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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C99冬編
99/171

第88話 1日目 早速のイレギュラー対応

「ねーねー、めっちゃ拡散されてるんだけど……」

「さすがあかね様です!」


 半分引いた表情でリョリョが携帯の画面を見せてくる。

 SNSに掲載されているのは、見本誌回収がひと段落したときに撮影した集合写真。

 『月下』のコスプレを五人のスタッフで併せているものだ。

 もちろんあかねたちである。

 とても嬉しそうなChikiは主人公『風』のコスをしているが、尊敬の眼差しであかねのことを見ている。キャラクターの雰囲気はない。

 リョリョのアカウントに掲載されたのものだが、覚えのない勢いで拡散されている。

 準主人公の女性キャラ『淡雪』のコスをしたリョリョが前髪をかき上げた。

 

「いや、このゲームのチョイス渋すぎるでしょ……それでなんでこんなに拡散されるの」

「名作ですもの」


 事も無げに言ってのける『高神カナデ』ことあかね。

 リョリョはそういう問題なのかと首をかしげる。

 正統派イケメンライバルキャラ『水面』こと探花も楽しそうに同じ画面を見て、リプライを指さす。

 

「わあ。見てくださいよこれ『この孤太郎美しすぎる……どなた?』って」

「良かったわね、雀田」

「私もハンドルネーム参加にすれば良かったです……」


 新選組の『真田孤太郎』に扮する雀田がため息をついた。

 五人が集まるとその存在感は凄まじく、隣接するハブロックに配置されたサークルからの熱視線を感じてる。


「あの……写真よろしいですか」

「あー、すみません、午後でお願いします」

「分かりました!」


 探花の断りに、にこやかに返事をする参加者。

 格闘ゲームサークルはベテランが多いこともあり、無断撮影などのマナー違反はほとんどない。

 サークルの設営写真の際に、画角の端に収めようとする微妙な動きもあるが、その程度は見逃しておいた。

 

「撮影、午後ですよね」

「ええ、すみません」


 またひとり、リョリョに確認する。

 コスプレイヤーとはいえ、スタッフ腕章をつけていることで理解してくれるようだ。

 いつもであれば多少食い下がる参加者もいるのだが、今日は全くいない。


「断るのも大変ですわね」

「そうでもないですよ。聞き分けいいですし。やっぱりスタッフだからかな」


 色々な煩わしさから解放される。

 リョリョは今の時点ではスタッフ参加は大正解であると感じでいた。

 乗り気でなかった探花も、その点は同じ気持ちらしい。

 

「ほんとに楽だ……ありがたいことだね」

「あかね様のお陰です!」


 Chikiだけが少々ずれている気がしたが、本人は幸せそうなのでそっとしておく。

 その時、会場内のチャイムが鳴った。

 

『ただいまより、コミックマート99冬、1日目を開場いたします』

 

 会場を包み込む拍手。

 年末の一大イベントが、今開始された。


 ※

 

 君堂莉子はホールの中央を突っ切るようにして流れる人の群れを見ていた。

 一般入場列。早朝から並んでいる人たちが数時間かけてたどり着いたこのホール内は、宝の山に見えているだろうか。

 今のところ問題は起こっていないように見えるが、これもスタッフの尽力あってだ。

 ネノブロックからも一般入場の制御に倉敷と児島を貸し出している。

 今回もまた一般参加者が多そうだ。もう少しするとネノブロックにも人が流れてくるだろう。

 

「それにしても……」

 

 人が一気に増えたせいか、冬コミなのに暑い。

 上着を着こんで寒さ対策をしていたサークルも、何人か上着を脱いでいる。

 これは体調を崩す人がいるもしれない。

 君堂は混雑が起きていないかの巡回をしようと、一般入場の列に背を向ける。

 整然と並んだ机に、居並ぶサークル参加者。

 行き交う一般参加者と、スタッフ。

 異常は……


「うん。あったみたい」


 瑞光寺が足早に定点の江口橋の元へと歩いてきた。

 何かあったと直感した君堂も、ゆっくり定点へ向かう。

 やはり彼女といると、退屈しない。

 

「江口橋さん、少し顔色の悪い方がいらっしゃるの」

「そうか。女性か?」

「ええ。女性です」

「では君堂と対応してくれ」

「承知いたしましたわ」

 

 必要最低限の、短い会話。

 そのテンポの良さに、君堂は笑いそうになる。

 江口橋はちらりと君堂を見るが、当たり前のように仕事を振ってきた。

 

「ネノブロック矢原さんへ江口橋から。君堂と瑞光寺さんが傷病者対応に入る。それに伴ってトラックヤード側を江口橋で見る。定点は矢原さんがしばらく代行してくれ。以上」


 江口橋の生の声が、時間差で無線から聞こえてくる。

 矢原の了解の返事を確認して、君堂がふたりを見上げて笑いかけた。


「さてと、傷病者どこ?」


 相変わらずこのふたりを前にすると首が疲れる。

 そんな大きなふたりに頼りにされていると思うと、悪い気分ではない。

 

「ご案内したしますわ」

「よろしく!」


 ちらりと江口橋の方を見る。

 これでもエリアリーダーなんですけど? という思いを視線に込めたが、江口橋は小さくうなずくだけだった。

 ひと言ぐらいねぎらえないのか。

 あとで文句を言おう。何なら弁当休みを同じタイミングでとってもいい。

 君堂は自分の計画に満足すると、足早に瑞光寺の後を追った。

 


 

「あ……なるほど、あれはダメだね。完全にダウンしてる」


 一目で理解できた。あれは良くない。

 少し込み始めた通路を苦労しながら進み、サークルの前にふたりで立つ。

 スペース内には男女がいるが、男の方は接客のためか前にいる。

 

「お疲れ様です。副ブロック長の瑞光寺です。失礼ですが、お連れ様の体調が良くないものとお見受けいたしますが」

「あっ、スタッフさん……えっと……」

 

 少し瑞光寺の言葉が強い。

 いきなり責任者が現れたように感じると、サークルも驚いてしまうだろう。

 瑞光寺に合図をして、君堂が前に出る。

 見上げていたサークルの目線が露骨に下を向き、若干傷つく。

 

「ちょっと人に酔ってるのもあるのかもしれないですね。救護室でお休みになられてはどうでしょう。温度調整効いてて静かなんで、落ち着けますよ」

 

 まだ迷うサークルの男女だったが、やはり体調は良くないようだ。

 引き下がらない方が良い。これは君堂の経験からの判断だった。


「そんな大げさな場所じゃないんで、ほんとちょっと休むだけでも」

「ええ……あの……お願いします」

「了解です!」


 サークルに気を使わせないよう、笑顔を向ける。

 受け入れてもらえて内心ほっとしていた。

 救護室はもっと気楽に利用してもらっていい。

 本格的に倒れられるよりも何倍もいい。

 

「瑞光寺さん、車いすを呼ぼうか」

「承知いたしましたわ」


 無線を入れるのかと思ったが、彼女は迷わず東6の本部へと歩いていく。

 そこではたと思い出した。顔見知りの冷泉がホール長になったのだった。

 確かに通り東5のホール本部に向かうよりはよほど近い。

 それにしても迷いがない。

 君堂は瑞光寺の後ろについて行きながら、改めて瑞光寺の判断力に感心していた。


 

「冷泉さん、お願いがありますの」

「あら、瑞光寺さん。お疲れ様」


 ホール本部で優雅にスポーツドリンクを飲んでいた冷泉は、意外な来訪者に糸目を向ける。

 相変わらずウェーブのかかった栗毛がふわふわしている。どことなく暖かそうだ。

 

「傷病者ですの。車いすを……」

「……」

 

 途中まで言ったところで、目の前に車いすが差し出された。

 ホール長補佐のはずの一条だ。

 君堂とはあまり身長に差がないので、視線が平行になる。一方的に親近感を覚える君堂だったが、のんびりしている場合ではない。


「一条も一緒に行ってきて」

「ん」

 

 冷泉の指示に、うなずいて見せる。

 こちらがふたりであるところを見てのことだろう。

 車いすを押すひとりと、人払いにふたり欲しいところだったので正直助かる。

 それに車いすは東6のものだ。東6の人間が誰もいないよりは安心だろう。万が一の時はそのまま一条に預けられる。非常に合理的に思えた。

 頭の回る冷泉のことだ。そこまで考えてくれているのだろう。

 

「ありがとう! 後でお礼に来るから!」

「お互い様よ。早く対応なさいな」


 ごもっとも。

 頼れる隣人のためにも、傷病者を救護室へ送らなければ。

 早く、安全に。


 

 一般入場を横切るのに若干の時間を要した以外は何事もなく東4の救護室へ届けることができた。

 サークルの女性もそれほど重症でもなさそうでひと安心だ。

 

「一条さん、ありがとうございました」

「……いい判断だった」


 東6の本部から東4の救護室までの往復の間にも、通路を行き交う人が増えている。

 そろそろネノブロックものんびりしていられないはずだ。

 少し急ぎながら戻った東6本部で、冷泉に迎えられた。今日はファーのついたコートを厳重に着込んでいる。寒がりなのだろう。


「三人ともお疲れ様」

「冷泉さん、ありがとうね」

「いえ。お役に立ててよかったわ」

「迅速な対応、感謝いたしますわ」

 

 冷泉は瑞光寺を見ながらにこりと笑う。

 含むところのない自然な笑顔だ。

 

「瑞光寺さん、迷わず東6の本部に来たわよね。私、瑞光寺さんのそういうところ好きよ」

「え、ずっと見てたってこと? ちゃんと仕事してよホール長」

「やかましいわね」

 

 キッと糸目で君堂を睨むが、お互い冗談だと理解しているので険悪な空気にはならない。

 一条はそんなふたりを無視してさっさと車いすを片付けている。

 

「……ともかく瑞光寺さんの、達成するべき目的の前で所属とかそういうのを一切気にしなくて、参加者第一なところは美点だわ」


 言われた瑞光寺はあまりピンときていないようだ。

 首をかしげて君堂と冷泉を見る。

 

「皆さんそうではないのですか」

「同じ結論にたどり着くにしても、多少は迷うはず。少なくともあなたほどの決断力はないわ」

「だね。素晴らしいよ」


 年上の女性ふたりはうんうんうなずく。

 こういうところを見ると仲が良さそうに見える。

 

「ところで」


 おほんと咳ばらいをすると、冷泉が表情を引き締めた。

 緩んでいた空気が締まる。

 一体何を言うのかと、君堂は身構えた。


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