第78話 3日目 お話がありますの
「……よく分かりましたわ」
「えっ」
「いえ、理由があったということを理解したという意味です」
冷泉の驚く声に、誤解が無いよう補足をする。
確かに冷泉は綺麗だと思うが、常に後ろから眺めていようとは思わない。
一条もかなり特殊な考えを持っているようだ。
「一条はね、こんな私でもずっと仲良くしてくれて。困った時に助けてくれるし、こうやってダメなときは叱ってくれるの」
「大事な方ですわね」
「ええ、大事よ。それと瑞光寺さん、あなたのことも」
冷泉の唐突な言葉に、胸が高鳴った。
この人も、助けてくれるだろうか。
「急」
「あん、もう。分かってるわよ……あのね、あなたが自覚しているかどうかは分からないけど、とても存在感があって声がよく通るの。それに飲み込みが早いし、視野も広い。スタッフとしてものすごいポテンシャルを持っているのよ。私が嫉妬するぐらい」
「……」
褒められているのだと、一呼吸置いてから気が付いた。
冷泉も褒め慣れていないのだろう。珍しく落ち着かない。
「それにその……楽しかったの。あなたと一緒にスタッフするの。瑞光寺さんは、どうだったかしら」
「……同じ、だと思いますわ」
「そう。それは嬉しいわ」
「……」
以前の態度はどうあれ、スタッフとして尊敬できる冷泉から褒められたことは、あかねにとっても嬉しい。
この人は、突飛な話を信じてくれるだろうか。
じっと冷泉を見つめるあかねを不審に思ったのか、ふたりは顔を見合わせた。
「何、どうしたの?」
あかねは、自分の直感を信じることにした。
この人たちは、力になってくれる。
「……冷泉さん、一条さん、実はお話がありますの」
あっという間に机椅子が集まり、残りは少し撤収に時間を取っているサークルの分が残っているのみだ。
こういったサークルも無理に撤収を急がせないようホール長の和泉が言っていた。
彼らは時間いっぱい最後まで頒布をしてイベントを盛り上げてくれた功労者なのだと。そんな彼らを追い立てるようなことはしていはいけないと。
「瑞光寺さん」
「江口橋さん」
「あれは……冷泉と一条さんか。また何かあったのか」
「いえ。仲良くなっていました」
「仲良く?」
怪訝な顔をする江口橋だが、あかねにはそれ以上どう説明していいかよく分からない。
暑さと疲れで頭が回っていないのかもしれない。
それ以上の言葉がないあかねを見て、江口橋は話題を変えた。
「それにしても今回も大活躍だったな」
自分だけの功績ではない。
周囲の協力があったからこそ、うまく解決できた。
それを分かっていて、江口橋は褒めてくれている。だからあかねはうなずいて見せた。
「もう少し意識して休憩をとった方がいいと思うが、若いから問題ないのかもしれないな」
「ええ……」
「……やっぱり疲れたか」
「……」
気遣う江口橋に、どう答えていいか迷う。
疲れは、ある。
身体的なものより、心理的なものが大きいと自覚している。
やらなければならないこと、守らなければならないもの。
副ブロック長という立場に立って初めて見えたものが多かった。
「できれば次回も副ブロック長をお願いしたいんだが、どうだろうか」
「そう、ですわね……」
「もちろん瑞光寺さんにやりたいことがあるなら止めはしないんだが」
「わたくしの、やりたいこと……」
コミマを救うこと。
その信念は変わっていなかった。
だが今回は、ひとりでできるのはここまでなのだと思い知る機会でもあった。
次からできることは……まだ分からない。
それまでにしておかなければならないことは、仲間を増やすことだ。
そしてそれすら、自分ひとりでは間に合わないことを自覚していた。
「江口橋さん、後でお話がありますの」
ちょうど1年前のC96夏に、自分を見出してくれた人。
スタッフとしての心得を教えてくれ、必要な時に助けてくれた。
何より、自分を信頼してくれた人。
「ああ、分かった」
江口橋は表情も変えず、短く答えた。
※
君堂莉子は、柄にもなく緊張していた。
東5ホールのトラックヤード。その端に呼ばれたわけだが。
目の前に立つ瑞光寺あかねの纏う雰囲気が、とても重苦しく感じられる。
瑞光寺の表情はいつにも増して硬く、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
呼び出された江口橋と冷泉と一条も、何を話されるのかと緊張しているようだった。
さらに取り囲むようにして、高身長の大男の安威と筋肉自慢の神崎、スタッフ仲間でもある雀田が取り囲んでいた。
彼らも事情は知らないようだが、心配して見守っているらしい。
これほど心の休まらないコミマ閉会後はあっただろうか。
何ならさっさと撤収してもうビールを飲んでいてもおかしくはない。
そういえば打ち上げの店の予約をしていない。
君堂の思考が横道に逸れたと同時に、瑞光寺が顔を上げた。
「江口橋さん、君堂さん、冷泉さん、一条さん」
「はいっ」
君堂の声が上ずった。
「わたくしから呼び出しておきながら恐縮ですが、どこから話して良いのか、整理できておりませんの」
「少しずつでも、飛び飛びでも構わない。もうコミマも終わったしな」
「あ、うん。そうそう」
「ありがとうございます。そう言ってくださると思っておりましたわ」
そう言ってまた、言葉が途切れる。
撤収作業も佳境に入り、残った少ない有志がトラックに机椅子を載せてゆく。
広々としたホールは、数時間前まで人であふれていたとはとても信じられない光景だ。
(夢みたいだなあ。いつも思うけど)
君堂はぼんやりとシャッターから見えるホール内に目を向けて、瑞光寺の言葉を待った。
毎回毎回それなりに楽しく、それなりに刺激があって、終わりまでたどり着く。
気持ちの良い連帯感と達成感を覚えたまま、一瞬で机椅子が消えてゆく。
江口橋の横で居心地の良い時間を過ごすことができる。
前回は更衣室を担当したまあまあ面白くはあったが、少し物足りないような気もする。やはり自分は館内担当が好きなのだろう。
確たる自分の居場所がある。
少し休んでまた日常へ戻る中、この祭りの快感は何物にも代えがたい。
仕事のせいで1日欠けてはいるが、その点だけは何とかしたい。次こそは。
ふと瑞光寺に視線を戻すと、ばっちり目が合った。
相変わらず綺麗な子だ。同性でも一瞬ドキリとする。
「……皆様を、信頼しておりますわ。心から」
どう答えていいものか。江口橋も冷泉も神妙に次の言葉を待っている。
自分もうなずいて瑞光寺を見守る。
「このイベントは……コミマは、C100夏に大火災が起こります」
一瞬、何を言われたのか分からずに混乱する。
江口橋の方を見ると、真面目な顔で瑞光寺を見ていた。冷泉も一条もだ。
この雰囲気の中で冗談だと捉えるわけがない。
瑞光寺の表情はそのくらい張りつめ、今にも泣きだしそうにも思えた。
重苦しい沈黙に耐え切れず、君堂が口を開く。
「どうして、そう、言えるのかな」
瑞光寺は少しためらって、ぽつりぽつりと話し始めた。
自分が予知夢のようなものを見ること。
C96夏の前に見た夢のこと。
それでスタッフになったこと。
C98夏の前に見た夢のこと。
できることに限界を感じたこと。
「ですので、わたくしには協力者が……仲間が必要なのです」
記憶を探るようにして、でも確かな言葉で。
そこから見えてきたのは、信じられないような話。信じたくない話。
江口橋も君堂も、そして冷泉も、今となっては瑞光寺に信頼を寄せている。
東5ホール内でも確かな存在感を示し、各ブロック長からも、ホール長からも一目置かれている。
「ど、どこまで信じていいのかな」
そう言う君堂ではあるが、瑞光寺が嘘をつくような人間ではないことは明らかだ。
だからこそ、彼女の口から語られた言葉の意味が、すぐに受け入れられなかった。
今にも泣きだしそうな瑞光寺の表情。こんなにも雄弁な表情だったかと君堂は思う。
「信じられないかもしれないのですが、信じていただきたいのです」
ああ、そうか。
彼女は拒絶されるを怖がっているのか。
何か既視感があると思ったが、ここはあれだ。
主人公が、信頼できる友人キャラに重大な秘密を打ち明けるシーン。それそのものだ。




