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02.馬鹿につける薬がない


 わけのわからない生物を剣で数回殴り、確実に死んでいることを確認して近づく。


「なあ翔、これなんていうやつ?」


「キミに分からない生物がボクに分かるわけないだろ」


「食えっかなあ」


 剣で首を落とそうとしたが全く歯が立たない。というか切れ味悪いなこの剣。強く首元に刃を立てても毛が切れるだけだ。佑は諦めて手持ちの小型ナイフで器用に首回りに切れ込みを入れ捻って落とし、血抜きをする。ボクはそれがどうしても見ていられなくて視界から外す。人には向き不向きがあるのだ。葵の様子を伺うと佑の手元をじっと見つめふんふんとうなずいている。繊細な見た目しといて意外と図太いなこいつ。


「それより翔、お前も聞こえたか?」


「聞こえちゃったかな…」


「あのけんと、うつやつ?」


「なんかこうどわーって頭に入ってきて、てや!ってやったらできたみたいな」


「葵、これは日本語で“使い方が頭の中に入ってきてその通りやったらできました”って言ってるんだよ」


「いやオレのも日本語だわ」


「違います」


 心の中の通信簿の国語に1をつけておく。


「ふたりともすごくすごい」


 もう一人分にも1をつけようとし、テストの書き取りができていたのを思い出し2にしておいた。未来はある。こいつの日本語はボクが守らねばならない。


「誰かに聞ければいいんだけどなー」


「なにを?」


「この力とか、こいつが食えるかとか」


 性懲りもなく食おうとしている。こいつにとっては生物はまず食えるか食えないかに大別される。人類が脈々と受け継ぎ発展させた分類学に悪いと思わないのか。血抜きを終えたげっ歯類だか鳥類だか分からない生物を手探りながらも捌いていく。未知の生物が肉と皮に分けられていく。臓器は周りの肉を多めにつけて切り取る。毒があるかもしれない。その中で急速に萎み硬化する物体があった。この生物がウサギか鶏であれば心臓がある位置だ。


「これきれい」


「うーん。ホントはあぶねーんだけどなあ」


と言いつつ臓物を切り分け、近くの川で汲んできた水をかけ洗ってやっている。指先ほどの大きさの石を摘まんで光にさらす。黒ずんだ赤色の内部で光が反射してきらめいている。宝石の原石のようだ。この世界に人間がいたら売れるだろう。


「きれい。佑、ありがとう」


「指がじんじんしたり痒くなったらすぐに捨てろよ」


「うん」


 葵は大切そうに石を光に透かしたり、いろんな角度から眺めたりしている。指でつまんで、


「てやっ」


 その瞬間、石がパリンと割れた。

 佑はその瞬間に葵の手をはたいて石を地面に落とす。

 だが石からは破片は落ちず、形が変わっただけのようだった。


「葵ゴメン!痛かったか」


「だいじょうぶ。ありがとう」


「ん?」


「あぶないかもしれないのよけてくれた」


「お節介だったっぽいけどな。ほれ。お、めっちゃキレイになってんじゃん」


「ボクも見ていい?」


「いいよ」


 石を拾う。見ると、先ほどまで原石だった石が緻密なカットを施され宝石と言って良いほどの品質になっている。これは絶対に高く売れる。


「どうやったんだ?」


「佑が言ってたから、てやってした」


「そっかー。お前図工のサイノーあるかもな!!」


「佑のけんもすごい。なんでも切れてすごい」


「いやなんも切れてなかったじゃん。どゆこと?」


「なんでもちょっとずつ切れてた。あいつやっつけたとき、近くの石もちょっと切れてた」


「そーなんか。練習すればもっと切れっかな」


「やっつけたあと、ちょっと切るのおおくなってた」


「マジかよ!!ちょとレベル上げしてくるわ!」


 草むらに駆け出そうとする大型犬の首根っこを掴んで締める。それは死亡フラグにすぎる。そもそも某ポケットの中のモンスターと違い草むらでバトルが起こったとしても、あっという間に大勢のモンスターにたかられて泣きをみるに違いない。2年前にハチの巣をつついて強制戦闘に陥ったボクは、野生動物との闘いは一匹ずつエンカウントするターン制バトルではないと思い知ったのである。


「葵、見てた時にボクのスキルも何か気づいたことあった?」


「翔くんの石、かぜがなかった。とんだんじゃなくて手からちょくせついどうしたんだと思う」


 自分のスキル説明文を見直す。


スキル:射出

    対象を任意の場所に移動する


 確かに移動、とある。自分も確かに投げるイメージではなく大変大雑把でいい加減なニュアンスで力を揮ってしまった自覚がある。なんかどうにかなればいいなー!で結果何とかなったので過程を考慮しなかった。やだなボクもしかして馬鹿より馬鹿な事したかもしれない。仕方ないな、スキルの設定が馬鹿だからな。よって馬鹿なのは僕じゃない。よし。馬鹿なスキルはかわいそうだから、これからは頭脳的に使用して確実な効果を上げてやろう。よかったなボクに巡ってきて。


 かといって小石一つ過程を無視して移動できたとして何ができるというのか。あれ意外と何でもできるかもしれないぞ。さっきの手ごたえから、スキルは連発できそうだった。小石といえどいくつも脳に詰め込んでやればそうそう生きてはいられないだろう。



 そして今、ボクらは罠で追い込んだ小動物を殺害しレベリングをしています。

 石で音を立て周囲を柵で覆った道に誘導し掘った穴に落とす。上から石や剣で何とかして倒す。一発では到底倒れないが、何度でもやればいいのだ。いつかは打撲だのなんだので死ぬ。死んだら引き上げて捌く。追い込む。倒す。捌く。

 10匹が終わったら休憩した。一応肉や毛皮は洞窟の中に干しておく。葵の両手は宝石でいっぱいになった。10匹の中でも中々しぶとい奴がいて、そういうのはとれる石が他よりも大きかった。色もそれぞれだ。同じ種類の生物からも違う色が出ていた。食べたものや住んでいる場所で変わるのかもしれない。カエルやバッタみたいなものだろう。


 何度か狩りと休憩を繰り返す。やや日が陰る頃には佑の剣は小動物なら首を両断できるようになり、ボクは拳大の石を視覚内であれば自在に移動できるようになっていた。葵はボクのアドバイスに従い変な掛け声をかけずに石を加工できるようになった。


「暗くなったら帰れなくなる。一旦戻るぞ」


「そうだね、葵、石持って帰れそう?」


「ぼうしに入れてもっていく」


「うはは、帽子めっちゃ伸びてんじゃんウケる」


 かなりの収穫だ。佑の帽子は目いっぱい伸びてしまっているが、守るべき頭部にはほとんど何も入っていないので明日から少々冷えても問題ない。

乾いた防寒着を着込み洞窟に戻る。鳥居を潜り進む。底冷えする冷気が頬を撫でた。備蓄庫を過ぎて外に出る。


 日暮れだろうとゴーグルを外したことを後悔した。

 日は燦燦と照り付け、一切の容赦がない。


「うわっ何だめっちゃ明るい!!昼じゃん」


「ひるだよ」


「待ってあっちちょっと暗くなってたよね」


「こっち、は昼。すう分もたってない」


 葵は何度も言葉を重ねる。どうやら影の方向や長さ、つららの形が向こうに行った時から全く変わっていないらしい。


「よく見てんなあ」


「向こうで過ごした時間はほとんどこっちに影響がないみたいだね」


「ただなあ、腹は減るんだよなあ」


 たとえ現実で時間が経過していなかろうと、ボクたちの腹の虫は鳴いている。向こうで過ごした分の腹時計はきっちり進んでいるのだ。


「店でなんか買って食おうぜ」



 この限界集落で経営されている店に名前はない。あるかもしれないが誰も覚えていない。たった一つしかないので、店といえば店しかないのだ。

 こんな集落に似つかわしくないほど若い夫婦が営んでおり、依頼があれば車で配送してくれる。この配送サービスのおかげで助かっている者は多い。要望があればなんでも仕入れ、また不用品の買い取りもやっているため、この集落の店はここ一つで回ってしまうのである。


「おう来たなガキども」


 しっかりと筋肉のついた四肢を適当に投げ出した長身の女が店番をしている。言葉と姿勢は大変悪いが年寄りは耳が聞こえないし、邪魔だと毒づきながら足の悪い者を背負って運んでやったりするものだから「人の好い店主さん」で通っている。


「なんか食うもんくれ」


「金あんだろうな、ただ飯はねーぞ」


 ボクはそっと葵の両耳を覆った。教育に良くない。佑の国語は諦めている。


「売れそうな物はあるんだけど」


「見せてみ」


「葵、帽子出して」


 ボクの声だけは聞こえた葵が石を店主に見せる。


「盗品か?」


「人聞き悪いなあ。拾いものだよ」


 穴の中から拾った獲物なので、まあ嘘ではない。


「値はつきそうだが。川か?」


「企業秘密です」


「しゃーねーな。ほらよ、とりあえずこんだけな」


 店主は数枚の札を乱暴にレジから出してボクに渡す。誓ってもいいがこの店主は鑑定などしていない。動画などで貴石の発掘作業を見たことがある。もっと手順なり方法があるはずだ。葵の耳を覆うのを佑に交代し、手渡された札を数える。数枚が一万円札なのに驚いて店主を見返す。


「うっわ、マンサツだろこれ!母ちゃんの財布に入ってるとこ見たことある」


「なんなのこれ。もう年波に勝てずってやつ?」


「勘だよ。もうちっと稼げたらちゃんとバックするから安心して働けよガキども」


「後で返せって言われても遅いからね」


「そん時は勘が外れたってだけだよ、よくあることさ。自分の始末は自分でつける。ガキにケツ拭かせるほど落ちぶれてねえから安心しな」


 この店は店主が価値を認めれば誰からでも何でも買い取る。大きなタケノコ、マツタケ、ジビエ、とにかくなんでも。食物は店頭に並ぶこともあるが、それ以外は誰が何を売ったのか、どこに売り飛ばしているのかは一切不明だ。絶対ヤクザだと思う。


「オレたち大金持ちだ!これでゴーユーしようぜ!」


「ごーゆー」


「葵、聞かなかったことにして。必要な物を買おうね」


「どんなもの?」


「うーん。常温保存ができて、腐らない食べ物。火がつけられる、明かりになるもの」


「花火買おうぜ、ネズミとロケット」


「はなび、ねずみとロケットになるの?」


「光ったり飛んだりするぞー」


「ボクの話聞いてた?聞いたけど頭に残って無かった?」


 缶詰や保存食、ライト、ライターなどをレジの前に持っていく。使用頻度の低いレジかごなどという甘えたものは無い。備蓄庫にあったものを思い出す。鍋や簡単な調理器具はあったはずだ。今までは焚火や固形燃料で火を確保していた。コンロは…あった方がいいな。数本の予備のガスボンベも購入する。馬鹿が両手に抱えてきたロケット花火は戻させ、線香花火だけ購入した。種類の問題だ。飛び道具からではなく一番美しいものから始めるべきだと判断したのだ。別に、初めて見る花火が目の前で返されていく様を見て葵が俯いていたからじゃない。



 大荷物をソリに乗せて坑道に戻る。大方のものを備蓄庫に収納し数日分の食糧と資材を持ち、鳥居を抜けた。先ほど干していった肉や毛皮は乾燥しておらず、こちらの時間経過もほとんどないことが分かった。


「狩るぞー!」


「おー」


 佑は心が石器時代に行ってしまったようだ。キミの家、牛と豚を育てているから農耕民族だろと心の中で突っ込みを入れておく。お爺さんは害獣なんかを銃で仕留めるし、だれが狩ったか分からない獣のはく製が家に飾ってあったから先祖にマタギでもいたんだろう。2人は店で入手したスコップで落とし穴を広げている。佑は縄や網など使って罠の強化もしている。ボクは干しているものに目の細かい網を掛けた。薪を拾い洞窟の前で火を起こす。水分の多そうな葉も火にくべて煙を焚く。干し肉や毛皮に虫が集るのを少しでも防ぎたい。初めて山道で死肉に群がっているのを見た時、ボクは奴らを敵と定めた。どうしても相容れないものはいる。


 準備が終わり、狩りを再開する。10匹のペースは変えずに休憩をとる。最初に見た小型のモンスターはそのくらいの数の群れで活動するらしく、一つの群れを倒すくらいでちょうどいいペースが作れた。それにしても狩るよりも処理に手間と時間がかかる。途中からは葵も肉の処理に参加したが、結局日暮れまでに狩れたのはせいぜい60匹といったところだった。佑とボクのスキルはレベルアップしたらしく、佑は大木なら一撃で倒すことができるようになった。ボクの射出は移動できる物の大きさは変わらなかったが、ちゃんと手元から的へ消えることなく投げつけることができるようになった。投げつけるスピードも緩急をつけられるようになり、馬鹿みたいなスキルは普通にも使えるスキルになった。相変わらず瞬間移動もやればできるがこんな馬鹿みたいな方法は最終手段でいい。


「寝床の準備もあるからな。ここまでにしとこう」


「2人が捌いてる間にできるとこまではやったよ。入口は隠して、とりあえずテントとマット。寝袋は中に置いといた。ライトは適当に洞窟に吊ったから、位置は直しといて」


「分かった。食ったら交代で寝るかあ」


 洞窟の中を照らせるようにライトを設置したが、外に漏れないようにする必要がある。ボクもなんとか工夫したものの、最後はこいつに任せた方がいい。持ってきた缶詰とパンで夕飯を済ませ寝袋に入る。番は佑と葵、ボクに分かれることにした。葵が慣れたら3人で回せるようになるかもしれないが、葵のアウトドア適性が分かるまでは任せることはしない。だって見た目はお家でピアノとか弾いていそうな繊細なインドアっ子なのだ。穴掘りも肉の処理もできていたあたり精神は見た目通りの細さではないと薄々感じてはいるが。ボクは早めに寝る体制になった。地面が固く中々寝付けない。次は絶対マットと毛布を購入すると決めた。



 翌朝、ボクと佑は寝袋を出て支度を整える。佑の用意した湯でインスタント味噌汁を溶く。主食を日持ちする乾パンにしたのが悔やまれる。せめて餅を仕入れてくるべきだった。抵抗として乾パンはちょっと炙ってから食べた。微妙な食べ物も、火で炙れば大体美味しく感じることをこの2年で知った。


「葵はどう?」


「まだ寝てる」


「大丈夫そう?外で寝るのも初めてだろうし、もうちょっと寝かせてあげようか」


「いや大丈夫だと思うぞ。あいつ寝袋に入って3秒くらいで寝てたし。番でもモンスターとか近くにいるのも分かってた。2~3日もしたら一人でできそうだ」


「ホント?やっぱ見た目によらないね」


「オレが山に2日連れ出しても平気で付いて来てたからな」


「ボクの時次に引っ越してくる子がいたら絶対やめてって言ったよね⁉馬鹿だから覚えてなかった?仕方ないね…」


「いやーあいつ無理とかしてなさそうだったからさ。山とかは来たことなさそうではあったけど」


 馬鹿は馬鹿と言われたことも聞き取れなかったらしい。ともあれ、葵は意外と図太い神経をしている。いくらマットを敷いて寝袋を使っているとしても普通のインドア派は秒で爆睡はしない。


「おはよう」


「お、起きてきたな。オレのお手製の味噌汁飲めー乾パン食えー」


「んむ…おいしい。佑てんさい」


「葵、だまされないで。全部出来合いだよ。あといただきますして」


「いだたきますってなに」


「惜しいな!」


 こめかみが痛い。いただきますを知らない人類にどうやって言葉を尽くせば説明できるんだ。どうやったら知らずにその年まで生きてこられたんだ。素直にやろうとはしているからまだいいけど。馬鹿が「こうするんだぜー!」と言いながら手を合わるのに倣い葵も「いだたきます」をしている。馬鹿はちょっと満足気だ。多分、野山での知恵以外のことを他人に教えられる貴重な機会にテンションが上がっているのだろう。哀れなのでそのままにしておいた。



 今日は探索をすることにした。

 といっても森の奥に行くのではない。人里を探す。主に、馬鹿が肉を食えるか食えないかとうるさいので。

 ソリに肉と毛皮、葵が加工した石を乗せて運ぶ。佑が。森の反対は起伏の少ない草原で、荷物を落とさないように荷造りすれば多少乱暴に扱っても大丈夫だ。


「おっしゃこっちに行こうぜ」


「根拠は」


「この剣がそう言ったからな」


 佑は先ほどから剣を実体化させて何やらしていたが、多分適当に剣が倒れた方向にでもしたのだろう。用途を誤解している。剣は傷つけるものであって運命を託すものではない。だが佑の勘が適当に決めても大丈夫そうだと感じるならそうなんだろう。仕方ないからそういうことにした。

 30分程度歩くと、草原の中でも草が剥げている場所があった。幅は一メートルくらいで曲がりくねっているが道のように見える。剣が倒れた方へ道をたどっていく。更に1時間ほど歩くと10メートルはゆうに超える石壁が見えた。一部が門になっていて道なりに馬車や旅人が並んでいる。空港で見た入国審査のようなものだろう。全員お世辞にも身なりがいいとは言えず、雑巾を縫い合わせて着ているような者もいる。それでも特にのけ者にされてもいないので、ここでの一般人の服飾への希望は早々に捨てておいた。問題は


「ボクらパスポートないじゃん」


「無くてもどうにかなんだろ」


「ならないと思うんだけど。不法入国とか逮捕されるよきっと」


「そん時は逃げる!洞窟に逃げれば何とかなるだろ」


「葵、ボクから離れないでね。一緒にいよう」


 すごい。こんなに近くに犯罪者予備軍がいたなんて信じられない。コイツを囮にすればボクと葵は逃げ切れるだろう。コイツは牢に入れても野生の逃げてくるだろうきっと。

 とりあえず列に近づく。近くの旅人らしき人をそれとなく確認した。木札や紙を手に持つ人がいた。身分証になるものだろうか。そうでない人もいるが、荷物に入れている可能性もある。


「翔くん、あれ」


 相変わらずどこを見ているのか分からない顔をした葵が指さす先を見る。運動会のテントのようなものがあった。いかにも冒険者然とした身なりの人が獲物を抱えて行く姿がある。身軽になって袋に何かを入れて離れていく者もいた。買取所のようなものだろうか。ダメで元々、お縄にならなそうな方から行ってみるか。佑が店主らしき粗末な木の椅子に座った壮年の男に声をかける。


「おっちゃん、ここで肉とか皮とか買ってくれっか?なんかよくわかんねーんだけど、食えっかなって持ってきた」


「なんだ坊主。草原で拾いもんでもしたのか。見せてみな」


 馬鹿はこういうとき物怖じしなくていい。悪意や警戒なく近づくものだから、相手もつられて気さくに応じる。ソリに積んできた肉と毛皮の半分ほどを荷解きして見せる。


「お、はねウサギか。小金にはなるぞ」

「食える?」

「まあモンスターだからな。うまいぞ」

「毒とかは?」

「なんつっても初級だからな。んなもんねえよ」


 モンスターにはランクがあり、狩りのしやすさや危険度で分類されるらしい。馬鹿はウサギの美味しい調理方法を聞き出している。もっと聞くことあるだろ。入国方法とか。


「おにいさん、あそこ入るの、お金いる?くるときなにももってこなかった」


 葵が馬鹿の後ろから店主に入国方法を聞いた。いいぞ。その世間なんか砂糖一粒も知りませんみたいな顔を最大限に活かせ。ボクたちは意外と図太いのを知ってしまっているが、店主はまんまとだまされた。


「身分証も持たずに出てきたのか…今度からは外に出るときは気をつけな。保証金を払えば一時入国はできるぞ」


「きをつける」


「全く。坊主も付いてんなら今度は出る前に大人に言うんだぞ。万が一ケガさせたら大事だ」


 店主はいい感じにボクらを「世間知らずのいいとこの子と世話役の少年のちょっとしたお忍び」だと思ったらしい。大体あってるな。見る目がある奴だ。もし国内にこいつの店があるなら贔屓にしてやってもいい。


 渡された貨幣を佑の帽子に入れて入国者の列に並ぶ。最悪だ。なんか酸っぱい臭いがする。手袋と顔を覆えるようなマフラーを着ける。ちょっとマシになった気がする。佑は実体化した剣を鞘袋に入れ、ボクはスリングショットを持っている。葵が手の模様やスキルを隠した方がいい、とすべて先ほどの店で購入した。ボクも浮浪者みたいな恰好をした人ごみに武器も持たずに入るのは嫌だったので乗った。

 モンスターの買取が銀貨21枚、一番安い装備で揃えたら購入額は合計で銀貨15枚だった。葵が「ぼく、いくらとか分からない」とボクに振ったので値切って銀貨10枚にした。店主は渋い顔をしていたが、いいとこの子をカモにして後で親に泣きついて面倒ごとに巻き込まれるのを想像するようにアドバイスしたら応じてくれた。葵の世間知らずっぽさは意外と武器になる。ついでに入国に必要な費用が一人につき銀貨1枚であることも聞き出した。馬鹿は店主と同じような渋い顔をしていた。馬鹿はカモなので値切るという発想がなかったらしい。だからキミの家の農場は火の車だったんだぞ。ボクの母さんが経営状態に絶望して会計をやったら2年で借金は完済した。やればできるのだが、こいつが農場主になったら2年で首が回らなくなると思う。



 入国審査が回ってきた。

 簡素な防具を付けた兵士がまずは身分証の提示を求め、無いと返答すると窓口のある場所に案内された。周りを見ると旅人らしき人が兵士に聞き取りを受けている。ボクたちが案内されたのは20歳くらいの若い男性の窓口だった。いかにも好青年っぽい見た目だ。


「入国の目的と、予定している滞在期間は言える?」


「獲物を売りてーのと、あとは準備に…翔、どれくらいいる?」


「1週間かなあ。できれば身分証とか欲しいって思ってますけど」


「市民登録は申請と発行に時間がかかるな。ギルド登録なら2週間くらいで済むと思うよ」


「じゃあそれで!」


「お金は持っているかな」


「こん中にある!」


「じゃあ失礼して。はい、3人で30テラー頂きました」


 青年はニコニコとおすすめプランを提案してくれた。入国審査官としてはダメではなかろうか。身分の保証もない3人の子供なんて疑ってかかるほうがいい。犯罪の片棒を担いでいたら責任問題だ。しかも財布からきっちり銀貨3枚を取っている。ここは国の信用問題なので判断が分かれるが、馬鹿がホイホイと渡した時点で多めに取りチップとしてポケットに入れられるくらいは覚悟していた。この流れだとレシートとか渡されそうだな。頭の中に幼児がお使いに出るテレビ番組のメロディが流れる。

 さすがにレシートまでは出てこなかったが、入国許可証の木札を渡される。これを常に携帯していること、求められれば警らの兵士に提示することが説明された。


「おにいさん、ありがとう」


「気をつけて。ギルドは中央通りに沿って行けば見つかるよ」


 葵はどうやら自分より年齢の高い男性はすべて「おにいさん」と認識しているらしい。さっきのくたびれ店主とそのカモになりそうな好青年を一緒のくくりに入れてやるなよ。葵は何度か振り返って手を振り、青年は笑顔で応じている。よし、愛想はタダだからいくらでも振りまいていいぞ。

窓口のある部屋を出て人の流れに従って進む。先ほどの兵士に入国許可証を提示して通され、門を抜けた。


 門を出た先は広場になっていた。出店があり、大勢の人が行き交う。人より家畜の方が多い環境しか知らないド田舎生まれド田舎育ちは行き交う人波に乗れず人とぶつかりそうになっている。首根っこを掴んで道の端に誘導した。葵は自分からボクの服を掴んで離れずついてきている。分からないことが分かるのは見込みがあるぞ。比較対象がとりあえず真っすぐに爆走しようとする馬鹿でごめんな。持ってきていた羊羹の封を破いて馬鹿の口に入れた。食べている間はちょっと大人しくなるという生態を利用する。


「まずはギルドに行って登録します。次に、宿を探します。佑は離れたら見捨てます」


「うん。のこりのにもつの売るところもおしえてもらう」


 結局、石はまだすべて手元にある。外の店で売ることも考えたが、他の者が売っていなさそうだったのでしかるべきところに持っていくことにした。あの店だと多めにマージン取られそうだし。キレイなので街中で売った方が高いだろう。


「問題はギルドが分かるかどうかなんだけど」


「んぐっ。行ってみりゃ分かるだろ!多分人がいっぱいいるところだ」


 人ごみも捌けない奴が何か言っている。キミにとっては今のこの状況自体、人生で一番人間がいるところを見た体験じゃないか。人間は動物と違って目的地を持って移動する生き物なんだぞ。お互いのスペースを確保しつつすれ違う技術は野生の勘だけでは厳しいのだ。   

 野生生物を二匹抱えて、大通りの端を確保しつつ進んだ。ボク、佑、葵の順で列になり、それぞれ前の人間の服を決して離さないように言い含めた。佑には「万が一離してはぐれたら葵も道連れだぞ」と丁寧に説明した。大人しく言う通りにしたので説明した甲斐があった。

しばらく進むと3階建ての大きな建物があった。読めないが大きな文字で看板がある。看板には盾の上に剣と槍が交差したイラストもついている。全力でここが冒険者ギルドです!と叫んでいるような表示だ。ここまでくる店はすべてにそのようなイラストがついていた。この世界、識字率低そう。


「翔!ぜってーアレだって、ギルド」


 馬鹿にも通じるくらい優しいイラストのついたギルドに入る。3つほど並んだ窓口には折り目正しい制服のスタッフが並んでいた。読めないが名札らしき木札も置いてある。


「本日はどのようなご用件でしょう」


 窓口の女性スタッフは怪しい子供が3人来ても笑顔と言葉を崩さず対応する。信用のあるしっかりした組織だと分かる。


「ギルドに登録してー、したいです」


「初めての登録でしょうか」


「翔、頼む」


「そうです。登録に必要な手順やものを教えてください」


「ご案内いたします。しばらくお時間をいただきますがよろしいでしょうか」


「よろしくお願いします」


 礼儀正しく敬語で話しかけてくる女性という未知の生物を前にして、佑は早々に諦めたらしい。ボクが代わりに受け答えする羽目になった。キミの顔をみれば知性が無いのはみんな理解できるからいつも通りにしていればいいのに。葵は元から戦力外だ。なんかまたどこを見ているのかよく分からない顔になっている。ちょっと分かってきたことだが、葵は自分の全然知らない場所で途方に暮れるととりあえず笑顔でこうなる。時々小首を傾げ片手を頬に当てたりして「困りました、何も分かりません」のポーズを取ったりもする。見た目は大変に儚げなので、馬鹿が世話を焼いたり、ちょっと優しそうな青年のいる窓口に案内されたりする。元手がタダなので今のところ利益しか出ていないが、変な奴に絡まれそうなので後でやめるように言っておこう。カモにされそうになってもいいとこの子の振りをして逃げ切りそうな図太い精神をしているのは知っているけど。


 

「ギルド登録は一人につき100テラーの登録料が掛かります。技術試験に合格すると仮登録証が発行され、実績に応じて本登録に進むことができます。実績を積むことでランクが認定されますが、その際にも認定料を頂きます」


 なんてこった、全くお金が足りない。ボクらの資金は現在銀貨11枚。換算すると110テラーになる。


「とうろくなしに、ものを売ることはできますか」


 葵が「困りました」のポーズをして言う。よし、いいとこの子が訳あって旅しているが世間知らず過ぎて手持ちがない、その設定にしよう。葵へこっそりとその調子で品よく喋るように、と小声で指示を出す。ボクはいかにも葵の持ち物を任されています風な態度でキレイな石の一部を机に置く。


「持ち出してきたものにはこのようなものはあるのですが…価値はつくでしょうか?」


 女性スタッフがわずかに目を見張った。お、反応はいいぞ。やっぱり価値の高そうなものは価値を分かってくれるところで売らないとな。


「ギルドが価値を保証するために査定料を頂きますが、よろしいでしょうか」


「みぶんもたしかならないものが売るのですから、その分はしかたありません」


「ですが、本当に、こちらをお売り頂いてよろしいのですか?」


「このように少しならば、もんだいありません。」


 こいつ語彙は豊富なんだな。どうしてその言い回しができて漢字が書けないんだよ。女性は石を備え付けの布に包んで貴重品のように隠して奥に引っ込む。査定には専門の機材などが必要なんだろう。こっちは銀貨50枚くらいくれればいいなーくらいの感覚でいる。


「査定が終わりました」


 先ほどの女性ではなく筋骨隆々としたゴリラが窓口に座った。森に放っても余裕で獲物を狩って生きていけそうなくらいのゴリラ。生き血を啜って生き延びていたと言われても納得するほど人相が悪い。佑は先ほどの女性とのあまりの落差に気を失いそうな顔をしている。おい馬鹿、こんな野生生物はキミの管轄だろ。起きろ、ボクに未知の生物の対処をさせるんじゃない。


「先ほどの魔石ですがこちらの額になります。高額になるので、一部をギルドにお預けになることをお勧めします」


「お目にかなったのならうれしく思います。このように年わかいものですから、そうしていただけるとたすかります。その中から、ギルドへのとうろくにひつような分をお渡ししたいのですが」


 こいつやっぱり図太いな。ゴリラを前にしてまるでかわいい猫を見つけたように目を細めて応じている。お前の前にいるのは例えネコ科だとしても夜な夜な人を攫う人食い虎だぞ。

 森の賢人ならぬ森の覇者となりそうなゴリラは登録料の手続きを終える。何か文章が書きつけられている木札を見せて説明しているのを聞いたところ、先ほど女性が話した内容で問題なければ同意の署名が必要らしい。この外国人もいそうな場所で署名なんてできる人間は限られてくるだろうが、そこは自分の国の字か、最悪血判でいいらしい。なるほど。3人それぞれに出された木札に自分の名前を書きつける。放課後に自分の名前の書き取りをやらせておいて良かった。馬鹿2匹はボクに感謝しろよ、おかげで漢字で書けるだろ。


 登録を了承し技術試験を受ける。悲しいことに、担当はゴリラのままだった。


「俺は試験官を務めるスタックだ。ギルドはランクこそあれ、みな対等な立場だ。身分なんてのは考慮しねえ。つっても取って食わんから安心しろ。試験も簡単なもんだ。気楽にやれや」


「頼むぜおっちゃん!」


「おにいさん、よろしくおねがいします」


「えー、よろしく」


「なんだ?意外と話の分かる坊ちゃんどもじゃねえか」


 多分、身分をかさに着るようなのとかいるんだろうな。敬語を使わなくてもいいと分かった途端に調子に乗りそうな馬鹿を抑えながら、ボクたちも名乗った。

 まずは口頭で簡単な四則計算を解く。ボクと葵は暗算ですぐに答えたが、佑は指で数えながらなんとか正答した。


「葵、ああはならないようにね」


「すうじはだいじょうぶ」


「タスク、気落ちすんなよ…ほとんどはおめーみたいなもんだからな。冒険者なんて最低限、報酬の受け取りとか獲物の売却で揉めなけりゃそれでいいんだ」


 スタックは教育水準の低い冒険者をたくさん見てきたのだろう。優しい目をして佑を励ましている。ボクは冷たい目線を送っておいた。そいつボクのマンツーマンの指導を受けてそのレベルなんですよ、想定を超える馬鹿ですいませんね。

 その後、実地試験のためギルド内部の訓練場へ入る。これで不合格になると一定の訓練が課されるらしい。もちろん有料だ。できれば一発合格したい。


「近接武器ならこの柱を切りつけて俺が判定を出す。飛び道具ならあの的を射ることができれば合格だ。獲物はなんだ?」


「オレはこいつ!翔はパチンコ、葵は」


「このみ一つ」


 葵は何やら気合を入れて答えているが、この中で落第に限りなく近いのはキミだぞ。


「一番細いのが素手かあ。でもあんだけ金があんだし、試験は辞退して訓練だけ受けていくか?ケガしたら元も子もねえぞ」

 

 どうも採集メインのような、試験を合格するような武力がない冒険者向けには最初から試験をせず自己防衛を身に着けさせる訓練を行うルートがあるらしい。


「翔くんといっしょのやる。翔くんのかして」


 ダメ元でもチャレンジは必要なことだな。的当てならケガもしないだろうし。先にやりたいというのでスリングショットを渡してやる。そういえばボク、スリングショットなんて使い方分かんなかった。店で葵が買ったから持っているだけだ。最悪やってる振りをしてスキルで当てればいいと思っている。


 5メートルほど先に50センチくらいの丸い的がある。的は一定の強さで石や矢が当たると倒れる仕組みになっている。3回のうち1発でも成功すれば合格らしい。ただし、当たっても的が倒れなければ仕留め損なったとして失敗扱いだ。葵は手近にあった石をスリングショットに入れて振り回している。ボクは静かに土嚢に隠れた。佑とスタックさんも無言で続いている。葵はしばらく振り回して勢いをつけて、めいっぱいのところで石を投擲した。スリングショットってそうやって使うのか。

 石は天井の梁に当たった。大暴投もいいところだ。埃や木の破片が落ちてきた。


(おい止めなくていいのかよ?)


 まだ葵をいいとこの子だと思っているらしいスタックさんが葵に聞こえないように小声でボクに聞いてくる。


(投げるだけならこっちがケガしないようにしておけばいいんじゃないですかね)


(お前らも苦労してるんだな)


(葵、めちゃくちゃ楽しそうでいいなー。翔、後でオレにも貸してくれ)


(お前、苦労してんな…)


 スタックさんは先ほどの優しい目を今度はボクに向けてくる。やめてくれ。ボクは自分に不利益がなければこの2匹を放し飼いにしてもいいと思っているんだぞ。

 葵は破片が落ちる天井を見上げ、またどこを見ているか分からない顔をしている。頬に手を添え小首を傾げて、今度はなにやらうなずいている。なにかいい考えがあります!という顔だが、絶対に良くない。スリングショットを丁寧に土嚢に乗せ、こぶし大の石を拾っている。大きく振りかぶって、石を放った。


 そういえばこいつ引っ越し初日から佑について回れた奴だったな。


 自分たちのいる土嚢にめり込んだ石を見て、それを思い出した。普通の奴は佑のペースで野山を連れ歩かれたら次の日は動けなくなるんだよ。ついでに野山で2~3日過ごせば独り立ちが大丈夫そうの太鼓判を押された奴だったな。


 3投目は足まで上げた完璧なフォームだった。オーバースローで放られた石は、過たず的を撃ち抜いた。


 撃ち抜いたせいで、的は倒れなかった。スタックさんは悩んだ末に、無料にするから訓練して行けと言ってくれた。危なっかしくて見ていられないらしい。ボクも全く同感だ。今回は3回のチャンスが与えられていたけれど、実戦でこれをやられたらたまらない。敵より先にボクらに穴が開くだろう。


「ちゃんとできないときは言うのに」


 眉を寄せて手を頬に当ててお上品に「自分はそうは思いませんが、皆の言うとおりにしておきます」のポーズをするんじゃない。キミに箱庭育ちで首に綺麗なおリボン着けているような黒猫が実はクロヒョウの子供だった時のボクの悲しみが分かるか。ボクはいま心の中で慟哭しているんだぞ。



 葵の試験が終わり、ボクの番が回ってくる。スタックさんはなんか身構えているけれど、冤罪だ。ボクは至って普通に合格する気でいる。

 葵のやっていた通りにスリングショットを構える。スキルで移動スピードと当てる位置を決めた。ちゃんと普通に、真ん中に当てたし的を倒した。どうだ。問答無用の普通である。スタックさんを振り返る。


「合格ですね」


「いやそうなんだが、なんか仕掛けでもあんのか?なんか魔法でも見せられたような感じだったぞ。勢いがなんかこう…変な感じだ」


「合格ですね!」


 至って普通の日本人たるボクは射撃の普通なんて分からなかった。普通に当たった石は、玄人から見て変化球だったらしい。実際はスキルで当ててるから仕方ない。追及される前に佑の試験をやれと抗議した。

 佑の試験は土に刺さった直径30センチ、長さ2メートルほどの木の棒に切りつけるものだった。ボクは自分の反省を生かし、手加減をするように言おうとして諦めた。表情が全力で「やってやるぜ!」と張り切っていた。手加減などという曖昧な表現が通じる人類のする表情ではない。ボクには今までの学びがある。止めて止まるような利口さがあれば、馬鹿を馬鹿とは見なしていない。


「いっくぜー!奥義、真空斬!!」


 やめろ知性のない必殺技名をつけるんじゃない。その真空斬は秋にトンボとりで叫んでいたやつだろ。せめて使いまわしをするな。

 木の柱は真っ二つに切られ、何なら地面もちょっと裂けた。文句なしの合格は出たが、スタックさんは明らかに引いている。


「お前、間違ってもそれ人に向けんじゃねえぞ」


「真空流はそんなことしねーよ、人をいかす剣だぞ」


「大丈夫ですこの子人と争う発想の無いアホの子なので」


 ボクは仮登録証を受け取り翌日からの葵の訓練日程を確認したあと、2匹の野生生物を連れて足早にギルドを出た。もう夕暮れが近い。早く宿を探そう。


「翔くん、おにいさんがいる」


「どのお兄さん?キミ全員お兄さん呼びだったでしょ」


「もんの中のおにいさん」


 葵の視線を辿る。入国審査の時の、あの人の好さそうな青年が遠くに見えた。


「おすすめのホテル教えてもらおうぜ!できれば温泉付きがいいなー」


 何か期待しているようだが、町の人々もなかなか粗末な服を着ており汚物がそこあたりにぶちまけられていることから衛生観念は諦めたほうが良い。恐怖のボットン便所すらあるかどうか怪しい。

ともあれ、青年に近づき接触を図る。


「行け、葵!」


「いってきます」


 葵を先行させ、油断を解く作戦に出た。その何にも考えてないさそうな敵意のない顔を活かしてこい。


「おにいさん、またあったね」


「君は…ああ、ギルドに行こうとした子たちだね。無事に着けたかい?」


「おかげさまで、かりとうろくができました。ありがとうございました」


「良かった。ちょっと心配していたんだ。泊る所はもう決めたかい?」


よしよし。機を見て話に入る。


「実は伝手も無くて困っていたんです」


「ギルドで紹介してもらえば良かったのに。今からだと空きを探すのは大変だよ」


 その手があったか。しまったな。ボクたちは紹介なんて頭になかったし、スタックさんは多分ボクらをいいとこの子で宿なんて伝手で既に決めているとでも思ったに違いない。


「こまったね」


「もうこうなりゃ雨風しのげりゃそれでいいんだけどな」


「うーん、大通りからかなり離れているし、キミたちには合わないかもだけど。ウチの親がやっている宿に来てみるかい?満室でも最悪、屋根裏か倉庫なら貸してあげられるかもしれない」


「オレは牛小屋でも寝れるから大丈夫だぜ!干し草って結構いいにおいすんだよな。糞まみれにされたら最悪だけど!」


「佑がいいなら、それでいいよ。翔くんは?」


「できればせめて倉庫がいいです…」


 野生動物2匹はそれでいいと思うが、ボクは文明人なので家畜と同衾は避けたい。

 青年はポーツというらしい。ボクたちも名乗り、案内をお願いする。ポーツさんは兵士だが、親に仕込まれた接客や計算のおかげで門での事務仕事を担当し文官のようなものだと言った。


「今は市も盛んだし、大通りの宿はどこもいっぱいなんだ」


 ポーツさんの両親の宿は大通りから外れて10分ほど歩いた先に建っていた。ちょうど一部屋空きがあった。こじんまりとはしていたが、あたたかな雰囲気の良い宿だ。3人2週間で食事付きで銀貨5枚。風呂はついていないが何よりボットン式とはいえトイレがある。


「葵、どうする?」


 佑は当てにしない。四則計算ができない奴は損得勘定など論外だろう。


「だとう。むしろちょっとおやすめ」


「これで3人2週間お願いします」


 銀貨5枚をさっさと先払いする。大きさの分からないお金が手元にあるのはちょっと怖いという気持ちもある。ポーツさんのご両親はびっくりしたような顔でいる。受け取った後、あまり大きな現金を持って歩くのはやめたほうが良い、と教えてくれた。奇遇ですね、今ちょうどボクもそう思ったんですよ。普通は大金になればギルドの登録証を見せ、登録番号と署名を渡してつけ払いにするらしい。宿はそれを持って客の所属するギルドへ支払いを要求する。


「2週間のあいだ、何か予定はあるのかね」


「この子はギルドで訓練を受けるんですが、ボクとコイツは特には」


「街の探検しようぜ、いろんな店あったじゃん。オレ防具とか見たい!」


「ボクは毛皮や肉、鉱石などを見て回りたいです」


 ポーツさんの親父さんに答える。言葉は少ないが、人好きのするおっとりとした人だ。知っている武器屋や店を教えてくれた。佑は購入目的だが、ボクは市場調査である。自分たちが売るものの値段は覚えておきたい。あの石がいくらで売れたのか、今でも検討がつかないのはちょっとどうかと思ったから。


「いだたきます」


「葵、いただきますだよ」


「つぎこそはがんばる」


 そういいながら女将さんの手作りシチューを既に頬張っている。佑は先んじて高速でいただきますをして掻き込んでいる。野蛮人め。でも美味しいから仕方ないな。この宿にしてよかった。野生生物2匹は気にしないだろうが、食事が外れた宿ほどつらいものはない。


 ギルドに行き、葵を届ける。スタックさんは昨日の訓練室で待っていてくれた。


「葵、これは女将さんのお弁当と飲み水。お腹が減ったり喉が渇いてもこれ以外は口をつけないように。ばい菌が体に入ると病気になっちゃうからね。どうしても何かが欲しければ、スタックさんにちゃんと聞いて、教えてもらって。いうこと聞いて、ちゃんといい子にしているんだよ」


「ベンキョー頑張れよお」


「じんじをつくす」


 スタックさんに葵の世話を頼み、ここは託児所じゃねーよと小言を言われながらギルドを後にした。離れるとちょっと心配になってくる。泣いてはいないと思うが、何かを壊したりはすると思う。


 馬鹿に自分の服を掴ませて大通りの店を冷やかす。値札はあるが書いている内容が分からない。そういった客は多いようで、聞けば店番が教えてくれた。

市で流通しているのをみるにちゃんとした貨幣制度があり、下から銅貨、大銅貨、銀貨がある。釣銭や競りを聞いていく。単位は銅貨が1テビ、大銅貨が1テラー、銀貨が10テラー。10テビが1テラー。値札によく書いてあるのが単位の文字だろう。銀貨とくれば金貨もありそうだが、市場に出回っている様子はない。物々交換をしている人もいることから完全な貨幣経済ではないのだろう。

 大通りを門の反対方向に行っていると、だんだんと周囲の身なりが整ってきた。皺がなく装飾が付いた服を着ている人もいる。建物も木造から石造りの部分が増えてきている。おそらく身分の高い人たちがいる地域なのだろう。ボクたちの大量生産品の服は簡素にも見えたが、汚れてはいないので人目を引くほどではない。


「うわ翔、馬車だ!ひっさしぶりに見たー」


 到底現代日本人の言葉とは思えなかったが事実だった。佑が小さい頃は碌に舗装されていない泥道は馬や牛に車を引かせていたのよ、と佑のお婆さんが写真を見せてくれたことがある。ボクはフェイク画像だと信じたかったのに、よりにもよってフィルム写真だった。それでもいくばくかの希望にかけて残っていたフィルムを店で現像してもらうという前時代的な儀式を経てボクは世界の真実に気づいてしまったのだ。馬車は伝説の存在ではなかった。そして佑や家族に画像を加工する技術は絶対ない。

 そのような限界集落とは違い、この異世界の道路は舗装され、馬車も行き交っている。人通りも落ち着いてきた。佑が何かを見つけて突進して行く。行先には武器のイラストを掲げた店がある。ちょっとお高めの予感がしたが、安物買いになってもいけない。この地域の大通りに店を構えているのならば信用できるだろう。佑を追って店に入る。


「翔これ金属製の鎧だぜ、かっけー。ゲームでしか見たことねえ。これにしようぜ」


「昔キミから慣れない道具には頼るなって聞いたんだけど。これものすごく重そうじゃない。着て飛んだり走ったりできると思うの?」


「なんかこう、魔法で軽いかもしんねーだろ。着てみる」


 装着方法がわからず店員に着付けてもらった。案の定佑の動きは牛より遅かった。かろうじて実用範囲内であった革製の防具一式を2人分購入した。細かいベルトや装着に必要な紐はそれぞれ体形を採寸し微調整を受ける。明日には仕立て終わるらしいので引き取りの約束をしてギルドの登録証で支払いをした。大銀貨6枚。足りなかったら請求までにまた石を売ればいい。後で葵も連れてきてやろう。


 翌日は宿の親父さんに紹介された鉱石を扱っている店に行った。佑はクラスター状の鉱石などを見てテンションを上げている。ボクの目的は魔石の価格調査だ。いかにも偏屈そうな店主に声をかける。


「魔石の取り扱いはありますか?」


「こっちだ」


 案内されて見るとあの小型モンスターから出てきたようなゴツゴツとした形の石が並んでいる。大きさは様々でボクたちが採取したような小さい物からその10倍はありそうな大型の物まであった。


「加工された魔石は取り扱っていませんか?」


「精製魔石のことか?んなもんお貴族さまでもなきゃ持っとらんよ」


「加工技術は貴重なものなんですか」


「魔力の操作が必要らしいが、普通の人間には無理だ。一部のお貴族さまか遠い国の魔人がやるもんだ。精製魔石は目ン玉が飛び出るほど高ぇぞ。オレらみたいな平民には普通にとれる魔石以外は縁が無ぇ」


 困った。市場にないものを更に探れば不審に思われるだろうか。どうも身分制度がしっかりあるタイプの異世界のようだ。面倒ごとは避けたい。万が一にも佑が貴族と関わったら3分くらいで不敬として手打ちにされる未来しか見えない。

 葵の「ていっ」製魔石改め精製魔石の価値は結局よく分からなかった。




 3日目。ボクは家に帰りたかった。

 覚悟はしていたが風呂が無いのだ。お湯を貰って体を拭いたり、中庭で湯を被ったりしているが限界に近い。風呂桶などという贅沢は言わない。シャワーか、せめて制汗剤か汗拭きシートが欲しい。できたら洗髪スプレーも欲しい。

 葵の訓練が午前のみだったので、午後からは洞窟に戻ることにした。鳥居を抜け、春の陽気との差に凍えながら佑の家に向かう。無駄に広い風呂に浸かる。外気温で縮こまった肌が融けていく気がした。今日はそれぞれ家に帰ることにした。どうせ時間経過のないあちらにはいつ戻ってもいいのだ。久しぶりにふかふかのベッドで寝たいし、白米が食べたい。明日はまた放課後に店に寄ってから鳥居に行くことにした。


「葵は訓練大丈夫そうか?」


「じゅんちょうだよ。くみてとか、お金のかちとかおしえてくれる」


 葵は「お金なんて聞いたことはありますが見たことはありません」という顔をして、結構な金銭価値の情報を得ていた。曰く、銀貨12枚で大銀貨1枚、同じく12枚貯めるごとに小金貨、金貨、大金貨、白金貨と進化していくらしい。そこは10枚ずつじゃないのかよ。売った精製魔石は小金貨3枚になったらしい。しばらくは金には困らなさそうということだけは分かった。葵は少し文字も読めるようになったらしい。数字と簡単な単語だけだが、西洋の言語のようにすべて基本的な文字の組み合わせで文章が作られ漢字のようなものは無いらしい。そう考えると日本語も異世界語もこいつにはあまり差が無いのかもしれない。佑は終始何も分かっていなかった。キミにとっても日本語と異世界語はあまり差はないのかもしれないぞ、困ったな。


 それぞれが自宅で英気を養い学校で再会する。

 葵はまた一番に登校して席に着いていた。ちゃんと教科書を読んで予習に励んでいるらしい。聞けば自分の分はまだ届いておらず、佑に相談したら「オレは必要ないから持ってけよ!」と昨日から貸してもらっていたそうだ。一番教科書が必要なのは佑なんだけどな。ボクはどこまで教科書が進んだか聞いて、簡単な質問をした。全部答えられていたので葵のペースに任せ、2人目のカリキュラムを組むのはやめることにした。分からないところは聞くように言っておく。家では母親に聞いたりして進めていたようだ。


「ママ、翔くんと佑によろしくねって。あの、僕あんまり人とあそぶことなくて。良かったらうちにもつれていらっしゃいって。ありがとう」


 ちょっとムズムズする気がした。そうだよな、キミ友達いなさそうだもんな。お母さんもこの世間知らずな怪力の悲しきモンスターに人間の友達ができるか心配だったんだろう。人間代表としてこれからもよろしくしてやろう。


「やっべー、朝から糞まみれで遅刻するかと思った!」


 人間落第生が今日も始業ギリギリに滑り込んでくる。今日は教科書も無いしさぞ身軽だっただろう。ボクは通信端末の通信障害を装うアプリの起動を中止した。

 今日は昼休みと放課後に葵から佑へ教える体裁で復習をした。これで葵の学習進度も分かる。昨日まで自分よりも下だと思っていた葵に教えられるのは佑に堪えたらしい。神妙に復習し数回の確認テストだけで合格した。





翔は自分をワトスンだと思っているモリアーティのタイプです

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