第86話 1日目 今回の仲間
「皆様、おはようございます」
C99冬の朝が来た。
凛とした声が、冷たい空気に響く。
「「「おはようございます」」」
答えるブロック員の声は、対照的に熱を持っている。
朝礼が終わった東5ホールのあちこちで、同じ光景が見られる。
中央通路に集まるネノブロックは、総勢13名。一見充実しているように見えるが、実は初心者が多い。そして珍しく女性が多い。そのくせ混雑が予想されるという難しいブロックだ。
ブロック長は江口橋、そして副ブロック長は……
「今回ネノブロックの副ブロック長になりました、瑞光寺です。ブロック長の江口橋さんは……先ほどホール長とお話しされていたので少し遅れるようですわね……今のうちに軽く自己紹介をお願いしますわ」
促された背の小さいポニーテールは、はきはきとした口調で自己紹介をする。
「君堂莉子です。スタッフ経験はそこそこ長いので何でもやります。よろしくお願いします」
「君堂さんは今回ガレリア側のエリアリーダー的な位置についていただきます」
「よろしくー」
主に初対面のブロック員に対して、人懐こい笑顔を向ける。
付き合いの長いブロック員には、目だけであいさつを済ませた。
次は中肉中背の男性。大きなカートを引いているので、コスプレをするであろうことは容易に予想できる。
「雲雀です。俺も経験はそこそこ。前回は逆サイドのマミブロックやってました。よろしくお願いします」
「雲雀さんは今回トラックヤード側リーダーをお任せします」
「開場時間はメイド服着てると思うんで、何かあったら見つけやすいと思います」
うっすらと縁は感じていたがまさか同じブロックになるとは、あかねには予想できなかった。
とはいえ、雲雀の目的は隣のハパブロックのブロック長である椎名であろうことは分かる。今もチラチラとハパブロックの方へと目をやっている。
次は女子大生ふたり組。
おさげに眼鏡の大人しい子と、オールバックのポニーテールでおでこを丸出しにした明るい子。
「倉敷です。三年目なのでそろそろ慣れてきました」
「同じく児島です。よろしくお願いします」
コミマのスタッフ参加回数はそれほどだが、初心者特有のそわそわした雰囲気がすっかり落ち着いている。
それもそのはず。コミマ以外でも積極的にスタッフ参加しているらしく、月二回はどこかのイベントを手伝っているらしい。おかげで当初の目論見の通り、顔が売れてきている。
そしてその次は、経験豊かな男性ふたり組。
前回から少し瘦せた朝日と、前回から少し太った矢原だ。
「朝日です。あー、割と長くネノやってます」
「同じくらい長くやってる矢原です。2日目の評論は長く抜けると思います」
もっとも、朝日は少し着ぶくれしているし、矢原は周囲に比べて薄着なのでそれほど変化は分からない。
ただ三十路を走る当人たちが、自身の体から若さが失われていることを自覚するのみである。
そして次に華やかな女性陣が続く。
「Chikiです。初めてのスタッフです。コスプレします!」
「リョリョです。私も初スタッフでコスプレするので、見本回収の開始がちょっと遅れると思います」
「探花です。同じく……なるべく急ぎます」
探花は女性ではないが、ぱっと見は女性3人組である。
「この三名の方は、ハンドルネーム参加になりますの。もし参加者から何か聞かれたら、拡大集会でお話があった通り、今回から可能になったことを教えてあげてくださいませ」
次に静かにたたずむ女性。
肩の上あたりで切り揃えた髪と、凛々しい顔立ち。礼儀正しく一礼する。
「雀田です。まだ初心者ですがよろしくお願いします。あー……コスプレをすることになっています」
コスプレ三人組から浴びせられる意味ありげな視線に目を合わさず、雀田は再度頭を下げた。
そして、この場にいる最後のひとり。
「高村トシヤです。初のスタッフなので色々教えてください。よろしくお願いします」
ブロック員の一部に、緊張が走った。
つまり『知っている人』だ。
そうではない『知らない人』との温度差のせいか、何とも言えない空気になる。
そんな中『知っている人』であろう朝日が恐る恐る口を開いた。
「失礼……あの、もしかして」
「多分そうです」
言いたいことを察したトシヤが、笑顔で肯定した。
画面越しに見る笑顔だ。
生で見ると迫力が違う。
「ええ……あの、あとでサインとか」
「もちろんいいですよ」
朝日の頬が紅潮する。
脇役とはいえ、日曜朝の特撮番組の出演者だ。
朝日はファンというほどでもなかったが、役に違和感なく演じているこの俳優のことは知っている。
しかし、いざ目の前にすると……しかも腰が低く丁寧に対応してくれる姿を見ると、一気に好感情を抱くのも無理のないことだった。
「サインって? 有名人なの?」
「君堂……ニチアサぐらいチェックしておけ」
小竹がため息交じりに君堂を見る。
日曜朝の番組群……通称ニチアサのワードが出ると、さすがの君堂も驚きの声を上げた。
「えっ、ニチアサ出てるの!?」
「声が大きい」
うんざりした表情の小竹。彼はもちろん知っていただろう。三拡の時からそわそわしている。
芸能人を前にするとやはり緊張するのだろう。それも、オタクの多くが見ている日曜朝の番組の出演者ならなおさらだ。
当人も多少は予想していたのだろう。苦笑い混じりで答えた。
「元々サークルもやってましたし、スタッフもやってみたかったんです。色々あってテレビも出るんですが、本業はオタクだと思っていますので」
頭を下げる様子も絵になる。さすがは俳優。
「ああ、特撮の分析本か……若手の役者が作った本があると聞いたことある」
「え、ご存じなんですか!」
ぱっと輝くような表情を矢原に向ける。
俳優なのに演技臭さが無い。本心から喜んでいるように見えた。
たじろぐ矢原。あまり交流しない種類の人種なのだろう。目が泳いでいる。
「あ、ああ。何度か聞いたことはある。聖地巡礼ジャンルの知り合いが評価していた」
「ああ、なるほど。嬉しいなあ」
「さすが評論ジャンル情報通の矢原さんですわね」
「い、いや……」
褒められ慣れていないのか、相変わらずぶっきらぼうに目をそらす。
ニコニコ上機嫌のトシヤとは対照的だ。
一方、倉敷と児島と雲雀の興味はコスプレ三人組のほうへと向いている。
雲雀がリラックスさせようと砕けた口調で笑いかける。
「ハンドルネーム参加いいね。間口が広がるし」
「まさかChikiさんと同じブロックでスタッフすることになるとは思わなかった」
「あかね様の役に立ちたいと思って……よろしく、お願いします」
緊張する倉敷とChiki。
「更衣室も空いてるって聞いて、メリット大きいし」
「あー、一般のコスは大変ですもんねえ」
対照的にリョリョと児島はリラックスした雰囲気で打ち解け始めている。
「俺もハンドルあるけど、逆にスタッフ仲間には知られたくないなあ」
「あー、それはあるかもしれないですね」
雲雀のぼやきに答える探花。
男性ふたりもまた、通じ合うものがあるようだ。
ちなみに普段は女装コスしていることは、今の時点ではお互いに知らない。
あかねはそれぞれ会話が途切れたところを見計らって口を開いた。
「お互い知っている人も知らない人もいらっしゃると思いますが、今回の冬コミでは頼れる仲間です。心強いことこの上ありませんわ」
そして、自然に笑顔を見せる。
「んっ!?」
「うぇ……」
「ひゃぁ……」
誰からともなく声が漏れた。
黒髪の美女の微笑は、朝の冷たい空気を暖かをもたらすような陽の光を感じさせた。
あかねのことを知る人ほど、絶句している。
美人であることは分かっていたが、どこか冷たく近寄りがたい印象だった。
なのに。
ブロック員が言葉を失っている中で、ようやく江口橋が登場した。
「瑞光寺さん、インフォメーションカード持ってきたので配ってくれ」
「承知いたしましたわ」
ポケットサイズの館内の案内地図をあかねに渡すと、江口橋はブロック員に向き合った。
「ブロック長の江口橋だ」
ひと言で、空気が引き締まった。
まだ冬コミは始まったばかりだ。あかねのことは後で確認すれば良い。
示し合わせたかのように、全員が同じ考えに至った。
「去年の冬コミは感染症が流行ったので、体調にはくれぐれも気を付けてくれ。少しでも調子が悪かったらすぐに休憩してくれていい」
何人かがはっとする。
特に児島は実際に体調を崩していたこともあって苦い表情になる。
「このブロックは偽壁のわりに経験の浅いスタッフが多い。だが頼れるベテランも多いのでみんなでフォローしよう。トラックヤード側は雲雀を中心に、倉敷さんと児島さん、それに高村さんがついてくれ。ガレリア側は君堂を中心にコスプレ組の三名と雀田さん。矢原と朝日、それに瑞光寺は全体的に見る遊撃。定点の柱に俺がつく」
今回もまたハパブロックのバックアップが約束されている。
勝手知ったる小竹もハパブロックからネノブロックを助けてくれる。
前回に比べても充実した布陣に思えた。
「本日よろしくお願いします。弁当ももう来ているので、休憩室で食べてくれ。それとコスプレは……」
雲雀とあかね、Chiki、リョリョ、探花、そして雀田が手を挙げる。
矢原と朝日が「多いな」とこぼした声は、冷たい空気に溶けた。




