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004

「ねえ、音無君。放課後暇?」

 学校の終わりを告げるチャイムが鳴ったと思いきやいきなり彼女はそう切り出した。

 ほら見ろ、他の皆はこの状況に全くついていけていないじゃないか。

 そんな小言がつい口から出そうだったが、必死に押し込みつつ僕は彼女にこう答える。

「この僕の顔を見てもなお同じことが言えるのなら僕は君を尊敬するよ。それを踏まえて僕の方から質問をするけども、君の目には僕が暇なように映ってるのかな?」

「当たり前じゃない。そもそも今日の被弾数は三発でしょ?それならいつも通りじゃない」

 ――確かに言われてみれば。久しぶりの登校日なのですっかり失念していたが、そもそも僕は一年間で1000発殴られているのだった。学校がある日なんかは唯姉と会わないことを考えるとむしろいつもより少ないぐらいだと言えるかもしれない。

「それにあなたがいつもお世話になっている病院は今日は休みよ。つまり、あなたが暇であることは明らかという訳ね」

「いいだろう。僕が暇だというのは分かったけど、と言うか僕の行きつけの病院を把握している君に正直驚いているしむしろ怖いとすら思っているし、何なら今日が休みなんて今知ったけれど、君の方はどうなんだい?」

「と言うと?」

「君は今日が初めての登校日なんだろう?なら僕なんかに構わず新しいクラスメイト達と親睦を深めるべきなんじゃないかと僕は進言するよ。結局、始業に遅れて自己紹介すらまともにできていないんだし。今の君はさしずめ、不良と仲が良い謎の転校生ってところだ」

「なるほどね。確かにそれは一考するべき議論であるのは間違いないわ」

「だろ?」

「だけとそれには一つ抜けているものがあるわ。私の自由意思がね。もっと言うと優先順位かしら?私が今何においても優先すべきはあなたなのよ」

「それは何、告白?ほぼ初対面のクラスメイトに僕は今口説かれてるの?」

「一度鏡でも見てきなさい。外見でどうのこうの言うつもりはないけれど、あなたのような根暗男を一目見て好きになるような人は地球上で存在しないわ」

 ――これは手厳しい。死体蹴りも良いところである。僕みたいな既に終わっている人間でなければ、多分今の一言で窓から投身でも図るんじゃないのか?それも防弾ガラスすらぶち抜くぐらいの全速力で。まあ、学校の三階の高さなんてたかが知れているし、よっぽどの体制でもなければ足を挫くだけで済むのだろうが。しかし、彼女の言葉は唯姉の拳よりもはるかに破壊力があった。一発が重い。

「まあ、僕の恋愛云々の話は正直どうでもいいけどさ、つまりそう言う君もまた暇だということで良いのかな?」

「あら、意外と言い返してこないのね。肩すかしを喰らった気分だわ」

「そいつは結構。確かに僕は暇らしいけれど、だからと言って徒に時間を過ごすつもりはないんだ。出来ることならこの場で用事を済ませておきたい所なんだけどね」

「私は別にそれでも構わないわよ。でも、あなたの恥ずかしい話を暴露してもいいのかしら?あなたは私のことを何も知らないけど、私はそうじゃないのよ?言ったでしょう?散々調べつくしたって。あなたに関して私に知らないことはない」

 ――全く、大した告白もあったものである。

 これが仮に初対面なのだとしたら、即座に逃げ帰るところだ。勿論通報も忘れずに。

「僕が君のことを何も知らないという根拠は?僕だって君のことを裏で調べているかもしれないかもよ?」

「それじゃあ私の名前を言えるかしら?一応は自己紹介をしたんだし、そして、もし仮に私を裏でコソコソと調べ上げているとしたら、あなたを軽蔑するけれども、名前ぐらいは言えるはずよ?」

「それぐらいは訳ないよ。高麗(こうま)、だろ?」

「下の名前は?」

「……さあ?」

「……どうやら化けの皮が剥がれたようね。それを踏まえてもう一度あなたに聞くけれど、本当にここで用事を済ませてもいいのかしら?」

 やや、沈黙があって彼女はそう再び質問した。どうやら僕の余りの記憶力のなさにショックを受けたらしい。彼女の目には一抹の悲しみのようなものが見て取れた。

「……是非とも人目のないところでお願いします」

 放課後になって十分以上は経過しているが、人はまだほとんど教室の中。いつもなら数えるほどしかいないはずだが、なるほど、転校生ってのは何をするにしても人目を惹く存在らしかった。

「あなたにまだ考える脳があって安心したわ。それじゃあ私についてきなさい?私は多忙なのよ、あなたと違ってね」

 ――全く僕を非難することに枚挙のいとまがない。

 まあ、正直言って、既にクラスメイトの目の前で数えるのが億劫になっているほど唯姉に殴られている僕が、暴露話をされることにそこまで抵抗がある訳でもないし、多分僕のことを『音無君』と他人行儀に呼ぶ彼女にはそもそもそんなつもりがなかったのかもしれない。

 彼女に限ってそんなことはないとは思うが、僕と会話していることに少しばかり恥ずかしさもあったのかもしれない。つまり、何はどうあれ彼女にも人の心があって助かったという話だ。

 着いてこいと言いながら、僕のことを全く顧みない彼女に着いて行きながら僕はそんなことを考える。

 彼女が足を止めた場所は屋上だった。まあ、消去法で、消去法だろう。部活に所属していない僕達が使える人気のない場所と言ったら屋上以外に存在しない。そんなことを言えば「私とあなたを一緒にしないでくれる?」とでも言われそうだが、しかし事実は事実である。

 鍵盤上の暴君とまで言われる彼女は勿論孤高の存在であり、つまりは孤独の存在である。

 つまりその尺度のみで言えば僕と彼女はやはり同類である。これこそまさに怒られそうではあるけれども、しかし事実は事実。僕達は同じ独り者に過ぎない。特にピアニストはそれが顕著である。あそこまで一つで完結している楽器はそうはない。

 僕にはもうその肩書きは存在しないが、まあ物心ついた時には僕はピアノに座っていたぐらいなのだ。ちょっとやそっとひねくれただけじゃ変わらない。ニート自体がそもそも孤独だろうというもっともな反論はひとまず置いておくとして。

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