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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C99冬編
98/171

第87話 1日目 月華美神

 手早く、されど丁寧に着替えを済ませると、会場内は活気に満ち溢れていた。

 がらんとしていた会場に、サークルの姿。

 まだ寒さの残るホールので、それぞれがスペースの設営に精を出している。

 あかねたち五人のスタッフは、剣士が戦う格闘ゲームのコスプレで合わせている。当然注目を集めていたが、今はあまり愛想を振りまいている余裕はない。


「それではお嬢様、また」

「ええ、雀田『さん』」

「あっ、はい。瑞光寺さん……」


 当初の予定通り、雀田は君堂の下で見本誌回収をする。

 コスプレの四人が不在だった間は朝日と矢原がフォローに入ってくれているはずだが、さすがに人手が足りていないはずだ。

 足早に持ち場へと向かう彼女らを見送りながら、あかねは定点へ向かう。

 まずは江口橋に状況を確認しなければ。



 定点となる大きな柱へとたどり着いたが、江口橋の姿はない。

 ブロックを見回すと、どうやらノブロックの見本誌回収を手伝ってくれているようだ。

 コスプレは華やかだが、着替えの時間ばかりはどうしようもない。

 それでもリョリョに言わせれば『一般で入ってくるより五億倍マシ』らしいのだが。

 

 どこかのフォローに入るべきかと考えていると、ハパブロックの椎名が話しかけてきた。

 彼女もコスプレをしている。特定のキャラというわけではなく、フリフリのついたメイド服だ。


「瑞光寺さん、瑞光寺さん」

「あら、椎名さんごきげんよう。今日も素敵なメイド服ですわね」

「えへ。ありがとうございます」


 その場でくるりと回ると、満足そうな笑みを浮かべた。

 

「瑞光寺さんのそれは……着物ですか?」

「ええ。格闘ゲームのキャラですの」


 月下の剣。

 幕末を舞台にした格闘ゲームだが、ジャンル外の人にはそれほど有名ではない。

 あかねが扮する高神カナデは、父の仇を探す少女だ。居合の達人で腰に居合刀を身に着けている。

 地味な着物姿であり、一見するとあかねには合わないように思えるが、あかねにはカナデを選ぶ理由があった。


「へえー、そっちの方は疎くて。あ、そうだ。今日うち格闘ゲームが配置でした。瑞光寺さんのキャラの本もあるかもしれませんね!」

「カタログを見る限りひとついらっしゃいましたわ」


 隣のハブロックだ。

 どうも攻略分析系の同人誌を出しているらしく、後で見に行きたいと思っている。


「じゃあ……せっかくの機会ですし受付します?」

「よろしいのですか?」

「よろしいですよ! 楽しそうですし!」


 ネノブロックのブロック員が見本誌回収に忙しくしている中、後ろ髪が引かれることは確かなのだが、それよりもそのサークルの出す同人誌を早く見たいという気持ちが勝ってしまった。

 この埋め合わせは、後ほどしっかり働いて返すことにしよう。




 椎名に連れられてやってきたのは、ノブロックのお隣ハブロックのトラックヤード側。

 ハ25b『月華美神』は、他のサークルと同じように机に布を敷き、今日の頒布物である本を置き始めたところだった。

 見本誌回収の声掛けをするのに、ちょうどいいタイミングだ。

 

「おはようございます」

「おはようございます。ちょうどいいところ……に? うえぇっ!?」


 あかねの声に顔を上げたサークルの女性が、素っ頓狂な声を上げた。


「あわ、カナ……カナ……スタッフさん?」

「はい。見本誌の回収に参りました」

「見本誌……あっ!」

 

 ワンテンポ遅れて声を上げる。

 あかねから目が離せないようだ。


「兄ちゃん! 兄ちゃん!」

「なんだよ……おっ?」


 奥の方でリュックをごそごそしていた男性が返事をする。

 少し大きめの車いすだ。

 

「おはようございます、見本誌の回収です」

「はは……こりゃ夢か」


 信じられないものを見るような目で、あかねを見つめる。

 不躾な視線を浴びながら、あかねは机の上の本の表紙を見て合点がいく。

 高神カナデ

 今あかねが扮しているキャラのイラストが表紙を飾っていた。

 ただ、イラストの少女はどこか気弱な雰囲気を出しているが……


「七人斬りみてえな雰囲気だな……最高だ」


 目を潤ませている男性が、心から嬉しそうに笑う。

 ただ、あかねは上手く答えることができなかった。

 表情を貼り付かせたまま、サークルの男性を改めて見る。

 顔色が悪い。

 しかも、一過性の体調不良ではない。

 直球で表すと死の気配だ。


「参加登録と見本誌の回収ですが」

「あ、はいはい。ちょっと待ってください……お願いします」

「お預かりしますわ」


 差し出された本を、パラパラと確認する。

 漫画やイラストではなく、攻略とコンボの研究だ。

 ほかのキャラも言及はあったが、あくまでメインは高神カナデのキャラクター性能についてだ。

 居合術の宿命なのか、彼女の技は出が早い代わりに隙が大きい。

 読みあいに長けた上級者向けのキャラとも評される。

 長所短所を手短にまとめた後、じっくりと技の繋がりとダメージ計算にページを割いている。


「……」


 いつも成年向けイラストの内容についてのみ確認するのだが、あかねはついつい読み込んでしまう。

 

「夢みてえだな……俺の本をカナデが七人斬りが見てる。薬が効きすぎてんのか?」


 『七人斬り』それは高神カナデの別名でもあった。

 最初気弱な少女であるカナデは、一定の条件……敵を七人斬り殺すことで人斬りとして目覚め、セリフやエンディングが変化する。

 あかねのまとう雰囲気は、気弱なカナデというより冷酷な七人斬りに近いのだろう。


「……受付完了ですわ」


 最後の奥付まで余すところなく目を通したあかねは、『月華美神』のサークルにそう伝えた。

 男女ふたりは感慨深げにあかねのことをしげしげと見ている。


「兄ちゃん、良かったねえ」

「ああ、もう死んでもいいや」

「何ということをおっしゃるのです……」


 彼においては『死』が冗談に聞こえない。

 どう反応して良いか戸惑うあかねだったが、彼は構わずに笑う。

 

「スタッフさんも、月下やるのかい」

「ええ。嗜む程度に。月下はカナデが持ちキャラですのよ」

「いいねえ!」


 それが、今回あかねがカナデに扮している理由だった。

 サークルの男性は同志を見つけたと言わんばかりの輝く笑顔。

 土気色だった顔が初めて気色ばんだ。


「この……このコンボ、新しく発見したんだ。知ってたかい?」


 車いすから転げ落ちそうな勢いで本を取り、ページを開いて尋ねてくる。

 そこは、あかねも数秒止まって眺めていたページだ。


「いえ。初めて……見ましたわね」

「だろう?」


 得意げな表情。

 このゲーム自体、発売から約二十年経っている年代物だ。

 全盛期が遠に過ぎ去って、絶滅寸前の個人サイトや掲示板に細々と情報が書き込まれている。

 すべてをチェックしていたとは言えないが、このコンボは初めて見た。


「このようなタイミングで、キャンセルが入りましたの」

「入ったんだよそれが。めちゃくちゃシビアなんだけど! 今まで微妙に使いづらかった『払い除ける也』がこんなところで繋がるとは思わなかっただろ」

「新発見ですわね」

「そう! そうなんだよ!」


 心の底から嬉しそうなサークルの男性。

 自身の業績を正しく評価してくれる相手がいるとは思っていなかったのだろう。見本誌チェックの段階で。


「ただ、実用性はあまり……」

「まあな」


 タイミングがシビアすぎる。

 それに、苦労がある割にダメージは少ない。何より先行入力をミスしたときの隙が大きい。

 そこそこの相手なら一瞬で立ち直りをされて逆にダメージをもらってしまうだろう。

 だが……


「……でも浪漫だろ?」

「ええ。その通りですわね」


 大きくうなずいた。

 あかねは自分の中でうまく表現できなかったが、つまりそういうことだ。

 カナデの可能性が、ほんの少し広がった。それだけで胸が熱くなる。

 

「あのー、めっちゃ意気投合してるとこ申し訳ないんですがっ! 瑞光寺さんまだ見本誌回収たくさんありますよ!」

「そうでしたわね。大変名残惜しいのですが、これで失礼いたしますわ」

「あっ、ちょ、待ってください!」

 

 立ち去ろうとするあかねと椎名に、慌てて女性の方が声をかけた。


「あの、見ての通り兄が車いすで……椅子がいらないんです。ひとつお返ししたいんですが」

「ああー、まだ2日目3日目もあるんで、回収はしていないんですよ!」

「そうですか……そうですよね」


 お互いに申し訳なさそうな椎名とサークルの女性。

 

「椎名さん、わたくしの責任で預かりますわ」

「えっ」

「閉会後に戻せばよろしいのですから」


 あかねは困っているサークルを助けられるなら、手数は惜しまなくても良いと思っている。

 

「車いすという例外にあって、現場で判断したのです。和泉さんもうるさくおっしゃらないわ」

「あっ、ありがとうございます!」


 椎名はまだ迷った表情をしているが、あかねは気にせず椅子を受け取った。

 明日のサークルが困らなければ、今日のサークルを助けても良いはずだ。

 

「それでは、また後程お伺いしますわ」

「おう、待ってるぜ」

「それでは今日一日、よろしくお願いします」

 

 あかねは『七人斬り』を意識して、冷たく笑う。

 サークルの男性は満面の笑みで小さく手を上げた。

 

「ああ、こちらこそ」

 



 サークルから少し離れたところで、あかねは隣を歩く椎名に声をかけた。

 

「椎名さん。あの方……ご病気でしたわね」

「……そう、ですね」


 病気、などという生易しいものではない。

 こんなところに来ていていいのかと問いたいぐらい、体が悪そうだった。

 ふたりは同じことを考えていた。

 すなわち、人生最後の参加。

 

「そんな方に、せめていい思い出を持っていっていただきたいわ」

「……そうですよね。了解です。こちらはハパで責任もって管理します!」


 椎名は椅子をひったくるように受け取ると、くりくりの目を輝かせて笑う。

 

「我ら、人を助けるコミマスタッフです!」


 力強く言い切る椎名に、あかねはうなずいて見せた。

 

「ええ、その通りですわね」

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