められ、出された木札に葵が何かを書いていた。案内人からそれとなく探りを入れられたが、葵は「不勉強で自分からは何も申し上げられません」のポーズをして情報を与えなかった。後で聞いたら、白砂糖と醤油と書いたようだった。


「今回からなん回かはたぶんお金がいっぱいになる。僕たちへのしょうかいりょうみたいなもの。なん回もじぶんたちでせりに行くのはてまだから、その中からギルドをとおしてていきてきにおろすところを決める。どこのまちに行ってもギルドに行けばおさとうもおしょうゆもうれる。うんそうひはあいてもちにする」


 いいぞ、持続可能で達成が容易な目標だ。

 今でもボクはこいつには自分たちとは違う異質さを感じている。なんだか誰かが作ってそこに置いたような、どこにあってもそぐわない異質さだ。現実の教室でも、異世界に来てもそれは同じだった。こいつは周りに合わせてそうあってほしいと願われるようにふるまっている。だからこそボクはこいつが嫌で、絶対にウマは合わないだろう。

 だけどこいつはボクたちの敵にはならないんだろう。そう思うことはできた。


 競りは劇場で行われる。そこは武器屋のあったちょっとお高めな店が並ぶエリアだ。近くにさらに石壁と門があり、その奥にはお貴族様が住んでいるらしい。


「そうびをしんせいします」


「よろしい。述べよ」


「せりに着ていくふくがない」


「だろうね…」


 武器屋に皮鎧を引き取りに行った時に分かった。他の客はいかにもお坊ちゃんお嬢ちゃんです!という格好をしていた。ドレスコードというやつだ。高級レストランにあると聞いたことはあるが、「ちゃんとしたところにはちゃんとした服を着て行きなさいね」「卒業式はみんな制服で行くよ」くらいの認識しかなかった。彼らから見ると簡素な服を着ていたらしい自分たちは店員と間違われ、馬鹿は何を考えたのか自分なりのおススメ商品を語りだし、店員は青い顔をして取り次いでいた。何故か馬鹿とお坊ちゃんは最終的に意気投合していたが、間に挟まれた店員が気の毒なだけの時間だった。

 やっぱりちょっとお高めのエリアの店に入り、お高そうな服がある店に入った。古着屋だ。習慣も謂れもなにも分からない土地で一から仕立てをするなどという暴挙には出ない。なんかそれっぽい服をそれなりに着れればいい。店員さんがいたので全てお任せだ。葵も「困りました、何も分かりません」のポーズをして着せ替え人形と化していた。こういう小洒落た服屋に来る客は好みがうるさいようで、されるがままになっているボクと葵は店員さんにとっては駆け出し画家が白いキャンバスを与えられたように感じるみたいだ。店員さんが張り切って渾身のフルコーデをしてくれた。なんかよく分からない飾りとかついてるけど、どこを見ているのか分からない顔と化した葵は果たして明日あの服を一人で着られるんだろうか。ボクは自分の服で手一杯でお前の服までは面倒みてやれないからな。

 馬鹿は張り切って最高にかっこいい服を自分で探す旅に出ている。そんな前のめりになる男児もよく見ているのだろう。店員さんは穏やかな目をして見守っている。それはあまりにもダサいのでやめとけ、をあんなに優しい言葉で言えるんだな。ボクならモップを被っといた方が幾らかマシなどと言って精神を折った隙に適当に決めてしまうだろう。


 かなりの出費になってしまった気がするが、それに割く気力は残っていなかった。ボクたちは何とか宿に辿り着き夕食を平らげ就寝した。



 競りへ向かう道で、最大級の後悔に襲われている。

 例え金がかかるとしても馬車を使えばよかった。

 重くて伸縮性の無い服を着て歩くのがつらい。地味に布が擦れて痛い。運動するから汗はかくだろうとは思っていたが、かくのが冷や汗とか冗談じゃない。途中で「あたたかいし脱いじゃってもいいんじゃない」と悪魔がささやくたびに「もう脱ぎてえ」と泣き言をいう馬鹿と同レベルに落ちるのだけは絶対に避けるべきと理性の叫びで蓋をした。何とか劇場に着いたボクたちは物陰で制汗剤や汗拭きシートで体を拭いてから、何とか席を確保して並んで座った。帰りは絶対に馬車を捕まえる。

 劇場の壁にはコンパートメントがある。おそらく貴族や大商人だろう、いっとう豪奢な服を着て従者を連れた人が優雅に見降ろしている。多分ワインとか飲んでいるんだろう。こっちが必死の思いで歩いた道を馬車で通り、やっと確保した席と違って予約席とかあるんだろう。今この瞬間に劇場のワインが全てシャンメリーにならないだろうか。


「うわー、キンチョーするー!」


「ちょっとジタバタしないでよ、みっともない」


 周囲からは馬鹿を見てクスクスと笑う声が漏れている。今はまだほほえましいものを見るような笑い声だけど、あまり続くと場が凍り付くだろう。葵はまだどこを見ているのか分からない顔をしている。まだ時間かかりそうですかねそれ。


 最初の商品は、遠い国から運ばれてきた彫金の器だった。遠目からでは細かい模様は見えない。びっしりと彫り込まれた模様は立体的で職人の執念が込められている。司会は場を盛り上げるために商品の説明を添える。コンパートメントにいる客のうち、希望者には事前に主催者が見せて回るようだ。この商品は主にコンパートメントから競りの表示が上がる。ボクは後学のためにウサギ串に換算しながら聞いていたが途中でやめた。頭上を金貨が飛び交っている。かなりの高値で落札された。掴みはばっちりだ。おそらく最初には目玉商品を持ってきて盛り上げるのだろう。2番目以降はそれよりもかなり少額の取引となり、主にボクたちの周囲から競りの声が上がっていた。周囲といっても飾り立てた服を着た艶やかな人々だ。平気で大銀貨が飛び交っている。ボクは葵の言った装備がボクたちを守ってくれていることをひたすら願った。


 競りも終盤に差し掛かった。少しずつ競りの値段は吊り上がっていき、段々とコンパートメントの住人が競り落とすことが多くなっていた。ボクは早く砂糖と醤油が見たかった。それが終わればシンデレラよろしくさっさとここを出て馬車に飛び乗るのだ。高いので靴は置いて行かない。


 白砂糖と醤油は別の商品として一つずつ出てきた。雰囲気に吊られてかなりの高額になっている気がする。聞き間違いでなければ単位が小金貨からスタートした。最低額は出品者が決める。ボクは葵の図太さを呪った。ボクたちの商品は二つとも同じコンパートメントの住人が競り落とした。出品番号を身に着けた葵がスタッフに呼ばれ、ボクと佑は囚人のようについて行った。いいか、ボクはこの馬鹿を抑えてしゃべらないようにするだけで他は何も助けてやらないからな。


 コンパートメントに着くころには葵は「気ままな旅の途中でたまたま見つけたものですが、そんなに高額になるとは思いませんでした」という顔になっていた。ボクにはクロヒョウのしっぽが隠せていないぞ。ボクは最悪の場合にスキルでこの場をめちゃくちゃにしてやろうと周囲を見渡す。豪華なシャンデリアよ、恨むならこのコンパートメントを選んだ奴を恨んでくれ。お前が明日も輝いていられるかはこの商談次第だぞ。


 商品を競り落としたのはカートという飲食店を営む商人だった。お金持ち向けで珍味や流行を取り入れた料理を提供している、と商人の傍にいる執事っぽい人が説明してくれた。葵は「初めて競りに参加して興奮しています。あなたのいうことは興奮と不慣れさから通じていないことがあるかもしれません」の顔をして挨拶をしている。


「市で話題に上がっているのがうちのシェフの耳に入ってな。どのようなソースとも違う風味で、誰も再現ができないと話して泣きつかれたのだ」


「たびのとちゅうでしり合ったものから手に入れたのですが、おきにめしたのならさいわいです」


「ほう。見たところ子どもばかりじゃないか。どのような危険があるかもわからん。我々は独自の旅団と契約し、どのような場所にも安全なルートを確保することができる」


「このようなだいしょうにんの方とおはなしするきかいはめったにありません。カートさまのりょだんについておきしたいです。僕もいつか、おおきなりょだんでたびをしたくおもうのです」


「大きな商会の主になると、自分で旅をすることは稀でね。君のような子どもが好きな話を持ち合わせておらん」


「そうなのですか、ざんねんです…」


 すごいな、とても大きな夢が目の前で打ち砕かれて失意の底にいます、という顔は執事さんにはちょっと効いている。さすがにカートさんは無反応だ。


「それに。見合わない宝を見つけてしまうと、まさかの時に失うのは自分の持ち物だけではない」


 じとりといやな汗が背中に湧いた。なんでボクの方を見ているんだよ。これは葵とお前の商談だろ。実はお前も葵の顔にだまされているぞ。こいつはお前の話をしっかり聞いたうえでしっかり聞いていない振りをしているんだ。話の分からない奴じゃない。話を聞かない奴なんだ。ボクに言い伏せろとか期待しても無駄だぞ。そういう顔をするしかなかった。カートさんはしかめ面でボクから目線を外した。どうか猛獣どもで食い合ってくれ。


「そうですね。いのちあってのものだねです」


「分かってくれて嬉しいよ」




「いのちさえあれば、なんでもできましょう」





 葵がどんな顔をしているか見ることができなかった。カートさんは目を見張り葵を見つめている。どうもクロヒョウの耳が出ているのに気付いたらしい。だが大商人らしく平静さをすぐに取り戻す。フッと笑って、


「言葉には気をつけなさい。相手を脅しているとも取れる」


「はい。僕はまだことばをならいはじめたばかりなのです。できることといったら、せりの木ふだにしょうひんをかきつけるのがやっとで。もしおきにさわったのならごめんなさい」


「全く。帰り路に攫われても知らんぞ」


「おおきなりょだんともなれば、ごえいのかたもいるのでしょう。きっとこころやすまるのでしょうね」


「うち以外に卸は認めない」


「もちろんです」


 カートさんの脳内から高速で金勘定をしている音がする。


「ボクたちはたびにたびをかさねるみの上です。どうして大きなあきないなどできましょう。たびじもギルドだけがたよりなのです」


 これからその予定だ。多分。洞窟までの小旅行だけかもしれないけど。おいカートさん今舌打ちしたぞ。せめてその耳は隠しておけ。


「どんなに遠くにいても関係ない。ギルドを通じて要求を出す。少量だけでも応じろ」


「だいしょうにんのかたとお話しできただけでもゆめのようなのです。このあともおたよりがあれば、よろこんで」


「話は終わりだ。ウチの馬車を貸してやる。乗ってささと帰れ」


「ありがとうございます」


 ボクらは言われた通りさっさと馬車に乗り込み宿に帰った。葵を殴ろうとしたが馬鹿が先に頬をはたいていた。


 「なんであんな無茶するんだ!」


 こちらが引く勢いで縋っておいおいと泣くものだから、クロヒョウは完全に借りてきた猫になっていた。いいぞ、この際罪悪感を植え付けておけ。


「おそわれてもにげればいいかなっておもって」


 やばいな。短絡的な思考の馬鹿を見つけてしまったかもしれない。


「あの状況で!洞窟まで!どうやって逃げ切るつもりだったんだよおおおおお」


「あの、スキルで…」


「オレのと翔の合わせても走って逃げたら追いつかれるだろーが!」


「僕の…」


「はあ!?」


「僕のスキルでにげられるとおもう…」


 僕は葵のもう片方の頬をはたいた。これはきっと神もお許しになるでしょう。

 手が痛い。事前説明をしない馬鹿のせいだ。


「説明」


「はい…」


「して」


「あの…」


「何」


「かんじ、よめない」


 なんてこった。お綺麗な顔を腫らした馬鹿がのたまうには、どうも自分たちを守れるようなスキルがあり、説明も頭の中にあるが読めない。どうも自動読み上げシステムは自分の知能の範囲内で行われるらしい。佑のスキル説明はそもそもほとんどがひらがならしい。知ってたよ常々キミは頭の中ひらがなでできているんだろうなとは思っていたから。で、葵は漢字で書かれているから読めない。でも「ていっ」とやればできそうなことは分かるらしい。感覚派かな…ボクは文明人だから馬鹿のことは分からないけど。どうも盾のようなものが張れて、防御ができる。試しにやらせてみせたら3人の周りに言ったとおりのものが出てきた。佑が外に出てなんでも切れる剣でボクらに切りつけても切れなかった。ボクが出て2人に射出した石も弾かれる感覚があり通らなかった。


「佑、逃げ切れると思う?」


「たぶんできんじゃね?おい葵!火とか水とかも試してみようぜ!」


「ふたりは僕がまもる」


 絶対防御を持った無敵の馬鹿が爆誕してしまった。今なら言える。ただのクロヒョウの方がかわいらしかった。





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