第82話 次のコミマに向けて
毎回のコミマの後はスタッフ反省会がある。
文字通りの今回の反省と、次回に向けての打ち合わせだ。
全体概況についての振り返りと、個別の業務の改善点を話し合い、今回のホール運営についての意見を交わす時間。
今回の反省という点で、江口橋は冷静に論点を述べていた。
「今回実験的に、ハパの人員を増やしてネノを減らした。これはシブロックへの支援とネノブロックへの支援を柔軟に割り振るためだったはずだ」
他の参加者が神妙に聞いているのは、その声色に少々の苛つきが込められているのが分かるからだ。
江口橋にしては珍しい。
「だが実際はシブロックにかなり吸われてしまい、ネノブロックへの支援は十分と言えなかった。実際ネノは一時破綻していたといっていい。次からはちゃんとネノに人員を割り振ってもらいたい」
要点を簡潔に伝えると、江口橋は着席した。椎名が挙手をする。
「必要な時に人員を送れず申し訳ないです、江口橋さん。ハパの管理不足でした」
くりくりの目を見開いたまま、椎名が申し訳なさそうに述べる。
さらに謝罪を重ねようとする椎名を、ホール長の和泉が遮った。
「いや椎名。これは本部の人員割り振りに責任がある。貸し出し人員の管理はもう少し厳密にやった方が良いかもしれない」
「でもガチガチにするとなあ」
「だがそうやって緩めにやった結果、今回ネノに苦労させてしまったわけだ。次は少し厳しめにやってみよう」
本部スタッフの意見を言外に却下し、次回に向けての指示をする。
具体的な方法はこれからだが、ズルズルと人員が取られ続けるような事態にはならないだろう。
続けて和泉の厳しい目がシブロックに向く。
「そういえば今回はシブロックで借り受け人員を借りっぱなしだったと聞いているが」
「……3日目はその通りです。6ホールからの列も見てたので想定外に人手が必要になりました」
シブロック長の秋津が言いにくそうに、だが正直に答える。
あかねは秋津と面識はなかったが、小柄で神経質そうな男性だ。外周を預かるブロック長としては少々頼りなさそうで意外だ。叱られている今、さらに小さく見える。
「そこは省力化できたかもしれんな。後からならどうとでも言えてしまうが」
「6ホールが重そうだったので、比較的マシな東5で面倒見るべきだと現場判断してしまいました。すみません」
「判断についてとやかく言う気はないが、情報の共有が必要だったな。そのへんの状況を本部は後から聞かされてしまったわけだから」
和泉の次は椎名も声を上げる。
「そもそも内壁だけって聞いてたんですけど……うちのブロック員を外で使わないでくださいよお。ネノにも迷惑かけちゃったし」
「返す言葉もない……3日目の管理は完全に手落ちでした」
「うん、約束は守ってくださいねえ!」
空気が悪くなりそうだったが、椎名が頑張って明るく締めようとした。
功を奏したのか、少し雰囲気が柔らかくなる。
「ともかく今回は江口橋の言う通り反省すべき点が多かった。ハパの想定していない人員の使い方もされたし、シブロックはブロック長の秋津だけじゃなくて全員から詳しく聞きたいから、後日のシブロック会議には俺も参加させてもらう」
「「はい」」
シブロック員の低い返事が聞こえ、反省会はお開きとなった。
その間に、椎名がぱたぱたと駆け寄ってくる。
「お疲れ様です、瑞光寺さん!」
「椎名さん、ごきげんよう。先ほどはありがとうございました」
「うん? いえいえ。ああいうので手を抜くと反省会の意味ないですからねえ!」
向こうも言われることを想定しているでしょうし、と椎名が付け加えた。
ふわふわしているように見えて締めるところはしっかり締めている。さすがにブロックを任されているだけのことはある。
椎名はくりくりの目を輝かせて、笑顔を見せる。
「ところで、このあと時間ありますか? お茶しませんか? あまりゆっくりお話ししたことないですし」
「ごめんなさい、次回に向けての打ち合わせがあると聞いておりますの」
椎名は顎に手を当てて、予定表を思い出す。時間通りに散会したし、打ち合せがあるとは聞かされていないが……
まあいったん解散した後、個別に打ち合わせが設けられるのはそう珍しくない。
「うーん、そっかー。偽壁は大変ですねえ」
若干の同情を込めた目で椎名がうなずいた。
ブロック長、副ブロック長の時点でそれなりに時間を取られているのに、外周や偽壁だとさらに時間を費やすことになる。
椎名は改めて自分のポジションがちょうどいいのだと認識した。
「あっ、小竹さんのことなんですけど、『引退する』って言ってたのを瑞光寺さんが引き止めて下さったんですよね」
椎名がキラキラした目であかねのことを見る。
「結果的にはそうなりましたわね」
「しかもハパを推してくれたとかで、次回登録させてくれって内々に話もらってるんですよ……ありがとうございます! ハパの戦力が充実します。そのお礼だけはどうしても言いたくて!」
あくまで自分のためだったのだが、結果的に椎名が喜んでくれている。
いずれにしても小竹を失うのは勿体ない。次はハパブロックとして登録してくれるようで安心した。
「では、安心して次も頼らせていただきますわ」
「こちらこそ、汚名返上しますので!」
椎名は元気に頭を下げると、会議室から去っていった。
その姿を見送ると、気づけば部屋に残っているのは江口橋とあかね、それにホール長の和泉だけになっていた。
どうやら椎名が帰るのを待っていたらしい。
この後は館内統括を交えての話だと聞いているので、大きく時間をオーバーしたわけでもない。
「さて、江口橋。播磨さんたちが来る前に、先に次回の人員のことを確認しておきたい」
「ええ」
うなずく江口橋。
この人も表情があまり出ない。何なら表情レッスンを受けてもらえばいいのかもしれないと思った。
別のことを考えているわけにもいかないので、あかねは近くに歩み寄る。
「現時点で、ネノからの希望は」
「今回のメンバーがそのまま次回も登録すると仮定して……小竹さんがハパに抜けるので穴を埋めるのと、今回の状況から考えて、あと四人は欲しい」
和泉は前回の体制表を広げると、ネノブロックのところを見る。
「江口橋、瑞光寺が責任者。他は君堂、倉敷、児島、朝日、矢原……小竹が抜ける、か。確かに少ない。あと四人というのも妥当だな。瑞光寺さんはどう思う?」
「江口橋さんの方針に賛成ですわ。個々の実力は問題ないのですが、やはり人数で対応する場面も多かったですもの」
ふむ、と和泉は小さくうなずいた。
概ね満足できる回答だったらしい。
「実は雲雀がネノに行きたいと言ってるんだが」
「雲雀?」
「マミの雲雀さんですか? ブロック長では」
東5ホールの端と端ということもあり、当日はあまり顔を合わせる機会もなかった。
ネノブロックとは対照的にマミブロックは当日の混乱もなく、平穏無事に安定していたようだ。
人の集まるサークルも少なからず配置されていたはずなので、マミとネノの差はスタッフの人数と副ブロック長の経験不足が出たのではないか。あかねはそう考えている。
客観的に見ればネノブロックも大きく破綻せず回せていたのだが。
「本人が言うには、後進は育てたからヒラに戻りたいらしい」
「混対能力は高いから、こちらとしては歓迎するが……」
マミブロックは大丈夫なのかと江口橋が目で和泉に問いかける。
そんな江口橋を見て和泉は軽く笑った。
「まあマミはマミで上手くやるさ。本人の意向は尊重しないとな」
ひとまず雲雀が内定ということらしい。
思えば前回の冬コミで東4から東5を見に行った時に言葉を交わした。東5の中で最初に話したスタッフだったかもしれない。
なんとなく『縁』のようなものを感じながら、幸先の良さを感じる。
「ではあと三人か……まあまだ登録状況も分からんからなあ。なるべくネノに経験者を割り振るようにはしたいが」
「お願いします、和泉さん」
力強くうなずく和泉。
やはりこの人は信用できそうだとあかねは思うのだった。
※
江口橋誠司の心配事は尽きない。
C98夏の閉会後に告げられた瑞光寺の話が重すぎる。
面白くなってきたとは言ったものの、そう言うしかない。本当にどうしようもない時の「笑うしかない」に近い。
明らかにブロック長レベルでは手に余るので、ホール長の和泉を通して456の地区長と館内統括にアポイントを取ってもらった。
「遅れてすまないね」
「会議室の場所分からなくて……ごめんごめん」
その地区長と館内統括が会議室にのっそり現れた。
反省会はホールごとに行われているが、本部は本部で反省会をしている。それが長引いたらしい。
「やあ瑞光寺さん、漫革ぶり」
「ごきげんよう、播磨さん」
播磨と瑞光寺は春の池袋漫画革命のときに面識があった。それから微妙に太ったような気がするが、江口橋は特に指摘しない。それが大人というものだし、そもそもスタッフは順調に年を取りながら体重を増やすものだ。五十を過ぎて維持する方が少数派だ。
「山城地区長、初めまして。東5ネノの副ブロック長の瑞光寺です」
「ああ、どうも」
地区長である山城とは話したことが無いが、短く刈り上げた髪に黒ぶちメガネが印象的だ。江口橋とほぼ同年代で四十中盤のはず。やや神経質そうな雰囲気で播磨とは対照的だ。
江口橋は山城が東6のホール長をやっていた時代に挨拶しているのを見たことがある程度で、人となりはよく分からない。お互い存在は認識している程度。和泉が「そろそろ引退するかもしれないが、信用できる人だ」とは言っていた。
今日呼ばれた理由は知らされていないはずだ。瑞光寺がここに立ち会う理由が分からず、彼女を見て不思議そうな表情をしている。
さて、ここからがC99冬の最初の正念場だ。




