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「しかしまあ、どれもパッとしないわね。凄いと言われれば確かに凄いんでしょうけど、全くと言って理解が出来ないわ。なによあれ、人体の解剖図に何の面白さがあるわけ?」
「多分僕達がやろうとしていることも同じ感想を抱かれるんだろうけどね。知る人ぞ知るではなくて、知る人しか楽しめないものであるのはまず間違いない」
「それでもよ。明らかに情熱が感じられないわ。あんなものエゴ以外の何物でもないじゃない」
「そっくりそのままお返しするよ」
どうやら彼女のそんなもの発言は嘘ではなかったらしい。彼女の文句に主に僕がつき合いながら、校内を回る。しかしそれでも飽きが来ていない様子を見ると彼女なりに楽しめてはいるのだろう。正直僕も面白くはあった。
勿論、人体の解剖図なんてものは見たことはないし、まさか本物の人体かと見間違うばかりの人体模型が展示されるとは思いもよらなかった(因みに我がクラスの出し物?である)。拷問と歴史が密接に関わっているとは思ってもなかったし、なんちゃら基底という、もはや数学用語なのかも分からない代物で一時間ものべつ幕なしに話し続ける彼たちの目は輝いていたし、僕の目からはミミズが這ったようにしか思えない文字も迫力と呼べるものは存在した。閲覧者の何人かが唸っていたところを見る限り、その出来栄えは中々のものなのだろう。それでもやはり、僕にはさっぱりだが。読めもしない文字に何の価値があるのやら。
まあ、それでも瞑はすべての出し物に興味が湧いたらしく、特に拷問の歴史コーナーでは来場者のうち一番だと確信できるほどの輝きをその両目は放っていた。どうか、その興味に僕が晒されることがないのを祈るばかりである。
そんなこんなで、一応は楽しく文化祭を回っていた僕達ではあったが、そんな楽しい時間は彼女の自分勝手な一言で終わりを告げた。
「どうやら、ここで行き止まりのようね。しかし、物理準備室ねえ。こんな部屋が存在するとは聞いてなかったんだけど、どう一君?試しに中に入ってみない」
そう白々しくも困った風な彼女同様に、僕もまたこの場所に物理準備室があるとは知らなかったけれども、僕の目の前には確かにドアが存在し、確かに『物理準備室』という名のプレートが掲げられていた。
「どうしてそうなるんだ。存在しないはずの教室なんて不気味なものに飛びつくほど僕はおろかじゃない」
「でも好奇心は掻き立てられるでしょう?もしかしたら隠れて誰かが出し物をしているのかもしれないわよ?秘密の教室なんて面白さ以外の何物でもないじゃない」
「そんなに面白いんなら君が入ればいいじゃないか」
「レディファーストって言葉、知ってるかしら?女性は何事においても一番に扱いなさいというマナーの一種なんだけど」
「それは僕も知っているけども、そのマナーを尊重するのならここは君が先に入るべきなんじゃないのか?文字通りのレディファーストだ」
「残念。女性を優先させるという要素を持ち合わせているのは事実だけど、だからと言ってそれを理由に保身に走るとはみっともないわね。女性を大事に扱えという意味がこの言葉では一番大事なのよ?」
「刺さっているぞ、ブーメランが」
「両者痛み分けなら問題ないでしょう?それで、どうする?自分で入る?それともか弱い私を先陣に立たせむざむざ見殺しにする?」
「誇張表現がすぎるんじゃないか?そう言われれば誰だって自分が入るに決まってるじゃないか」
「じゃあ、話は決まりね。さあ、行ってらっしゃい」
「え、ちょっ」
もちろん、むざむざ自分から矢面に立って勇猛果敢に死地に飛び込むほど僕は馬鹿ではない。だがしかし、そんな抵抗も瞑の手にかかれば無意味である。僕は泣く泣くその物理準備室と言う僕も初耳な教室に押し入れられた。
「あのー、誰かいますか?」
僕は恐る恐る、その空間に声を投げかける。物理準備室の中は、厚いカーテンでも引かれているのだろうか、電灯のついていないその教室は真っ暗だった。
「やあ一。久しぶりだな。約一年ぶりだろうか」
どうやら謎の物理準備室にはちゃんと人はいたらしい。
だが、その聞き覚えのあるその物言いは決して僕の望んでいた人物ではなかった。
「……母さん」
カーテンで陽の光は遮られており、その人物の顔ははっきりと見えなかったけれども、暗闇に目が慣れさえすれば、ぼんやりとだが姿形ぐらいは見えてくる。それに、例えはっきり見えなかったところで、母親の声を聴き間違う人間など恐らくどこにもいないだろう。ましてや僕は母親と密接以上に関わってきた過去があるのだから。
「ああ、母さんだ」
薄暗い教室に光るその眼光は、当時よりも厳しさを増していた。そうでなければ光の少ないこの教室で眼光などと言う言葉が出てくるはずもない。
どうやら、僕は彼女の計にまんまと引っかかってしまったようである




