023
事前に配られたパンフレットを見たところ、僕らの出番は本日最後の演目だった。ご丁寧に、『独奏者の二重奏』とルビに至るまで、でかでかと書かれている。無論僕らの名前もその例外ではない。目算で、他の出演者の倍はあるだろうか。全く、いい仕事をしてくれる。
これじゃあ、いよいよ失敗は許されない。
まあ、それはともかく、ここで大事なのは僕に出番が回ってくるまでにしばらく時間が空いてしまったことにある。校内の散歩を提案した僕ではあるが、正直言って文化祭本番を見て回りたいかと言われれば答えはNoである。精神統一に是非とも精を出したいところである。
――が、しかし。
「どうやら私たちの出番には少々時間がかかるようね。どうかしら、一君。改めて、もしよければだけど一緒に見て回らない?まあ、別に断ったところで瞑と二人仲良く回るだけなんだけど、あなただって一人寂しく講堂の隅っこで良く分からない劇やらなんやらを見たくはないでしょう?」
僕に休む暇は与えられなかった。それどころかやはりこの暴君は、文化祭でも尚、僕を連れ回すおつもりらしい。さっきのあれは冗談という側面もあったんだが。
「それもまた一興だと、僕は思うけどね。演目を見る限り中々に興味をそそられるのがちらほらある」
「冗談も休み休みに言うことね。あなたがそんなものに興味を示すわけないじゃない」
――図星である。
まさに僕は他人が何をしようとさして興味はないけれども、改めて言われると中々にダメージがある。彼女の言葉が重いのも十二分にはあるのだろうが。
「それに、一人の文化祭ほど惨めなものはないでしょう?あなたがお祭りを一人で楽しめるほどの強靭なメンタルを持っているというのなら話は別だけど……でも、私に負けて逃げ出したあなたがそんなものを持っているとは到底思えないわね」
「なら、最初から言うなよ。それにここは人の目があるんだから、そう大きな声であんなもの呼ばわりするもんじゃないと僕は思うけどね」
いくら開会宣言が終わったとはいえ、講堂はまだまっすぐ歩くことが難しい程度には人がいる。
「あら、あなたが他人の評価を気にするなんて珍しいこともあるものね。ひょっとして退化かしら?」
「せめて元に戻ったと言ってくれ。或いは人間の心を取り戻したと呼んでもらっても差し支えない。因みにオススメは後者」
「じゃあ、前者で。あなたにそんな大層な表現は似合わないもの。それとも中二病って奴かしら?かつての古傷が疼く?心の傷が」
「自覚ありありじゃないか。僕の古傷を抉っている自覚があると言うなら是非ともやめてもらいたいね」
「それは返事をもらってから考えましょうか。どうもあなたは返事を先送りにするクセがあるようだわ」
「それは一々、君が小言を挟むからだろ?」
「返事」
――どうやら今度ばかりは小言合戦に応じるつもりはないらしい。まあ、人目をはばからずにできる会話という訳でもないし、そこは人並みな感性を彼女も持ち合わせているということなのだろうか。
「いいだろう。君と文化祭を回ることにするよ」
――まあ、今更ここでごねたところで何も始まらない。別に、このまま本番まで罵り合ってもいいけれども、それではあまりに不毛すぎる。それに開会宣言を終えたこの講堂では次第に最初の演目の準備が整いつつある。これでは邪魔にしかならないし、準備が進むにつれ僕達は人目につき始めているようだ。まことに不本意ながら彼女の容姿はただでさえ人目を引きつけるのだ。こうなっては、僕に取れる手段はこの場から離れる、すなわち彼女の提案を一応は受け入れるということ以外に存在しない。
「いい返事ね。それじゃ行きましょうか。まずは私達のクラスからよ」
どうやら彼女の腹の虫は収まったらしい。
一時的に人が少なくなった講堂には最初の演目を見ようとやってくる人がちらほら見え始めていた。そんな人たちと入れ替わるように僕達は講堂を後にするのだった。




