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12.学習発表会Lv.99



 帰還に先駆けて探索終了の手紙を送る。文面と宛先は記入済みなので、荷運びに手渡すだけだ。このセットは出発前にカートさんから渡されたものだ。達成度によって何種類か用意されたうちの一つを選んで送る。もちろん手付金だけ払って着払いだ。

 自分たちはゆっくり帰った。見たことのない獲物や草花を採取する。スキルはレベルアップを続けていた。ボクのスキルは移動先の透視ができるようになった。これで目視できなくても事故が起こらないように転移できる。透視の距離がせいぜい5キロ程度なので、今後は透視距離を伸ばしたい。佑の剣のスキルは概念も切れるようになったかと思ったが、「未練を断つ」など辛うじて佑が意味を捉えられるものに限る。「根を断つ」を理解すればそもそもあらゆる依頼を一刀のもとに切り伏せられる可能性はあった。佑は馬鹿であった。できなかった。そんな気はしていた。葵は何も考えていない顔でボクたちがスキルを伸ばそうと四苦八苦しているのを眺めていたが、自分を盾でろくに守れない現状を厳しく受け止めるべきだ。ニコニコしているがキミが一番の落ちこぼれだからな。


 街のギルドに戻って久しぶりにゴリラに会う。相変わらず大きな声で初心者らしき冒険者に遠巻きにされている。怯えなくてもいいぞ、これから心胆寒からしめられるのはそのゴリラだ。ゴリラはバシバシと背中を叩いてくる。うるさいので窓口に道々で狩った獲物や草花を山にしておいた。ゴリラはヒュッと息を吸って大人しくなった。よし。よくわからないものの査定は時間と労力がかかるよな。そう思ってわざわざ近くのギルドで捌かないで持ってきたんだぞ。勉強ができてよかったな、せいぜい励めよ。

 案の定査定に時間がかかることになったので宿に戻ることにした。ギルドを出て大通りを外れようとしたところで、葵が男に掴まれ持ち上げられた。ボクたちの周りにはしっかり盾が張られていて手が出せなかったようだ。とっさの判断にまだ難があるな。


「葵!」


 佑の叫び声を聞いてクロヒョウはようやく自己防衛を働かせる気になった。なるほど!という顔をするな。迷子の自覚がないタイプの迷子だな。

 掴まれた胸元を起点に大きく足を振りかぶった。かかとが自分を持ち上げた男の股間目掛けて突っ込んでいく。ボクたちは目を瞑った。腰が引ける。こいつ自分にも同じのが付いているのによくやろうと思えるな。自己防衛が働いていないからかな。全く躊躇が無い。


「僕たちにごよう?」


 葵を持ち上げた男も腰が引けていた。葵のかかとはその引けた分だけ寸前で止まっている。クロヒョウの扱いに妙に手馴れている感じがする。


「カートさんがお待ちです」


 男は冒険者にしては身なりがいい。商会に雇われている旅団のメンバーだった。

 3人纏めて商会の馬車に突っ込まれる。ちょっと乱暴だったのは自分も守らないアホが先行したせいだ。ボクは被害者だ。




 馬車が豪邸に入っていく。貴族の街と平民の街を隔てる壁に沿って建てられた3階建ての館だ。小学校くらいの敷地がある。この立地にこの敷地面積なら限りなく貴族に近い富裕層といったところだ。


「スゲー!なんかめちゃくちゃかっけえなあ」


 馬鹿は家の広さよりも手入れが行き届いていることに感動している。純粋な家屋の面積ならキミの家の方が広いもんな。いらないものはとりあえず倉庫にしまい、いっぱいになったらまた倉庫を作るという効率を考えている分ゴミの集積場の方がややマシなやりくりをしていた結果拡大していっただけの話だが。所有している土地はさらに広い。とりあえずこっから見えてる山と平地はウチの、と言われた2年前のボクは理解ができなかった。そして土地登記が実は相続されていなかったり税金は余分に支払ったりしていたので母さんが悲鳴を上げていた。今はほどほどに県の所有にして所得税を減らしている。


 あれよあれよという間に馬車を降ろされ部屋に案内された。お高そうな茶と茶菓子が配られる。馬鹿は茶器を鳴らして菓子を貪っていた。馬鹿の手に収まっているカトラリーがあまりに不憫だ。職人が魂を込めたであろう凝った装飾のフォークは爪楊枝と同等の扱いを受けている。物の価値が分からない奴に出すものではない。手づかみで食べるのがお似合いだ。ボクは価値が分かってしまうので音を立てないように少しお茶を飲んだ。それ以上は触れないようにしておく。葵はどこをみているのか分からない顔をして一切手を付けていない。それまだ時間かかりそうですかね。馬鹿がうめえうめえと鳴く声だけが響いている。使用人は一切慌てる様子もなく次から次へと茶と菓子を補給しわんこそばの様相を呈している。躾の行き届いた従僕を抱えている。お願いだから少しは嫌な顔をしてほしい。この馬鹿を止める口実をくれ。


「待たせた」


「おあいできてこうえいです」


 カートさんが部屋に入ってきた。葵が「待ちわびておりました」の顔で挨拶をしている。カートさんは馬鹿が菓子に夢中になっているのを認め、もっと持ってくるように指示した。どうもこいつを喋らせないようにするのはこの場の共通認識らしい。カートさんが手を払うしぐさをすると全ての使用人が外に出る。ボクたち2人が今回の任務の報告を行った。もちろん思慮の浅いアンデッドのことは秘密にして、魔族が住み着いていたが放棄された遺跡ということにしておいた。


「まずはご苦労。地図も申し分ない。」


「きかんがにんむ。ちずぶんはうわのせ」


 葵は早々に被っていた猫を放り投げた。カートさんが舌打ちをしたが、葵は至極どうでもいい顔をしている。こいつの図太さは今感じたくはなかった。


「利用価値のある新種のモンスターや植物もない、ろくな財宝も魔導アイテムもないハズレダンジョンだった」


「れいとうまじゅつのいじほうほうはべつりょうきん」


 カートさんはもはや隠すことなく舌打ちした。席を立ち葵の頭を鷲掴む。


「いいから吐け、クソが」


「だんことしてきょひ。それはしょうめいした」


 ボクは無関係だ。お茶を楽しむことにしてお菓子を摘まむ。旅団を抱えて豪商をしている人物がこちらに話しかける。やめろよお茶が不味くなる。


「おい管理人。コイツを吐かせろ。並みの尋問や拷問はきかん。お前の命令なら聞くだろう」


 どうしてそれが効かないのか、何を証明済みなのかは知りたくないので言わなくていいぞ。

 野生動物は飢餓に備えて食いきれなかった獲物を隠す。葵が手札を隠し、わざわざ隠していることを示すのはボクたちへかかる何らかの不利益に備えるためだ。だから先にそれをボクへ話せばこんな手間は必要ないんだぞ。


「依頼書に無かったことですので。詳しい契約は後日改めて」


 時間を稼いでおく。


「後日といえば」


 カートさんは目付きの鋭いハンターのような顔を笑顔で覆う。


「国からお前たちへ等級を付与する話が出ているぞ」


「じたいする」


「せめて条件や利益を聞け。礼儀だろう」


「ひつようなれいはつくしたのに…」


「依頼人の俺に尽くせ!」


「?」


 葵は上品に「困りました」のポーズをしているが、その実「本当に意味が分かりません」の顔なのをボクは知っている。その場に合わせて必要な態度と言葉を選んだ結果、目の前の商人には敬意を払う必要がないと判断している。なにやったんだよカート。


「葵。国の等級のこと、ボクは知らないから教えてほしい」


「翔くんのためならしゃべってもいいよ」


「管理人、躾はちゃんとしておけよ」


 融通してやったのにこの言いぐさだ。ボクは自分の中でカートの等級を下げた。


「ギルドの等級とは別に、一定の実績を収めた冒険者に与えられる等級だ。実績はその地方の領主が認定する。国家への貢献を示すものだ。爵位もついてくる。ちょっとばかり仕事は増えるが、貴族に顔が効くのはでかいぞ」


 ちょっと考える。貴族に顔が効くとどんな利益があるのか分からない。なにより今は不自由なくやれている。一所に定住するならいいのかもしれない。功績があるとやっかみを受ける。露払いのための必要なコストなら支払ってもいい。


「お断りします」


 なにせボクらは気分屋のこども冒険者なので。そういう面倒はゴリラに被せるに限る。生贄として差し出せばボクたちはノーコストだ。お財布に優しい。それに。葵は「翔君がしたいようにすればいいと思う」とか顔が言っているけど。

 ボクたちをあらゆる害から守ろうとしているのを知っている。全く言葉にはしていないが、盾が全てを物語っている。言葉にしろと再三教え込んでも無駄だった。野生動物だから仕方ない。本能には逆らえないのだ。理由なく、見返りなく、ただ心の底からそうすべきと信じている。

 ただの馬鹿じゃないって、アホの子なんだってもう知っているからなあ。

 国からの等級認定を回避するようカートへ交渉した。どうしようもないことよりはこちらをどうにかしたほうが手間が無い。代わりに冷凍魔術の維持方法を教えることになったが、お貴族様の前に野生動物どもを連れて行って恭しく礼をとらせ爵位を受け取る芸を仕込むよりはよっぽどいい。なにせ言葉を話すことを教え込むのも大変なのだ。王宮に仕える全てのものはボクに感謝してくれてもいいぞ。力加減を知らない馬鹿2匹から守ってやったのだから。







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