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009

「さあ、一君。今日という今日はあなたをむざむざと返すことはないと宣言しておきましょう。タイムリミットは近づいているのだから。文化祭は今月末、後三週間ほどね」

 着いて行った先は、やけに薄暗い部屋だった。窓は確かに存在したが、カーテンによって陽の光は遮られていた。その他に、特徴を挙げるとしたら、壁一面が本棚と本で埋まっていたことぐらいだろうか。それにピアノが一台。

「部屋のドアにカギを閉めながら言うセリフではないと思うけどね。それは実質的な軟禁宣言では?」

 ――カチリ。

 後ろで鍵をかけたらしき音がした。

「何よ、問題でもあるっていうの?」

「そりゃ大ありだ。今君は犯行の声明を当の本人に向かってしたんだ、それを理解していない君ではないだろう?僕が今ここから逃げ出してもなんらおかしくはない」

「それじゃあ逃げればいいじゃない。もっとも、あなたがここから逃げ切れる算段があれば、と言う話だけど」

「それはどういう意味だ?」

「さあ、それはあなたの後ろにいる瞑に聞いてみてはどうかしら?ねぇ瞑。一君はおろかにもあなたから逃げ切れると豪語しているようだけど、そんなこと果たして彼に出来るのかしら?」

「いえ、それは私が仮に死のうとあり得ないことですね」

 ……。後ろから聞こえるはずのない声が聞こえたが、もう驚かない。多分、この暴力メイドを普通の尺度で測ること自体が間違いなのだ。

「だ、そうよ?」

「だ、そうよ?と言われてもね、僕は、あ、さいで。としか返せない。それに、瞑さん?君はてっきりクッキーで忙しいのだとばかり僕は思っていたんですが?」

「お嬢様お手製のクッキーにお別れを告げるのは大変心苦しかったですけれど、私は一人の少女の前にお嬢様のメイドですからね。お嬢様の行くところ、私あり、と言うことです。あと、私に無理に丁寧語を使う必要はないですよ?これでも私は音無様と同級生なんですから」

「僕と瞑さんが同級生?それは初耳ですね」

「そりゃそうですよ。逆に質問ですけど、お嬢様以外のクラスメイトの名前は挙げられますか」

「それはできない相談だ」

「無理に格好よく言わなくてもいいんですよ?もうすでに、音無様が先生に殴られる姿は嫌と言うほど見てきましたからね。むしろその言動は滑稽というものです。それに気絶した音無様を運ぶのはいつだって私の役目でしたからね。どうせ、音無先生が運んだものと思っていたんでしょうけど」

「なん、だと」

「知りもしないネタをぶち込んでくるのも滑稽ですね。正しくは『なん...だと...』です。因みに二度目はありませんよ?」

「博識だね」

「この程度で博識と呼べるあなたの方をむしろ心配してしまいそうですが、まあ誉め言葉は大人しく受け取っておきましょう」

「そりゃどうも」

 まあ、彼女が手に持っているその白い皿に言及するのは野暮というものだろう。恐らくはクッキーを食べながらやってきたのだろうが、それに突っ込む僕ではない。それに、藪蛇となっても僕が困る。ここからぶっ飛ばされれば今度こそ僕は無事じゃすまない。高さが加わるためである。位置エネルギーが加われば今度という今度はダメかもしれない。

「理解した?あなたがこの場から逃げられる可能性はゼロだということを」

「しかし僕には携帯がある」

「どうぞご自由に。先に言っておくけど、敷地内には妨害電波をこれでもかと張り巡らせているから、助けは呼べないわよ?」

「しかし、僕は着替えを持っていない」

「あら、ここに、これ見よがしにボストンバックがあるわ。中身でも確認したらどうかしら?それに洗濯も瞑がやってくれるから問題はないわよ?」

「しかし、僕は腹が減る」

「それも問題ないわ。瞑の料理は一級品よ?あなたが私に振舞ってくれたフレンチトーストも悪くはなかったし、むしろ美味しかったけれど、瞑の前には大人しく跪くしかできないでしょうね」

「しかし、学校は?今日は確かに休みだけど、学校が始めればそうはいかないだろ?」

「それも問題はないわ。だって今日からゴールデンウィークなんだもの。今日を入れて四日間は確保できてるわ。あなたが、いつまでも私の家にいたいと言うなら話は別だけど」

「なるほど、だから唯姉もあんなことになっていたのか」

「ああ、あと一応言っておくけど、今回の私の作戦もいつも通り音無先生に許可を貰っているから。助けは期待しないほうが身の為よ?」

「大丈夫だ。そもそも唯姉の助けなどはなから期待していない。仮にいつもの発作で、僕を殴りたくなったのなら話は別だけどね」

 ――しかしまあ、それは確実にないだろう。僕が殴られていたのは唯姉の発作ではないとついこの間判明したのだから。

「それは、涙ぐましい姉弟愛ね」

「何処にも感動要素はないけどな。出るのはせめて同情の涙ぐらいのものだ」

 まあ、これまでの僕の言葉で大体察してはいるだろうが、一応言っておこう。僕は彼女に軟禁されたところで痛くもかゆくもない。それどころか唯姉の世話をしないで済むだけでありがたいぐらいだ。ゴールデンウィークがやってきたことすら知らない僕にこれと言った予定も、或いはしたいこともないのである。

「それで、僕は一体何をすればここから解放されるんだ?言っておくけど、出席日数を人質にとっても僕には何の効果もないからな?」

「それはこっちのセリフよ。いざとなったら瞑に全てを任せる算段は付いているのよ」

「瞑さんが?」

「私を瞑さんと呼ぶのは辞めてもらえますか?虫唾が走ります。それともぶっ殺されたいんですか?」

「では何と?」

「瞑様でいいですよ?」

「本当に?瞑様と呼んでも?」

「……冗談ですよ。別に瞑でも瞑さんとでもお好きに呼んでください」

「では、瞑さんと」

「……」

 ――一体、それはどっちの反応なんだ?良いのか悪いのか或いは僕はぶっ殺されるのかどれかはっきりしてもらいたい。しかも呼び名は変わらずだ。

「それじゃあ瞑との親睦も深まったようだし、まずはお昼ごはんとしましょうか。一君、あなたの好物を教えてもらえるかしら?」

「それじゃあ、君と同じものを所望するよ。少なくとも人の食事は保証されるだろうからね」

「それは私と同じものを食べたいという一種の愛情表現?」

「ぶっ殺しますよ?」

「違う違う。そして瞑さんも棍棒を担ぐのはやめてくれ。僕にこれ以上トラウマを植え付けないでくれ」

「ではどういう理由なのかしら?」

「いや、理由も何ももう既に言ってるじゃないか。僕は人として最低限の食事をとりたいだけなんだ」

「なるほど。それじゃあ瞑。昼食の支度はあなたに任せるわ。一君は人として最低限の食事をお望みらしいから、是非とも希望を叶えて頂戴」

「お任せください、お嬢様」

「え、ちょ」

「残念だったわね、一。最初から私と同じものを食べたいと素直に言っておけばよかったのに。もう瞑は止まらないわよ?」

「……この際だ。この家に尋常ならざる食材が備蓄されていないことを祈るよ」

「さあ、それはどうかしらね?瞑の手にかかれば地中からネズミやモグラを掘り起こすのもわけないわよ?」

「それも問題ないさ。見たところ、この家の庭は随分と手入れが行き届いている。それを荒らしてまでミミズやモグラを捕まえる理由もないし、そして何よりそもそもとしてミミズやモグラが存在するような土壌ではないと僕は読んでいる」

「いい読みね。音無先生から何度も殴られたとは思えない程冴えているわ。それとも、叩けば直る昭和の家電なのかしら?」

「残念ながら僕は平成生まれだ。それじゃあ、その冴えた頭を持つ僕にここから解放されるための条件をお聞かせ願おうか」

「それは昼食を食べてからでもいいんじゃない?あと五分もあれば食事の準備は整うはずよ?中途半端はあなたも嫌でしょう?」

「それは僕への当てつけか?」

「いいえ、純然たる皮肉よ」

「そいつは結構。それじゃあ大人しく瞑さんの食事でも待つとするよ」

「賢明な判断ね」

 と、いう訳で見事なまでのカウンターパンチを喰らった僕はすごすごと引き下がることと相成った。

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