第85話 仲間が増える
C100夏が終わった時、どうなっているのだろうか。
悪い方へ考えそうになった時、Chikiのチャットが目に入った。
ちきちゃん『あかね様、大学を卒業なさったらもう一度ご一緒しましょう!』
さらに先の約束を取り付けようとする。
不安など無いかのように、それが当然というように。
あかねは一年先のことだけで頭がいっぱいだったことに気が付いた。
ちきちゃん『ね? 適齢期なんて関係ないわ』
AKANE『そんなにブランクが空くと難しいでしょう』
ちきちゃん『いいえ。あかね様の魅力はますます磨きがかかっているはず』
何を根拠に言っているのか全く不明だったが、どうしてもあかねをランウェイに引っ張り上げたいらしい。
自分を慕ってくれているだけに無下にはしたくないが、どう答えたものかと悩んでしまう。
探花『あんまり困らせちゃダメだよ』
リョッ!『Chikiちゃん本当にあかね様が好きだね』
見かねたのか年上の二人が諭してくれた。
このあたりのフォローはさすがだ。
ちきちゃん『そりゃあもう』
Chikiも引き際を探っていたのだろうか。話題の転換に乗ってきた。
ちきちゃん『私、あかね様のカモミールティーに人生を救われたもの』
AKANE『カモミールティー』
もうずいぶん前になる。
あかねにとっては言われるまで忘れていたぐらいなのだが、Chikiにとっては特別な思い出らしい。
探花『どうかしたんですか』
AKANE『いえ』
あれは失敗したものだった。
当時あかねはお店で飲んだカモミールティーの香りが気に入り、取り寄せたところだった。
あのMMCの日、自分の水筒に入れて持っていこうと思ったのだが、適切な茶葉の量や抽出時間が全く分からず、店のものとは比べ物にならない、とても濃いカモミールティーとなってしまった。
とにかく香りが強かったことだけは覚えている。味はお店で飲んだものとは雲泥の差だった。
AKANE『今になって言うのも何なのだけど、抽出する時間が長すぎて、あまり美味しく淹れられなかったのよ。なんだか申し訳なく思いますわね』
ちきちゃん『でも、それで結果的に私が救われたのは事実ですから』
ちきちゃん『その後、ちゃんとしたお店で飲んだのですが、私はあかね様のカモミールティーの方が好きです』
ちきちゃん『私を混乱から立ち直らせてくれた、ガツンとした味と香り。今でも覚えています』
リョッ!『それ褒めてる?』
褒められているのかどうか判断しかねるところだが、おそらく彼女は純粋に感謝してくれている。
失敗したカモミールティーでも、人を助けることはできるということなのだろう。
AKANE『Chikiさんは次もわたくしを助けてくれるのでしょう?』
ちきちゃん『えへへ、聞かれたんですね』
AKANE『ええ、とても心強いですわ』
リョッ!『何? 何の話?』
ちきちゃん『実はね……』
C98夏で、Chikiがスタッフとして手伝っていたことは、ふたりも知っていたようだ。
しかし、次のC99冬にスタッフとして登録の申し込みをしていることは初耳だったらしい。
リョッ!『なるほどねー、夏コミ楽しかったんだ?』
ちきちゃん『どちらかというと大変だったけど、人の役に立ててる感じが新鮮で』
リョッ!『なるほどね』
人の役に立てている。確かにそうだ。
コミマを災禍から救うために思い悩んでいるあかねだったが、振り返れば自分も人の役に立てている。
江口橋や君堂の顔が思い浮かぶ。
彼らもまた、人の役に立つためにスタッフをやっているのだろうか。
少し違うような気もする。機会があれば聞いてみたい。
AKANE『リョリョさんもどうですか?』
リョッ!『あのスタッフ証が、本名丸出しでちょっと……』
スタッフとして参加することではなく、スタッフ証で引っかかっているらしい。
前回Chikiは急遽手伝いになったため、スタッフ証は無かった。
だが、きちんと登録するのであれば、リョリョの懸念する通り本名が記載されたスタッフ証を常に身に付けることになる。
リョッ!『サークルも一般もハンドルネームで名乗り合ってるし』
リョッ!『私たちはコスプレネームもあるけど、そんな中でスタッフだからって本名丸出しになるのは気後れしない?』
ちきちゃん『私はそれも込みで、あかね様をお助けするの』
リョリョが指摘する通り、コミマという世界において、本名をぶら下げながら活動しているのはスタッフと警備員ぐらいだ。搬入の作業員証でさえ、組織名が書かれているにすぎない。
だが、今の時点で江口橋から内々に話をもらっている。
AKANE『ふふ。その件、希望者はスタッフ証もハンドルネームにできないか交渉しておりますのよ』
ちきちゃん『ええっ、本当に!?』
AKANE『ええ。恐らく今回からハンドルネームでも可能になる見通しですわ』
一応ここだけの話にするよう付け加えておく。
まったくの秘密というわけでもなかったが、進んで広めるような話でもない。
元々そういう要望はあったらしく、今回のChikiの件を受けての変更というわけではない。
タイミングの問題だと江口橋は言っていた。
リョッ!『あー、それだったらやってみたいかも』
AKANE『皆様とスタッフでご一緒するのも楽しそうですわね』
リョッ!『スタッフで併せやったら目立ちそう!』
どうやらリョリョは相当前向きに考えている。
チャットの裏でスタッフ参加について検索しているようだ。
リョッ!『休憩時間って取れるんですよね? そこでコスプレ広場にも行けます?』
AKANE『部署にもよりますが、午後になるとそこまで忙しくはありませんわ。十分コスプレ広場に行く時間はありましてよ』
AKANE『ああ、事前に言っていただければそれを踏まえてシフトを作りますわ』
リョッ!『そういえばあかね様も防災公園まで来てましたね』
AKANE『夏コミは申し訳ありませんでしたわね。あまりお付き合いできなくて』
ちきちゃん『こっちこそ、連れまわしてごめんなさい。早朝からスタッフでお疲れだったのに』
どちらかというと心の疲れだったのだが、言わなくていいことは黙っておいた。
コミマはもっと楽しめる場所のはずなのに、最近は気疲ればかりしている気がする。
リョッ!『あと飲み物が飲み放題って地味に嬉しい。冬はそうでもないかな』
またも空気を読んだのか、リョリョが話題を変える。
リョッ!『集合は早そうだけど、そう変わらないし』
AKANE『ああ、更衣室は空いていますわね』
リョッ!『やる!』
即座にレスが帰ってきた。
文字だけで勢いが伝わってくる。
探花『うわー……リョリョさん本気?』
リョッ!『女子更衣室なめないで』
リョッ!『スムーズに着替えができる』
リョッ!『これだけでも』
リョッ!『スタッフ作業に身を投じる価値がある』
リョッ!『本名隠せるなら言うことないでしょ!!』
凄まじい勢いでリョリョがまくし立てる。
よくしゃべるタイプだったが、チャットでも同じらしい。
キーボードをものすごい勢いで叩いていることだろう。
探花『リョリョさん』
探花『サークルどうすんの』
AKANE『すべての日に参加せずとも問題ありませんわよ』
AKANE『サークル参加の日はお休みする方も多いですわ』
リョッ!『やる!』
探花『はあー……』
チャットに探花のため息が書き込まれる。
きっとパソコンの前で本当にため息をついているのだろう。
これはきっと、探花もスタッフ参加することになる。
あかねは自分のブロックのことを伝え、知り合いと同じブロックを担当する希望を出せることも付け加えた。
AKANE『ではまた、冬コミを楽しみにしていますわ』
ちきちゃん『衣装にも気合が入るわ。あかね様、私頑張ります!』
リョッ!『面白くなってきた!』
探花『うへー、暇なし……』
そう。オタクの秋は短い。
冬コミまであっという間なのだ。
次回ようやくC99冬が始まります




