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010

「お嬢様、昼食の準備が出来ました」

 彼女の言葉通りきっかり五分後、瞑さんは僕達を呼びに来た。

「ありがとう、それじゃあ一君もついてきなさいな。我が家では皆でそろって食事をするのが決まりなのよ」

「そいつは初耳だな」

「当たり前よ、今作った決まりだもの」

「……」

 と、いう訳らしい。あまりの横暴ぶりにもはや抵抗する気力すら起きなかった僕は大人しく彼女の手に引かれ、食堂へと連行される。

 そこで、僕が目にしたのはとても五分やそこらで準備したとは思えないほどの豪勢な食事だった。まず、僕の目を引いたのはそれを確信させるほどの、恐らく百キロは超えているであろうマグロ一匹の姿造りだった。マグロの姿造りなんて僕は寡聞にして聞いたことがない。

「め、瞑さん。この料理は君が?」

「勿論です。材料の調達はもとより調理に至るまで、食事関連は全て私一人で行っております」

「どう?私の瞑の凄さは分かってくれたかしら?」

「ああ、勿論だよ」

 まあ、自分のメイドの成果でドヤる気持ちは分からんでもないが、しかしちょっとは遠慮というものがないのだろうか。そこまで意気揚々とドヤられれば口を挟む気も起きないけども。

「それじゃあ、頂きましょうか。料理は鮮度が命ですもの」

 結論から言おう。料理は全て美味かった。美味かった以外の表現が見当たらないほどに、美味かった。もとより五分そこらで用意された料理に僕が期待していなかったのも少しはあるのだろうし、朝っぱらからバタバタしていたので腹は減っていたし、まあここでインスタントの食事が出てこようがきっと僕は美味いと感想をもらしたのだろうが、しかし瞑さんが用意してくれた料理は例えそんなスパイスがなかったとて、美味い以外に形容のしようがなかった。料理の造詣が深ければこの料理に見合った感想もできるのだろうが、生憎と僕はそんな豪華な料理を食べた記憶はほとんど残っていない。一応、僕もキッチンに立ちはするが、僕の知っているものは家庭料理と言うかどうかも分からない男料理である。

 しかし、馬鹿舌なのはこの家の主も同じようで僕と同じような言葉を言いながら黙々と食べ進んでいた。

「ご馳走様。美味しかったわよ瞑」

「ご馳走様でした。こんな美味しい料理は初めてだったよ瞑さん」

「喜んで頂けて何よりです。では私は後片付けをしてまいります」

 そう言うと、瞑さんはいそいそと卓上を片付けていく。とても一人では持てないような皿すらも片手でひょひょいのひょいである。まあ、僕を軽く吹っ飛ばしたほどなのだから今更言うべきでもないのだろうが。多分、あの棍棒はゆうに十キロは超えているはずだ。

「瞑の前だとやけに素直よね、あなた。てっきりちゃぶ台でもひっくり返して怒鳴り声でもあげるのかと思っていたわ」

「君の中の僕はそこまで常識がないのか?流石の僕も出された食事にケチをつけるほど腐っちゃいないよ」

「私だと小言を並べてくるのに?私に対して今まであなたが素直だったことって果たしてあるかしら?」

「確かに、僕の記憶ではそんなことはないけども、しかし君は僕が素直に反応を返すだけだけの何かをしたこともないだろう?今日だって朝食は僕に作らせたじゃないか」

「それはしょうがないじゃない。私は料理が出来ないのよ」

「じゃあ、文句は言わないことだね。別に料理の不出来で評価はしないけれども。少なくとも瞑さんの料理に足ることを君がしたかと思えば僕は縦に首は振れないね」

「ぐぬぬぬ」

 ――おや、クリティカルヒットを喰らったらしい。これは思わぬ誤算である。てっきり何か言い返してくるものばかり思っていたが。どうやら彼女にとって料理が出来ないことは泣き所らしかった。

「よし、分かったわ」

「何が?」

「あなたが私に素直な反応を返してくれるまで、この家からあなたを出しません」

「それはただの意地では?僕をここに連れてきた当初の目的はそれじゃあないんだろう?」

「別に全く違うという訳でもないわよ。言うなれば延長線上ね。どのみちタイムリミットなんてないようなものだし、今更増えても問題はないでしょう?」

「いや、確かに出席日数がどうでもいいとは言ったけれども、流石に留年にならない範囲内ではあってほしいんだけど……」

「なら、素直に降参することね。それはそうと、今日からあなたは私のお家でお泊りなんですもの。ここから解放されたいのなら大人しく従いなさいな」

 ――『お泊り』、その言葉が持つ、ゆるふわな空気とは似ても似つかない状況ではあるが、まあご丁寧に僕の着替えはあるし、都合のいいことに今日からゴールデンウィークのようだし、そもそもとして僕にはこれと言った予定もない。つまるところ、図星をつかれて赤くなった彼女を満足させなければ我が家に帰ることは叶わないということである。

「覚悟は言いかしら、一君?これから毎日みっちりつきっきりであなたに手を焼いてあげるわ」

「随分と魅力的な提案だね。きっと商店街では藁が飛ぶように売れるんだろうさ」

「大丈夫よ、あなたが例え学校に来ずとも丑三つ時の神社は静かなものよ」

「さて、それはどうかな?現状、君はクラスでは僕以外と口を聞いていないんだ。僕が学校に来ないことと君を紐づけるのはそんなに難しくないと思うけどね。想像力たくましい高校二年生を侮っては困る」

「あなたがそれを語る?」

「僕も一応は高校二年生なんでね。語ったとしても問題はないだろう?」

「問題大ありよ。せめて高校生らしい生活をしてからそのセリフは吐くべきだわ」

「ならば、是非とも僕を解放してほしいものだね。そうすれば昼はクラスメイトとプール、夜もクラスメイトと肝試し、夜中もクラスメイトとお泊り会なんていう充実した夏休みが送れる。ほら、高校生らしい生活だろう?」

「あら、あなたにそんな望みがあったなんてね。良いでしょう、その望み叶えてあげてもいいわよ?あなたにはまだ見せてないけど、うちにはプールもあるし、裏山に行けば肝試しもできるわ。お泊り会は現在進行形な訳だし、何も問題はないわね。ここにはあなたのクラスメイトが二人もいるんだもの。それも美少女の。心躍るってものじゃない?」

「字面だけ聞けば、確かに甘美ではあるが、しかし現実は悲しいかな、暴君と怪物の二人に軟禁されている」

「でも、それはあなたにとって何の問題もないんでしょう?あなたが既に言ったことよ」

 どうやら墓穴を掘ってしまったらしい。僕にこれ以上反論できる余地は残っていないし、何より炊事場から戻ってきたらしい瞑さんの姿も目の端に映った。

 と、いう訳であえなく僕の抵抗は打ち砕かれ、僕は彼女の手の引かれるままに、先程のとは違うとある一室へと案内された。

 先程彼女に連れられた部屋同様に、薄暗くはあったけれども、この部屋には音楽室同様にピアノが置かれていた。どうやらここもまた彼女の練習部屋らしい。もっとも、この場には二台のピアノが互い違いにおかれていたけれども。なるほど、どうやら僕も腹をくくらねばならないらしい。

「それじゃあ、一君。レッスンを始めましょうか?」

 僕が悟ったのを悟ったのか彼女はそう高らかに宣言した。

「……お願いします」

 僕に残された選択肢はただ一つ。彼女に言われるがまま、ピアノを弾くことだけだった。

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