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果たして、唯姉の言葉通り講堂にはピアノが二台準備されていた。ご丁寧に天蓋が明けられ、黒白88鍵が露わになっているところを見ると、どうやら先客がいるらしい。
「お待ちしておりました。準備は全て整っております」
やはりと言ってか、先客は瞑だった。制服姿が少しばかり違和感である。
「ありがとう。瞑はもう下がっていいわよ?寝不足なんでしょう?」
「その心遣いは有難いですが、一応は音無様の講師役でもある訳ですし、最後まで聞き届けます」
「あらそう。まあ、好きにしなさい」
「ありがとうございます」
そんなこんなで僕達の最後の練習は始まりを告げた。僕が手渡された『独奏者の為の二重奏』は技術に多少自信がある僕ですら戦慄してしまうほどの難易度である。これではかのリストもモテるのを諦めるんじゃなかろうか。勿論、誇張表現ではあるけれども。
無論、人間の限界をギリギリのところで越えてはいないし、物理的に弾けると言えば弾けるのだが、二週間で完成することが果たして可能なのかと聞かれれば素直に首を振ることはできない。縦横両者共に。
そうなると、この楽譜は上手くできている。まるで予め、演奏者が僕と彼女の二人であり、期限が二週間しかないと知っていたかと思うほどに。まあ、彼女の計算高さを鑑みるにこの二週間という期限も想定の内なのだろう。彼女曰く敗北が見え見えの勝負はしないのだから。
「それじゃあ、練習を始めましょうか。どうする?先に合わせとく?」
「そうだね。せっかく二台も用意してもらってることだし、合わせておこうか」
「いい答えね。一応言っておくけど私もこの曲には自信がある訳じゃないから、そこらへんよろしく」
「まるで、僕も自信がないみたいな言い草だな」
「だってそうでしょ?楽譜を見るや一瞬で目を反らしたのに気づかない私じゃないわよ?」
――バレていた。
「まあ、取りあえずはテンポを落として合わせましょう」
「ああ、それでいいよ」




