第79話 3日目 これからどうしようか
君堂莉子は小さく息を吸って、はっきりと口にした。
「信じる」
「えっ」
こういう時は、そう言う。
そう言ってから、次のことを考える。
自分を信じてくれる人を、自分も信じる。単純なこと。
自分がこれまで読んできた作品の中で、登場人物たちはそうしてきた。
それが自分の礎で、学んできたこと。自分の軸なのだ。
瑞光寺にはずいぶん助けられたと思う。だからこそ、自分が助ける番だ。というより、自分がコミマを救う一味となるのだ。
おや、なんだか楽しくなってきた。不謹慎か。
「面白くなってきたな」
江口橋が真面目な表情のままで口を開いた。
あれは、困難に立ち向かう時の口癖。つまり一緒に解決する意思表明だ。
君堂の胸が熱くなる。やはり自分が見込んだ男だ。
「差しあたって誰に相談したらいいかなあ……和泉さん、播磨さん、だけじゃないね。代表とか? 話したことなんてないけど」
「確かにこのメンバーだけでは手に余るな」
意識しながらいつもの調子で話しかけると、江口橋も腕を組んで考え始めた。
冷泉も神妙に眉を顰める。一条はそんな冷泉をじっと見ている。
「いや、俺たちはホール長の和泉と館内統括の播磨さんに話をして、ふたりから代表に話してもらおう」
「あー、だよねー。播磨さんなら漫革でも繋がりあるし」
「コミマ全体の問題でしたら、代表に話すほかないでしょうね」
「あくまで館内でどうにかするつもりだったら、館内統括の播磨さんね。それと地区長の山城さんにも話しておいてもいいわね」
ホール長と館内統括に話すのに、その間に立つ地区長を飛ばすことはできないだろう。
江口橋が困った顔になる。
「播磨さんはともかく、山城さんは6ホール出身だから、あんま話したことがないな」
「そうなの?」
「山城さんは私と一条が6ホールに来たときはもう地区本部だったはず……でも、割と様子は見に来られますし話す機会なら作れそう」
思い思いに話し始める江口橋たちを見て、瑞光寺が目を見開いた。
誰も疑うようなそぶりを見せない。丸ごと信じている。
「あの、みなさま、信じてくださるのですか」
「まあ瑞光寺さんが言うことだし」
彼女のスタッフ歴は決して長いものではないが、それでも信頼に足る実績がある。
ひたむきな姿勢と、やるべきことを考える頭、実行力。
もし嘘だとして、それを信じさせるためにここまでやるのなら、それはそれでいいかとさえ君堂は思う。
「状況からして、可能性は十分ありえると思ったからな」
「逆にこの状態で瑞光寺さんの言葉を笑う人がいるなら見てみたいわね」
「江口橋さん、冷泉さん……」
そこから言葉にならず、瑞光寺が静かに涙をこぼした。
音もなく近づいた雀田が、そっと肩を抱き落ち着かせようとする。
近くにあるベンチに座らせると、かばうようにしてその前に立った。
「お嬢様は、ご家族とごく一部の者以外にこの……予知のお話をされたことがありません」
「雀田さんも聞いたことあったの」
「ええ、いえ……そういうことがある、とだけ」
雀田自身は具体的に何かを言い当てられたことは無かったが、瑞光寺の家族は何度かそれを目の当たりにしたことがあったらしい。
家族のほかには雀田を含めた数人の従業員がこのことを知っている程度だ。
思い通りにならない能力ということもあり、普段誰かに伝える必要もない。
しかし今回は違った。
瑞光寺が伝えなければならないという判断をし、その上で協力を願い出たのだ。
「それほど皆様が信頼されているということです」
「信頼……」
日数にして10日会ったかどうか。
そんな程度で信頼関係が築けるかといえば……できる。
普段も仕事もそうだ。時に初対面の人と数時間で信頼関係を構築する必要すらある。
それに比べて、この極限の環境で力を合わせてきた仲間に信頼を寄せることのなんと簡単なことか。
「そりゃ、多少突飛な内容だとは思うけど、それだけでしょ」
できるだけ軽い口調を心がけて、君堂が笑う。
安威と神崎が、じっとこちらを見ている。
こちらも表情は硬い。彼らもまた緊張しているのだろう。
「お嬢様は嘘はおつきになりません。だからこそ、私たちも戸惑っています」
なるほど。
瑞光寺は事前に彼らに相談するようなこともなかったわけか。
彼らにとっても複雑かもしれないが、コミマの問題を話されてもどうにもできないだろう。
ここで彼らも含めて江口橋たちに打ち明けたのは良い判断だと思う。
「最近のコミマを取り巻く状況からして、何ら不思議ではない」
「うん。私たちはそれなりに現実主義者だけど、別に不思議な能力を信じないわけじゃないし」
世の中、説明のつかない不思議なことはある。
ただ信じられる人なのかは、自分で決めるだけだ。
冷泉もうなずいて笑う。
「こんな状況で冗談や嘘を言う人間かどうかは、分かっているつもりです」
「冷泉は、人を見る目はある」
「皆様……」
瑞光寺は豊かな胸に手を当てて、ゆっくりと息を吐いた。
少し落ち着いたように見える。
それにしても……
「C100夏、なんだよね」
「はい」
来年の今。
次のコミマを楽しみに待つ時間としては長いが、正体不明の脅威に対抗するには短い。
コミマ全体が狙われているとしたら、対策も大ごとだ。
根回し、調整、発言力……
仕事じゃないところで仕事のようなことをする。君堂はその苦労の規模すら分からず思わず笑ってしまう。
「あと1年、やれることをやってみよ」
「ありがとう、ございます」
机搬出のためのトラックが、数台ホールへ入ってゆく。
トラックヤードもいつしか人影が少なくなり、トラック誘導のスタッフが声を張り上げている。
少しずつスタッフも撤収していることだろう。
実家に帰ると言っていた倉敷と児島は、そろそろ空港に着いた頃だろうか。
「瑞光寺さん」
当たり前と言われるかもしれないが、全力を尽くしてこの時間を迎えている。
「みんなで守ったC98夏が終わったよ。あなたのお陰で助かった人が何人もいるよ」
紛れもない事実だろう。
スタッフだけではない。サークルも、一般参加者も、出入りの業者も、すべての関係者で守ったイベントが終わりを迎えることができた。
小さなトラブルやそれなりの事件はあった。
だが致命的な破綻は今回もなかった。
「また次、進めて行こう」
「ええ……承知いたしましたわ」
少しだけ元気が戻った声に君堂は安心する。
湿った風がねぎらうように吹き付ける。
来年夏、この風を感じることができるだろうか。
次のC99冬までは、わずか4か月。
※
C98夏 入場者数
1日目 18万人
2日目 16万人
3日目 20万人
合計 54万人




